第18話 病気の進行
路傍にある大きな木の下。そこでルビーは服を脱いで仰向けになっていた。顔は赤く、ずいぶんと息苦しそうだった。実際、時折激しい咳も出ている。
「ルビーさん、少し我慢してください」
シストはルビーの胸に手を当て、回復魔法をかけた。暖かい光がルビーの胸に浸透する。ルビーの表情は次第に穏やかになり、上体を起こすことができるまでになった。
「ありがとう。もう大丈夫よ」
ルビーの言葉にも、シストは厳しい顔を崩さなかった。
「ルビーさん……」
「待って」
何か言いたそうにしているシストを、ルビーは声で制した。
「わかっている。自分の体だもの」
ルビーは自分の小さな胸に手を当てて呼吸を確かめる。旅を始めたころよりも、ずいぶんと呼吸と心拍数が速くなった気がした。
「おそらく、ルビーさんが思っている以上に悪い状態だと思うのですが」
「そんなに?」
ルビーはシストの言葉に驚嘆した。病状は悪くなってきているとは思っていたが、まだまだ大丈夫だと過信していたのだ。少なくとも、仇討ちの旅が終わるまでは持つだろうと勝手に思っていた。
「あと、どのくらい持つの?」
「静養していれば三年。このまま僕が回復魔法をかけながら旅を続けるなら半年。もし、回復魔法もなく無茶をするなら……」
「先は長くないってことね」
シストは沈痛な面持ちとなる。ヒーラーとして、患者が亡くなる瞬間ほど己の無力さを痛感することはない。できれば、そんな瞬間は味わいたくないのだ。特に目の前にいるルビーに関しては。
「何しけた顔しているのよ。これは私の問題なのよ? あんたが悩むことじゃないでしょう」
「しかし、僕はヒーラーです。病気はルビーさんのものかもしれませんけど、ルビーさんの病気を治したいと思う気持ちは、僕のものです」
「神経質ね。そんなに悩んでばかりいると、はげるわよ」
「それが、僕という人間なものですから」
シストはやさしく微笑んだ。その笑顔に、ルビーの胸は高鳴る。
「どうでしょう。仇討ちの旅は一時中断して、ツベキュローシスの治療に専念してみては」
「ツベキュローシスの治療法は見つかっていないんでしょう? それなら、治療をしても無駄よ」
「いえ。回復魔法だけでは無理かもしれませんが、医術にはそのヒントがあるかもしれません。僕が今まで培ってきた知識と、回復魔法、それに何か新しいヒントがあれば、ツベキュローシスの治療法が見つかると思うのです」
ルビーは少し考え込む。確かに自分の体を優先するならその方がいいだろう。しかし、ルビーには仇討ちの旅もある。どちらを優先するか。それが問題だった。
「う~ん。アリアさんを狙っているって人たちのことも気になるし、シストがいればあと半年は大丈夫なんでしょう? それなら、仇討ちの旅を優先させても……」
「半年というのはあくまで目安です。無茶をすれば、それだけルビーさんの体に負荷がかかります。耐えることのできる時間も減っていくことでしょう。ルビーさんは、もっと自分の体を大切にするべきです」
シストは熱弁するあまり、顔がルビーにくっつきそうなほど近づいているのに気づかなかった。あまりの急接近にルビーの顔は真っ赤に染まる。
「僕は、ルビーさんを助けたいのです。僕に、ルビーさんの病気を治療させてください」
シストの真剣な眼差しに、ルビーは正常な思考ができなくなった。頭の中を様々な出来事が駆け巡り、何が正しいのかよくわからなくなる。もうすべてをシストに任せてしまいたくなってしまった。
「わ、わかった。わかったから、顔、近いって」
「わかってくれましたか」
シストは安心したのか、ルビーの手に押されるようにして離れていった。少しだけ、ルビーは残念そうな表情になる。
ルビーは今更ながらまだ服装を整えていなかったことに気づき、慌てて服を着た。その恥ずかしさを紛らわせるように、シストに対して言い放つ。
「で、でも、仇討ちの旅は続けるわよ。その途中で私の病気の治療法も見つける。それでいいわね」
「はい。かまいません。ルビーさんの仇討ちの前に、僕がツベキュローシスの治療法を見つけてみますよ」
「ま、まあ、期待しておくわ」
ルビーのその不遜な物言いに、シストは笑った。「なんで笑っているのよ!」とルビーは目くじらを立てていたが、シストの笑い声はいつまでも続いている。
シストとルビーの関係は、明らかにヒーラーと患者というもの以上になっていた。
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シストとルビーはグルダンの町に行く途中、カノンという学術都市に立ち寄ることにした。地面は石畳。家屋もレンガ造りという整然とした印象を受ける立派な都市である。そこには古今東西、大量の書物が保存されており、シストが求めるツベキュローシスに関する医学書もあると思われた。
シストとルビーは、期待を込めてカノンの町に到着した。
二人はカノンの町に着くと、早速宿に荷物を置いて準備に取り掛かった。ただし、ルビーはベッドの中で寝る準備である。
「では、僕はこの町の図書館に行ってきますから、ルビーさんはおとなしく寝ていてくださいね」
ルビーは無理やりシストにベッドに寝かされ、ほほを膨らませて抗議している。不満があるのは明白だった。
「新しい町にきて、あんただけ観光? それはちょっとずるいんじゃない?」
「観光ではなく、図書館に調べものをしに行くのですが」
「それでも、外には出るんでしょう? それなら、私も一緒に行くわよ」
「ダ、ダメですよ。ルビーさんは病人なんですよ? 今までの旅では無茶もさせましたが、本来ならばずっと寝ていなければならない体なんです。今回はおとなしくベッドで横になっていてください」
「ええ~」
ルビーは納得いかない様子だったが、シストの表情は真剣だ。結局、ルビーは無理やり毛布を掛けられ、シストは外出していった。ベッドの上から見える空はこれ以上にないほど青かった。
ルビーがベッドに入ってから十分ほど経っただろうか。最初はシストの指示に従っていたルビーだったが、このままおとなしく寝ているはずがない。ルビーは壁にかけていた二本の剣を腰に差し、服装を整えて元気よく宿を飛び出していった。
「やっぱり、新しい町に来たら観光よね」
喉元過ぎれば熱さを忘れる。今のルビーには、ツベキュローシスのことなどまったく頭に残っていなかった。
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