第19話 アリアの手がかり

 シストはカノンの中央図書館を訪れていた。図書館の中は想像以上に広く、本棚が所狭しと並んでいる。その中の一角に考古学の棚があった。医学書はその本棚のさらに隅のほうに入れられている。この一事を見ても、医学というものがもはや過去の遺物になっていることは明白だろう。


 シストはその過去の遺物となっている医学書を手あたり次第引き出し、読みだした。少しでもツベキュローシスに関する情報に接するためだ。



(ツベキュローシスは空気中にある毒素(=ツベキュローシス菌)によって発症するようです。症状としては、発熱、咳、痰、疲労感、食欲不振、寝汗などですね。これらの症状は感冒、つまり風邪の症状に似ていますが、危険度は段違いです。放置すると、血痰、息切れ、体重の減少も加わり、最後には死に至る恐ろしい病……)



 シストは立ったまま分厚い医学書を持ち、ページをめくる。長い年月の間に堆積したほこりが一気に舞い上がった。シストは思わずそのほこりを吸い込んでしまい、激しく咳き込む。図書館の利用客から白い目で見られた。



「す、すみません」



 シストは小声で謝り、再び医学書に視線を落とす。



(昔の医術でもツベキュローシスを完治した例はありませんか。だとすると、医術だけでもダメ。回復魔法だけでもダメ。その両方を使った治療法がツベキュローシスには必要だと思うのですが……)



 シストはいくつもの医学書を読み漁り、いくつものページをめくった。時間が経つのを忘れるほどの集中力である。そして、その意地と熱意が実ったのか、シストの手があるページで不意に止まった。



「こ、これは……!」



 そのページには、シストの知識にない医術の極意が書かれていた。興奮して震える手を抑え、シストはページをめくっていく。読めば読むほど、シストが求めていた情報であった。



「見つけましたよ、ルビーさん」



   ###



 そのころ、ルビーはシストの言いつけも守らずにカノンの町を練り歩いていた。屋台で買ったクレープをほおばりながら、視線を左右に動かしている。街道の左右には物珍し出店が数多く出店していた。



「これだけいろいろあると目移りしちゃうな。さーて、次はどこに行こうかなっと」



 ルビーは完全に観光を楽しんでいた。この姿を見ればシストはどう思っただろうか。きっと嘆くに違いない。そして説教をしながら宿に連れ戻されることになるだろう。しかし、今のルビーにはそんなことを考えるだけの頭の容量はなかった。頭の中は、どれだけ今を楽しめるかということに占められていたのだ。


 ルビーがこのように観光を楽しんでいると、黒いフードを被った怪しい集団とすれ違った。数は十人ほど。一人や二人がそのような恰好をしているのならまだ目立たなかっただろうが、これほどの人数がそんな恰好をしながら移動していると逆に目立つ。


 その怪しい集団は急いでいるらしく、足早にルビーの側を駆けていった。そして、不幸なことにそのうちの一人がルビーとぶつかってしまったのだ。手に持っていたクレープがルビーの顔をクリーム色に染める。



「ふぎゃ!」


「ちっ、気をつけろ!」



 ぶつかってきたフードの男はルビーに罵声を浴びせて去っていった。あまりの出来事に、ルビーは憤慨する暇もなかった。


 しかし、そこは感情的になりやすいルビーのことだ。男の姿が見えなくなる前に、ふつふつと怒りがこみあげてくる。ついにはずかずかと足音を立ててぶつかってきた男のあとを追っていった。



(こ、こいつ~。絶対に許さない。公衆の面前で土下座させてやるわ!)



 ルビーの片手はすでに剣の柄を握っていた。武力で脅す気がありありと伝わってくる。


 そんなルビーがぶつかってきた男の肩に手を触れようとする瞬間、前を歩いていたフードの集団から気になる言葉が聞こえてきた。



「アリア・ブランク……」



 ルビーの動きが止まった。ルビーは咄嗟に身を隠し、怪しいフードの集団の動向を観察する。見れば見るほど、怪しさ満点の一団だった。



(今、アリア・ブランクって聞こえた。それって、あのアリアさん!?)



 もしこの怪しいフードの集団がアリアと関係があるのだとしたら、それはトルペードの町でアリアを追っていたという怪しげな人たちのことではないだろうか。そうだとすると、この集団とアリアの関係を調べなければ、安心してアリアに会うことはできない。



(もしこの集団がアリアさんに害をなす人たちなら、私がこの手で葬り去ってやるわ)



 ルビーは怪しいフードの集団に見つからないように、こっそりとあとをつけた。そして、怪しいフードの集団は人気のない裏路地に入ると急に足早になり、裏路地を何度も曲がっていった。まるで誰かを撒こうとしているかのような行動である。



(気づかれた!? いや、でも、すでに気づかれているのだったらむしろ私に襲い掛かってくるはず。あれだけの人数だもの。私一人を恐れているとは考えられないわよね)



 それでは、この動きは何だろうか。誰かを撒くように動き回る怪しいフードの集団。それは誰にも見られたくない場所に行くとでも言っているようなものではないか。



(いよいよ、怪しくなってきたわね)



 ルビーは気づかれないように距離を取りながら尾行を続けた。そして、怪しいフードの集団がある角を曲がったのを確認したあと、ルビーもその角を曲がった。しかし……。



「いない!?」



 その曲がり角の先は行き止まりになっていた。商店の荷物が山のように積み上げられており、その商店に誰かが入り込んだ形跡もない。ルビーは左右を見渡すも、そこは建物の隙間である裏路地で、あの人数が建物を飛び越えて移動したとも考えられなかった。



「どういうこと……?」



 ルビーはゆっくりと行き止まりまでの道を歩いてみる。積み上げられた荷物も調べてみたが、不審な点はない。この荷物の先に隠し通路があるのかとも思ったが、この量の荷物を移動させてあの人数の集団が通り抜けるにはかなりの時間がかかるはずだ。それだけの時間はあの集団にはなかった。


 ルビーはしばらくの間周りを調べてみたが、何もわからなかった。あの集団がアリアと確実につながっているという保証はない。心配ではあったが、ここはあきらめて帰ろうかとも思った。そのときである。


 ルビーは小石を蹴飛ばした。蹴飛ばされた小石は何度か地面を跳ね、音を響かせる。その音を聞き、ルビーの目は見開かれた。



「音が、違う!?」



 ルビーは這いつくばって地面を拳で叩いた。そして、ある一カ所だけ明らかに叩いた音が違うことに気づいたのだ。この下には空間がある。ルビーは確信した。



「見つけたわ」



 ルビーは地面の隙間に指を入れ、石畳を持ち上げた。すると、鈍い音とともに人が数人楽に入れそうなほどの空間が現われる。地下へと続く道であった。ルビーは何の躊躇もなく、その薄暗い通路に入っていった。

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