第20話 闇の取引現場

 湿気が多く、生暖かい空気が肌にまとわりつくような場所であった。できれば、こんなところには長いしたくない。ここを根城にしているようなやつらがいるとしたら、そいつらは相当陰湿で根暗なやつだろう。ルビーはそう思った。


 そして、その通路の先で見たものは、薄明りの中で話し合っている怪しいフードの集団と、シャムス王国の騎士を思わせる恰好をした男であった。



(王国の騎士? 何かの取引かしら? でも、なんでこんな隠れるような場所で取引する必要があるの?)



 ルビーは物陰に隠れながら怪しいフードの集団と王国の騎士に近づいた。双方の会話が少しずつルビーの耳に届くようになる。



「これが、約束の金だ」



 怪しいフードの集団の一人がずっしりと重たそうな袋を王国の騎士に渡した。袋を受け取った騎士は中身を確認したあと、満足そうに笑う。



「確かに、いただきました」


「これで、約束は守ってもらえるんだな?」


「任せてください。彼女は我々シャムス王国にとっても危険な女性ですからね。こうしてお金までいただけるなんて、願ったりかなったりですよ」


「ふん。それはよかったな」



 怪しいフードの集団の中のリーダーらしき人物は吐き捨てるように言った。あまり王国の騎士にいい感情を抱いてはいないようだ。



「ええと、それで、名前はなんでしたっけ?」


「忘れたのか? アリアだ。アリア・ブランク。写真ももう一度渡しておくか?」


「そうそう、アリアですね。大丈夫ですよ。写真なら、ほら、ここにあります」



 王国の騎士は懐から一枚の写真を取り出した。その写真の中には、ルビーが子供のころに見た姿と変わらない、いや、少し大人びているか、アリアが映し出されていた。それを目にしたルビーは思わず息を呑む。



(こいつら、本当にアリアさんとつながっていたんだ。でも、さっきの会話を聞く限り、あまりいい感じの会話じゃなかったわよね。一体、何をしようとしているのかしら)



 王国の騎士は何度もうなずきながら写真と重たそうな袋を懐にしまった。そして、これほどまでに醜い顔があるかと思えるほどの笑顔で、こう言い放つ。



「このアリアという女が殺されても、私たち王国の騎士団は、何もしません。不幸な事故として処理しますよ」


「ああ、よろしく頼む」



 その言葉を聞いた瞬間、ルビーは思わず声を出しそうになった。



(な、何ですって!?)



 無理やり手で口をふさぎ、飛び出そうとしていた体を何とか押しとどめる。ルビーの動揺をよそに、怪しいフードの集団のリーダーらしき男と王国の騎士との会話は続いた。



「最新式の武器も渡しておきましょう。騎士団からの横流し品なので、失くしたりはしないでくださいね」


「ああ、助かる。何から何まですまない」


「いえ、これはビジネスですから」



 王国の騎士は細長い木製の入れ物をリーダーらしき男に手渡す。この現場を見て、ルビーがこの集団がどのような集まりなのか確信した。



(つまり、この怪しい集団はアリアさんを殺そうとたくらんでいる。そして、王国の騎士はその殺しを黙認するつもりなんだわ。アリアさんはそのことを事前に察したからこそ、トルペードの町を出ていった。ここにいる連中こそ、私がつぶすべきクズどもね)



 ルビーは決意した。この場でこいつらの野望を断つべきだと。二本の剣を抜き、ルビーは大声をあげて取引現場に入っていった。



「あんたたち、そこまでよ!」


「何!?」



 怪しいフードの集団と王国の騎士は同時にルビーのほうを向いた。ルビーは堂々とした態度のまま、二本の剣を構えている。どう見ても友好的な態度でないのは一目でわかった。



「あんたたちの悪行は聞かせてもらったわ。アリアさんを殺そうだなんて、そんなこと、私が許さないわよ」


「ふむ……」



 怪しいフードの集団の中からリーダーらしき男が前に出る。先ほど王国の騎士と取引していた男だ。怪しいフードの集団の中でも頭一つ飛び出すほど背が高かった。



「お前、あの女とはどんな関係だ。もし何も知らない赤の他人なら、俺たちのすることに手を出さないでほしいのだが」



「アリアさんは、私の父の友人よ。そして、私の仇の情報を持っている大事な人だわ」


「仇?」



「そうよ。私は仇討ちの旅の途中なのよ。その仇討ちの邪魔をするというのなら、私のほうこそあなたたちを許さないんだから!」



 リーダーらしき男は手を顎に当て、何やら考え込んだ。じっとルビーの顔を見つめ、何かを思い出そうとしているように見える。そして、リーダーらしき男の表情が変わった。



「お前、まさか、ルビーという名前ではないか。ルビー・ルナ」


「えっ。私のこと知っているの?」


「……っ。なるほど。あの男の娘か」



 リーダーらしき男は憎らし気にルビーをにらんだ。ルビーに対していい感情を持っていないのだろう。まるでルビーが仇であるかのような殺気を発している。



「悪いが、追加の注文をいいか? あそこにいる小娘、ルビー・ルカの殺害も、事故として処理を頼む」


「かまいませんが、追加のお金は払ってもらいますよ?」


「ああ、問題ない。資料はすぐにでも用意させる。だが、その前に……」



 リーダーらしき男は腰に差していた鞘から剣を抜く。それなりに腕は立ちそうだった。そのリーダーらしき男が周りにいた部下たちに指示を出す。



「お前たち、この小娘を生かして帰すな!」


「おおっ」



 怪しいフードの集団はルビーを包囲した。その間に、取引をしていた王国の騎士は地下空間から逃げ出すために移動する。フードの男が一人付き添い、重要人物を保護するかのように脱出させようとしていたのだ。



「あんたたちがなんで私やアリアさんを狙うかはわからないけど、誰一人として、生かして帰さないわよ。覚悟しなさい!」


「それは、こちらのセリフだ」



 リーダーらしき男は剣を掲げ、号令を出す。



「お前たち、かかれ!」



 リーダーらしき男の言葉で怪しいフードの集団は一斉にルビーに襲い掛かった。手には剣やナイフが握られている。だが、その怪しいフードの集団の動きがどれだけ俊敏であろうとも、ルビーにとっては素人も同然であった。



「甘いわよ!」



 ルビーは飛び掛かってくる怪しいフードの男たちを流れるように斬った。その動きはまるで舞踊。何も知らないものが見れば、見とれてしまうほどの動きであった。


 そして、怪しいフードの集団がひるんだ瞬間、ルビーはリーダーらしき男に向かって突進する。周りの怪しいフードの男たちは止める間もなかった。



「くっ」



 リーダーらしき男は剣を構え、ルビーを迎え撃った。ルビーの長剣がリーダーらしき男の首筋に迫ったが、男の剣が何とかそれを防いだ。しかし、反対側からルビーの短剣が男に迫る。リーダーらしき男の左腕はルビーの短剣で深々と斬り裂かれた。



「うぐっ」



 リーダーらしき男は剣を薙ぎ払い、ルビーを何とか後退させる。しかし、ダメージは見た目以上に深刻らしく、左腕はだらりと地面に向かって垂れ下がったままだった。



「勝負あったわね。その腕じゃ、もう剣はまともに振るえないわよ」



 ルビーは二本の剣を振り構え、毅然とした態度で言い放つ。



「選ばせてあげるわ。さっきの王国の騎士と一緒に牢屋に入るか。それともここで私に殺されるか。どっちがいいかしら?」


「どっちが、か」



 リーダーらしき男は左腕をかばいながらもルビーに負けないほどの毅然とした態度をとっていた。まだ勝負に負けたわけではないと思っているのか。その目には闘志の炎がいまだ燃え盛っている。



「何、まだやる気?」


「ああ。こっちには、まだ試していないことがあるからな」


「試していないこと?」



 ルビーが小首を傾げていると、リーダーらしき男は右手で左腕の傷を押さえつけだした。手のひらから温かそうな光が漏れ出る。リーダーらしき男の左腕の傷は瞬く間に回復していった。



「あなた、ヒーラー!?」


「ああ。だが、それだけではないぞ」



 リーダーらしき男は回復した左腕で懐を広げると、中から何かを取り出した。細長い筒状のもの。先ほど王国の騎士と取引して手に入れたものであった。



「銃!?」



 轟音が鳴り響いた。



「うっ」



 ルビーは咄嗟に横に飛んだが、表情が苦悶に変わる。脇腹を押さえながら地面を何回転かしてそのまま出口に向かって走り出した。



「逃がすな!」



 リーダーらしき男は叫びながら銃を放った。しかし、一発目以降はルビーに当たることなく、銃弾は地下空間の暗闇へと吸い込まれるように消えていった。


 ルビーは襲い掛かってくる怪しいフードの男たちを薙ぎ払いながらなんとか地下空間を脱出した。だが、怪しいフードの男たちがルビーを逃がすわけがない。彼らもルビーを追って次々と地下空間を出ていった。


 ルビーはわき腹から血を流しつつ、カノンの町を逃げ回ることになったのだった。

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