第21話 旧友との再会
そのころ、シストは中央図書館で医学書を漁り終わり、宿に帰るところだった。日が沈みかけており、夕日がシストの銀髪を薄くオレンジ色に染めている。町ゆく人たちの数も昼間より減っているようだ。
シストが大通りに出ると、そこはなんだか騒がしかった。フードを被った男たちが走り回っており、町の人たちも怪訝な目で男たちを見ている。しかし、当の男たちはそんな奇異の目で見られていることなど、まったく気にしていないようだった。
(何か、あったのでしょうか?)
疑問に思ったが、シストにとっては宿に帰ることのほうが優先度が高かった。図書館で得たことを早くルビーに伝えたい。その気持ちがシストの足を次第に速くしていた。
そんなシストの後ろから、声が聞こえた。
「お前、シストか?」
シストは振り返った。そこには青い髪で背の高い青年が立っていた。青年は懐かしそうにシストに近づいてくる。
「やっぱり、シストじゃないか。俺だよ、俺。魔法学校で一緒のクラスだった」
「……カイ!?」
「そう。そのカイだよ。いやぁ、懐かしいなぁ」
カイはうれしそうにシストの肩を叩いた。だが、シストの表情はすぐれない。ニコルのときもそうだったが、魔法学校時代の思い出は暗い過去になっているのだ。
「そんな顔するなよ。クラスのみんなはお前のことを心配していたぞ。お前を探すって言って旅立ったやつもいたな」
「もったいないことです。僕は、あの町に戻るつもりは……」
戻るつもりはない、と言うつもりだった。しかし、そこでシストの頭の中にはルビーとの約束が思い出される。ルビーの仇討ちが終わったら、一緒に魔法学校のあるシストの町に行き、みんなに謝るという約束だ。
(ですが、あの約束は……)
シストは何かを振り払うかのように首を横に振った。考えてはいけない。そんな決意がにじみ出るような動作だった。
そして、シストはカイの目をしっかりと見つめる。
「僕は、あの町に戻るつもりはありません」
「……まだ、あのことを引きずっているのか?」
「ええ、まあ。僕の中では、まだあの事件の整理ができていませんから」
「遺族のことを心配しているのなら、大丈夫だぞ。あの遺族は、もういない」
「……亡くなりましたか」
「ああ。自殺だったそうだ」
「しかし、まだ町の人たちは僕のことを許していないでしょう」
「それも大丈夫だ。俺たちが根気よく説得したからな。今ではシストを恨んでいるやつなんか一人も……」
いない、と言いかけてカイの口は止まった。誰か心当たりがあるのか、それはシストでなくてもわかるほど、わかりやすいカイの反応だった。
「……一人もいない。だから、安心して戻って来いよ」
カイは沈痛な面持ちで言い切った。嘘をついているのは明白だった。しかし、その優しさがシストには痛いほどわかる。
しかし、シストはどうしても魔法学校のあるあの町に帰ろうという気にはなれなかった。その理由として、真っ先にルビーの顔が浮かび上がった。
「実はですね。僕は今、大事な旅の途中なのです。ある人を助けるために、僕は必死になって奔走しています。その人のために、僕は命を懸けているつもりです」
「命とは、これまた大きく出たな。俺たちヒーラーにとって、命ほど身近で、儚く、大切なものはないはずだぞ」
「わかっています。だからこそ、その言葉を使いました」
「ふむ」
シストの決意が伝わったのか、カイも何やら考え込む顔つきになった。ここで無理強いしてもいい結果にはならない。それがわかったのだろう。
「その旅が終わるまで帰れない、ということか」
「ええ、まあ、そうですね」
カイは大きなため息を吐いたが、すぐにすがすがしい顔になった。ここまで言われれば、逆にあきらめもつく。
「お前は昔からそんなやつだったからな。何事にも全力。だからこそ、みんなに好かれていた」
「別に、好かれてなどは……」
「照れるな、照れるな。ニコルなんか、お前がいなくなったって聞いた日には一晩中泣き明かしたらしいぞ。俺だって、お前を追い出した町のやつらにどれだけ食って掛かったことか」
「もったいないことです」
「まあ、とにかく、その旅が終わったら戻って来いよ。そのころにはこっちも終わっているだろうし」
「ん、終わっているとは?」
「いや、こっちの話だ。気にするな」
気にするな、と言われると気になるものだ。しかし、カイはすでにシストから視線を外し、夕焼け空の遠くを見ていた。
「もう一度、俺たちでみんなの笑顔を作ろうぜ」
そのカイの笑顔に、シストもつられて笑っていた。
「ええ。そんな日が来ることを願っています」
カイが拳を出し、シストがその拳に自分の拳を軽くぶつけた。二人の気持ちが昔に戻り、つながったようだった。
「じゃあな。また会おうぜ」
カイはそのまま町の奥へと戻っていった。その姿が完全に見えなくなるまで、シストはじっとその方角を向いていた。
(魔法学校のみんなは、いい人たちばかりです。ですが、それに甘えてはいけませんね)
シストは久々に会った旧友に元気をもらった気がした。
もう少し、もう少しですべてが終わる。そんな期待を込めて、シストはルビーのいる宿に足を向けるのだった。その途中。
「ん?」
地面に血痕がついていた。不審に思い、シストはその血の跡を指でなぞってみる。指が真っ赤に染まった。まだ乾いていない、真新しい血だった。
シストはその血の匂いを嗅いでみた。独特な鉄の匂いが鼻孔を刺激する。
「こ、これは……」
シストの顔に、緊張が走った。
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