第14話 エルダ、再び

 地下牢から抜け出すと、そこはいたるところに鍾乳石ができている大きな洞窟だった。風が間断なく吹き荒れていることから、外までの距離はそう遠くないだろう。しかし、問題は地下牢から出たすぐの空間に、彼女がいたことだった。



「あれは、エルダね」



 大広間といったような空間の奥には魔術師のエルダがいた。配下の男たちと酒盛りをしているようだった。シストが地下牢に侵入できたのも、エルダがこのように油断してくれていたおかげであろう。


 シストたちは岩陰に隠れて移動する。身振り手振りで進行方向を伝えあって行動した。先頭にシスト、後方にルビー、真ん中にニコルの配列だ。



(ここで見つかってしまっては今までの苦労は水の泡ですからね。慎重に行動しなければなりません)



 シストは左右を見て、敵がいないことを確認する。後方はルビーに任せている。シストは前方と左右に注意を払っていればよかった。


 エルダたちが騒いでいる大広間を横切り、風が吹いてくる入り口へと進む。もう少しでエルダたちの視界から完全に離れられる。ここまでこれば、一安心だろう。



(あとは、あの角を曲がれば……)



 シストたちが入り口までの最後の角に差し掛かった、その瞬間、シストの背中に悪寒が走った。



「伏せてください!」


「へっ?」



 シストは反応できなかったニコルの頭を押さえ、地面に這いつくばらせた。ルビーは二本の剣を抜き、逆に前に出る。そして、その二本の剣で何かを叩き落とした。カキンッ、と洞窟内に乾いた金属音が反響する。



「誰だい」



 その音に、エルダが気づいた。気づかないはずがない。酒盛りをやめ、配下の男たちと一緒にシストたちのほうへと走り寄ってくる。



「くっ、見つかってしまいましたか」



 シストたちも走り出す。このまま入り口まで走って逃げようと考えたのだ。しかし、その考えも最後の角を曲がろうとしたところで無駄だったと知る。


 角から姿を現したのは、シャムス王国の騎士の恰好をした背の高い男だった。しかし、その禍々しいまでのオーラは味方ではないことを如実に語っていた。侮蔑したようにシストたちを見下ろしてくるその笑顔も、とても騎士とは思えない。



「エルダ。しっかり見張っていろと言ったはずだぞ。簡単に逃げられているじゃないか」


「旦那かい。すまないねえ。ちょっと油断してしまったみたい」



 シストたちはエルダと旦那と呼ばれる騎士に挟み撃ちにされた。前門の虎後門の狼。逃げ場はない。



「あなたは、ウォルティという組織の一員ですか?」



 シストが旦那と呼ばれる男に尋ねた。エルダへの接し方から見ると、相当な地位の男だと予想ができる。シストたち三人が全員、嫌な予感がしていた。


 そして、旦那と呼ばれる男は低く笑いながら、シストの問いに答える。



「そうだ。俺の名前はクラウス。ウォルティを組織した幹部の一人、と言えばわかるか」


「幹部、ですか」



 想像以上の大物だった。とても見逃してくれる状況ではない。説得も無理だろう。ここは実力行使で道を切り開くしかなかった。



「ルビーさん、魔術師のほうをお願いできますか。正直、この状況で逃げ切ることは難しいようなので」


「任せなさい。大体、はじめからこうしていればよかったのよ。逃げるなんて、私のスタイルには合わないわ」



 シストとルビーはニコルを守るように背中合わせになった。ニコルはルビーの実力を知らなかったが、それでも信用できると思った。なぜなら、親友のシストが信じるほどなのだ。きっとすごい剣士なのだろう。そう考えたのだ。


 そんな三人に、クラウスとエルダが近づいてくる。ネズミを追い詰めたネコのように、ゆっくりと獲物を捕らえようとしていた。



「本当にお姫様を助けに来るなんてね。ちょっとだけ、あの子にも興味が湧いたかも」


「エルダ。今はその小娘を捕らえることだけを考えろ。貴重な商品だ。傷つけるなよ」


「わかっているわよ」



 エルダは部下の男たちは下がらせていた。狭い洞窟の通路では、大人数は逆に不利になる。ここは自分が戦ったほうがいいと判断したのだ。


 そんなエルダに、ルビーは二本の剣を握りしめて突進した。同時に、シストもクラウスに突撃する。



「馬鹿ね」


「馬鹿が」



 ルビーは一瞬でエルダとの距離を詰め、二本の剣を振りかぶった。鬼気迫る顔がエルダのすぐ目の前に現れる。



「はあぁぁぁ!」



 そのルビーの声に反応するかのように、エルダは手を前に出した。



「あたしを守りな。【賢者の盾】」



 ルビーの剣が魔法の盾を叩く。金属が硬いものを叩く音が洞窟内に響いた。やはり魔法の盾はびくともせず、ルビーの剣は虚しくはじき返されるだけであった。



「くっ、厄介ね」


「あなたみたいな小娘が、私に勝てるはずがないじゃない」


「こ、小娘ですってぇ!」



 ルビーはこれほどまでにわかりやすいエルダの挑発に乗ってしまった。冷静な判断ができず、闇雲にエルダに襲い掛かる。



「私が小娘かどうか、あなたの体で確かめてみなさいよ!」


「いいわよ。来なさい」



 エルダはバックステップで距離を取りながら呪文を唱えた。手のひらが真っ赤に燃える。



「燃えな。【愚者の炎】」



 熱気がエルダの手のひらに集まり、塊となって一気に放出される。洞窟内の気温も急激に上がった気がした。


 その火の玉がルビーを襲う。



「無駄ぁ!」



 ルビーは何も考えず、襲い掛かってきた火の玉を剣で弾いてしまった。



「本当、進歩のない子」


「えっ?」



 火の玉を弾いた瞬間、真っ白な粉があたりにまき散らされた。ルビーはその粉を吸い込んでしまい、意識が遠のく。前の戦いのときにやられた戦法とまったく同じだった。



「これで終わり。あっけなかったわね」



 エルダは少々退屈そうに笑った。勝ちを確信し、気が緩んでいたのだろう。だからこそ、ルビーの後ろにまで近づいていたその存在に気づかなかった。



「そうは、させないわよ」



 ルビーが倒れそうになったところに、ニコルが駆け寄ってきた。すぐさま解毒魔法をルビーにかけ、吸い込んだ毒を散らせる。遠のきかけた意識が覚醒するのがわかった。



「ルビーちゃん、大丈夫?」


「え、ええ。何とか」



 ルビーはニコルに支えられながら意識を取り戻した。落としかけていた二本の剣もしっかりと握りなおす。



「余計なことをしてくれるわね」


「これが、ヒーラーの仕事なのよ」



 エルダの視線が厳しくなった。先ほどまでの余裕のある笑みを消し、じっとルビーとニコルを睨んでいる。どうやら、エルダも本気で戦う気になったようだ。


 ここからが、ルビーとエルダの本当の戦いであった。

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