第9話 アリアの行方
プラチドの屋敷にある井戸水は無料で町の人々に配られるようになった。公共の井戸も整備され、山からの水を食い止められることになっている。近々山の上の泉に人を遣り、泉の中の動物の死体も片付けられるそうだ。
熱病はすぐには治まらないだろうが、次第に良くなっていくことだろう。
トルペードの町には、平和が訪れた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
すっかり元気を取り戻したトルペードの町長の妻である老婆は何度もシストたちにお礼を言った。町長はまだ完全には回復していないが、それでも意識ははっきりしており、会話することは可能だった。
「あのプラチドって男、次期町長の座も狙っていたのね。だから町長の家には自分のところの井戸水を売らなかった。まったく、どこまでも欲の深い男だわ」
「まあ、過ぎたことですよ。それよりも、ルビーさんは町長さんに訊きたいことがあったのではないですか?」
「ああ、そうだったわ」
ルビーはベッドの上で上体を起こしている町長に近づいていった。ベッドのそばにあった椅子に腰かける。
町長も事情は聴いているため、ルビーたちには好意的だった。
「君たちのためなら、私ができることは何でもしよう。なんたって、君たちはこの町の恩人だからね」
「そんな、恩人だなんて」
ルビーは身をくねらせて、わかりやすいほどに照れていた。見ているこっちが恥ずかしくなるほどだ。
「それでね、町長さん。私、この町に人を探しに来たの。アリア・ブランクって人なんだけど、知りませんか?」
「ああ、アリアさんですか。それならば台帳を調べるまでもありませんね。私もよく知っている人物ですよ」
「本当ですか!?」
ルビーは身を乗り出し、町長に顔を近づけた。それをシストがさりげなくもとの位置に戻す。
「しかし……」
町長はルビーの喜びようを見るなり、残念そうな顔つきになった。申し訳ないという気持ちで身が縮こまっているようにも見える。
「アリアさんは、数か月前にこの町を出ていってしまっているのです」
「なんですって!?」
ルビーは思わず大声をあげてしまった。せっかくここまで来たというのに、アリアはすでにこの町にはいないという。今までの苦労も水の泡になってしまったように感じられた。
「どこに行くとかは、聞いていませんか?」
「確か、グルダンの町に行くと言っていましたね。何か焦っているようにも見えましたが、今考えると、急な出来事でした」
シストとルビーは顔を見合わせる。希望はつながったが、なぜ慌ててこのトルペードの町から出ていったのかが気になるところだ。
「他に、何か変わったことはありませんでしたか?」
「ふ~む。あるとすれば、アリアさんがいなくなってから数日後、君たちのようにアリアさんを探している人たちが来ましたね。同じようにグルダンの町に行ったと話しましたら、慌ててこの町から出ていきましたよ」
「私たち以外に、アリアさんを?」
ルビーは自分以外にアリアを探す人に心当たりはない。まるで逃げるかのようにトルペードの町を出ていったアリアのことを思うと、何か嫌な予感がする。
シストとルビーは神妙な顔つきになりながら、町長と老婆にお礼を言ってその場を退出していった。
###
トルペードの町の夜道。月が輝き、二人の影を長くする。静かな夜をシストとルビーの足音が広がるように響いていた。
「どうしますか。やはり、アリアさんを追ってグルダンの町に行きますか」
「当然よ。お父さんの仇の情報を持っているのは、アリアさんしかいないんだから。地獄の底まで、アリアさんを追って、追って、追いまくってやるわ」
「それでは、まるでアリアさんが仇のようですよ」
ルビーは両手を握って気合を入れている。シストのツッコミなどは耳に入っていないようだった。
アリアを追っていった人たちのことは気になったが、今はそのことを考えても仕方がない。仇討ちのためにも、ルビーはグルダンの町に行くことを決意した。
「さあ、行くわよ。いざ、グルダンの町へ!」
ルビーの突き上げた拳は、夜空の月を打ち落としそうなほど高々と上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます