Healing & Slashing(ヒーリング & スラッシング)

前田薫八

第一章 金髪の少女と銀髪の青年

第1話 金髪の少女

 乾燥した風が肌を撫でる。喉が渇く。ここは荒野の町、グラナーテ。荒くれ者が支配する町としても有名で、外を安心して歩けるものなど誰もいない。


 そんな町に、いつももように、女性の悲鳴が上がった。



「きゃぁぁぁ」



 町を歩いている人々は一斉に悲鳴が上がった方へ視線を向ける。そこには、いかにもゴロツキといった出で立ちの男が三人、栗色の髪の町娘を取り囲んでいた。



「おいおい、そんな大声出してどうしたっていんだよ。俺たちが何かしたか? むしろ、何かしたのはぶつかってきたお前のほうだよな」



 ゴロツキの中でもリーダー格の男が町娘の顔の覗き込むように近づく。残りの二人は町娘が逃げないように退路を断っていた。


 町娘は一歩退いたが、ゴロツキの分厚い胸板にぶつかり、またしても小さな悲鳴をあげた。



「そんなにも怯えるなよ。俺たちは別に取って食おうってわけじゃねえ。ただな、ぶつかってきたなら、それなりに誠意を見せないといけないと思うわけよ」



 リーダー格のゴロツキは一歩前に出る。それに合わせて残りの二人も町娘に一歩近づき、包囲網を一回り縮めた。町娘の感じる圧迫感は相当なものだっただろう。



「ご、ごめんなさい……」



 町娘は哀願するように跪いて謝った。しかし、ゴロツキたちはその様子を笑いながら見ているだけで、包囲を解こうとする気配は微塵もない。



「おいおい、俺たちは別に謝ってほしいわけじゃねえんだよ」


「え。そ、それなら、私はどうすれば……」



 リーダー格のゴロツキは町娘の頭に手を乗せ、顔を町娘の視線に合わせた。



「金だよ。慰謝料。三〇〇万金でいいぜ」


「さ、三〇〇万金!? そんな大金、払えるわけが……!」


「ああん?」



 先ほどまで笑っていたリーダー格のゴロツキの顔が一変した。まるで鬼のような表情になり、ただでさえいかつい顔がさらにいかつくなる。その顔を見ただけで、町娘は顔を真っ青にしてしまった。



「払えるかどうかじゃねえ。払うんだよ。無理なら、奴隷にでもなってもらおうか。三〇〇万金ぐらいの価値はあるだろう」


「そ、そんな」



 ただ道端でぶつかっただけで奴隷にされてはたまったものではない。しかし、これがこの町の日常なのだ。法などあってないようなもの。この町では暴力こそが法であった。



「だ、誰か、助けてください」



 町娘は叫んだ。何度も何度も叫んだが、その声に応えるものはいない。この町では、厄介ごとにかかわった時点で負けなのだ。遠巻きに見ている人々も、それがわかっているからこそ近づかない。誰もが、自分の身が可愛いのである。



「へへへっ。誰も助けやしないさ。そんな正義感のあるやつなんざ、この町にはもう……」



 ――いない。


 リーダー格のゴロツキがそう言おうとした、そのときだった。



「待ちなさい!」



 乾いた空に響くような、凛とした声だった。ゴロツキたちだけでなく、町の人々もその声に振り向く。


 そこには、金色の長い髪の毛をなびかせ、両腰に不揃いな長さの剣を差した背の低い少女が立っていた。見た目は十代半ばといったところか。整った顔立ちだったが、まだ幼さを残している。小娘といった印象を町の人々は受けた。



「何だ、てめえは」



 リーダー格のゴロツキは片方の眉を上げ、怪訝そうな様子でその金髪の少女を見た。どう見ても自分たちに歯向かえるような体格ではない。こんな小娘がなぜ自分たちにたてつこうとしているのか、と思ったのだ。


 金髪の少女はゴロツキたちに臆することもなく、ゆっくりと近づく。その視線はすでにリーダー格のゴロツキを射抜いていた。



「その人、困っているじゃない。早く解放してあげなさいよ」


「ああん? なんでお前にそんなことを言われなきゃいけないんだよ。関係ないやつは引っ込んでな、小娘」


「そうだ。消えな、小娘」


「お前の出る幕じゃないんだよ、小娘」



 ゴロツキたちの言葉を受け、金髪の少女の顔色が変わった。透き通るような白い肌が、ゆでだこのように真っ赤になったのだ。



「こ、小娘ですってぇ!」



 金髪の少女の拳が震える。ゴロツキたちを睨めつける目が鷹の目のように鋭さを増した。



「あんたたち、私に言ってはいけないことを言ってくれたわね。私はね、子供扱いされるのが一番嫌いなのよ」



 ゴロツキたちは一瞬呆け、顔を見合わせる。そして、次の瞬間には大爆笑が起こった。



「子供扱いされるのが嫌いって、いや、お前、子供じゃねえか」


「背が低い、胸もない、顔も幼い。これで子供扱いするなってほうが無茶だぜ」


「そういうのはもっと大人になってから言いな、小娘」



 ゴロツキたちは腹を抱えて笑い出した。助けるはずの町娘も、周りで見ていた人々の表情もどこか笑いをこらえているようにも見える。それほど、金髪の少女の容姿と先ほど言った言葉が一致していないのだ。


 金髪の少女は地団太を踏み、顔を上げた。



「もう頭に来た。あんたたち、無事にこの町から出られるとは思わないことね」


「それは、こっちのセリフだ。お前は、俺たちを笑い殺す気か」


「むっきー!」



 金髪の少女は怒りに任せて両腰に差していた剣を抜いた。一本はレイピアのような細長い長剣。もう一本はナイフのような短剣だった。



「ほう。二刀流か」



 リーダー格のゴロツキはここに来てようやく笑うのをやめた。しかし、それでも余裕の表情は崩していない。



「小娘が二刀流なんて不相応な真似しているんじゃねえよ。刃物は危ないから、こっちに渡しな」


「どこまでも馬鹿にしてぇ!」



 リーダー格のゴロツキは町娘を部下の二人に渡し、無防備にもゆっくりと金髪の少女に接近していった。腕っぷしに自信があるのか、武器は持っていない。それでも、リーダー格のゴロツキは不敵な笑みを崩すことはなかった。


 そして、金髪の少女の目の前に来たとき、リーダー格のゴロツキの拳は振り上げられていた。



「邪魔だ、小娘」



 拳が轟音を立てて振りぬかれた。しかし、そこには金髪の少女の姿はなく、リーダー格のゴロツキの拳は虚しく空を切っただけだった。



「何!?」


「どこを見ているのかしら」



 リーダー格のゴロツキが振り向くと、そこにはいつの間にか背後に回っていた金髪の少女がいた。まるで動きが見えなかった。瞬間移動でもしたかのような錯覚に襲われる。


 金髪の少女の顔が明らかな侮蔑の色を見せた。



「ちょ、調子に乗るなぁ。小娘がぁ!」



 リーダー格のゴロツキは左右の拳を何度も振りぬいた。しかし、その拳の嵐に、金髪の少女はその長い髪すらも触れさせない。まさに大人と子供の喧嘩。しかし、見た目とは逆の状況だったが。


 そして、リーダー格のゴロツキの拳が大振りとなったとき、その瞬間を金髪の少女は見逃さなかった。



「そこっ」



 一瞬で金髪の少女はリーダー格のゴロツキとすれ違うと、次の瞬間、リーダー格のゴロツキの胸からは大量の血が流れだした。いつの間にか胸を十字に斬られていたのだ。リーダー格のゴロツキは胸の傷を押さえ、地面にうずくまる。



「ぐあぁぁぁ。ば、馬鹿なぁ」


「アニキ!」「アニキ!」



 遠巻きに見ていた二人のゴロツキたちは町娘を突き飛ばし、二人で金髪の少女に向かって突進してきた。それでも金髪の少女は臆することなく、静かに二本の剣を構える。


 そして、二人のゴロツキたちの拳が金髪の少女の目の前に来た瞬間、悲鳴が響く。その悲鳴は、二人のゴロツキたちのほうであった。



「ぐわぁぁぁ」「ぐわぁぁぁ」



 金髪の少女の眼前まで来ていた二人の拳は、無残にも二本の剣で串刺しにされていた。あまりの痛みにひるんだ二人のゴロツキの懐に、金髪の少女はあっさりと入り込む。そして、強烈な一撃を二人にお見舞いするのだった。


 血飛沫が舞う。


 わずか数十秒の間に起こった出来事を、町の人々は信じられないものを見るかのように見ていた。歓声も湧かない。ただ呆然と、目の前で起こったことを頭の中で処理するのにいっぱいだった。



「まっ、こんなもんね」



 金髪の少女の凛とした声が、乾いた風に乗ってどこまでも響いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る