謝る我

「それじゃあ、そろそろ帰ろうか。みんなで帰れる時は、みんなで帰るようにしよう。瞬はもちろん、私もそんなに家は遠くないし」

「そうなんですね、良かった」

「そういえば、僕真央君の家まで行くの、本当に久しぶりだなあ」

 

 瞬とたもとを分かつことになったあの瞬間から、関わることはなくなったのだから当たり前の話だろう。

 まさか忘れているというのか、瞬!? 


「沙羅ちゃんが、僕が真央君にいじめられてることに気付いてくれてなかったら、今も真央君の奴隷みたいなことを、させられていたのかなあ……」

「…………」


 その些細な一言が、我の心臓にぐさりと突き刺さった。


 我は、瞬のことを配下だと思っていた。それは間違いないが、瞬はいじめられていた、奴隷みたいだと思っていたなんて……。

 そんなつもりは、全くなかったのに。

 瞬に裏切られたことばかりに気を取られていたが、あれは、必然の裏切りだったと……いうことか?

 これを言葉に出したら、沙羅辺りには「そんなこともわからなかったの? そんなだから、裏切られるのよ」と、言われるだろう。

 ぐうう……、謝った方がいいのか? それとも、このままスルーすべきなのか?

 

 我は……。 

 

 我は……!!


 我はぁあああ!!


 

「……瞬よ、す、すまなかった。俺は……お主をいじめていたとか、奴隷とか……そんなつもりはなかったのだ」


 ――魔王の頃、我は絶対に謝ることなどなかった。


 それは、我が魔族の頂点で、我のすることに間違いなどない……と、思っていたから。

 だが今は……認めたくはないが人間で。

 滅多にないが、悪いと思えば謝ることも、ある。

 太一と美幸にそのように教育されたのだ。

 本当に、滅多にないがな!!


「あ、うん。知ってたよ」


「へっ?」


 瞬はさらりと返す。


 えっ、なんだそれ。我の、一世一代の謝罪が、そんなあっさりと。


「なんていうか、そういう風に接するのが真央君にとって自然体なんだろうなというのは、分かってたんだ。例えるなら、マリー・アントワネットが、絶対に庶民の気持ちを分からないのと同じように。そう生きてきた人間が、そうじゃない人間の事を分かるわけないんだよね」

「……」


 許されたいと思っていたわけではない――と、言えば嘘になるが。

 思っていたのとは、違う反応に戸惑った。

 いっそ罵られた方がすっきりするが、それはやっていた方の考え方なのだろう。 

 

「だから、別に君のことを恨んではないよ。ただ、僕だって恨みとかを別にして、嫌なものは嫌で、距離を取っただけだ。君は僕を見限ったつもりでいたかもしれないけど、僕だってそうだった。お互いそうだったんだから、ちょうど良かったね。win-winだったよ」


 瞬が、なんでもないように爽やかに笑った。

 我はさっきの一言、そんな風に割り切れるものではないのだが、リア充になると、鋼の心臓を持つようになるのか?


「結果として君は一人になって。僕は沢山の友人と充実した毎日を過ごした。また関わることになるとは思ってなかったけど、事情が事情だし仕方ないね。四六時中一緒にいるわけじゃないなら、まだ我慢できるし、僕もあの頃の僕とは違うから」

「本当に変わったな、瞬」


 我の一言にふう、と溜息を吐く。


「子供の頃は、僕も弱かったからね。いつまでも、君みたいに子どもじゃいられないんだ。人は、成長して、変わるんだよ」

「同感だわ。いつまで経っても成長しない真央に、イラつくことがあるもの」


 ――!?


 沙羅が会話に割り込んで攻撃してきた。


 瞬め、恨んでないとか言ったが、絶対に嘘だな。

 我の事を恨んでいないのに、仕方ないだとか我慢だとか、こんな刺々しい話し方にはならない。

 沙羅は……、沙羅はなんだろう。

 多分、普通に普段から思っていることを言っただけだな。瞬のような刺々しさは感じない。どちらかといえば、あきれに近い。


「でも、謝れるようになったのは、少しだけ成長したと言えるかもしれないわね。ほんの、少しだけだけど」


 ――さ、沙羅!! それツンデレってやつか!?


「魔王様をいじめないで!!」


 二人も、そんなつもりはなかっただろうし、我もそんなつもりではなかったのに、いきなり更科が割って入る。

 えっ!? 我、いじめられてるように見えた?


「苛めてなんかいませんよ、更科先生? 文句を言ってるだけです」

「それもだめよっ! 魔王様はあなたたちが考えているよりも繊細なのよぉ!? 大好きだったお爺様のことで、いっぱいいっぱい悩んで泣いていたし、それにちょっと泥が跳ねただけでその泥沼を魔法で消し飛ばしてしまうような方なんだから!! だから優しくしてあげなきゃダメ!!」

「いつの話だ!!」

 

 まさかの昔話放出に面食らう。

 よくそんなこと覚えていたな、こいつ……!!


「先生、優しくされるには、優しくしないといけないんです。自分だけが繊細ぶって、他人ヒトが自分と同じように傷つくことを考えもしないなんて。魔王だったころは、それでも無条件にしたう者はいたかもしれな……」


 沙羅は途中でぴたりと止まってしまう。

 なぜ止まるんだ。


「いや、私が魔王城に着いた時にはいなかったわね。サキュバスを振り切ってまで、魔王を守ろうとする魔族なんて」

「」

「ぷひょ!! ふひひひっ」

 

 叶が変な音を立ててき出している。


「やっ、やめてよネ、サラちゃん!! それ、笑っちゃうからぁ!!」

 

 笑いを堪えようとしているからなのか、エンジンの掛かりにくいバイクのような声で、笑い続ける叶。

 どうやら叶には、我の前世のボッチっぷりがツボらしい。


「ま、魔族というのは、己の欲望に忠実なのだ……。だから、その……我を守るという責務より……欲望がまさってしまったというか……」

「昔あんたを追い詰めた時にも言ったけど、それってつまり、魔族からの信望、『魔望』がなかったということよね?」

「うっ、うぐぐううう」

「私は魔王様を慕っています!! 魔王様をいじめないでぇ!!」

 

 また間に入ってくる更科。 


「黙れ更科! いじめられてなど、おらぬわぁ!!」

「ひゃわあ! すみません!!」

  

 我が更科を叱り付けると、沙羅はそれを庇う。

 

「自分の魔望のなさを再確認して悲しいからって、自分に優しい先生に八つ当たりするのはやめなさい!! 事実なんだから、仕方ないでしょう!?」

「かっ、悲しくなどない!!」

「魔王様をいじめないでぇ!!」

「ぷふっっ、ふひひひっ」


「めちゃくちゃだな」


 収集のつきそうにないこの場で、ただ一人、瞬だけが冷静だった。  

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