眠る魔王様は気付かない 2

 沙羅は促されて、今度こそ叶の隣のブランコに座った。


「まずは、私の力の話を聞いてほしいんだけど、それから目的を言ってもいいかな? 多分、その方がすんなりいくかなと思うんだよ」

「はい」

「この千里眼って力はネ、君たちの世界でいう所の魔力アグマのように、家系で継ぐことがある。誰でも発現は可能だけど、長い修業が必要だと言われてる」

 

 素質のある者も全員がこの力を持つわけではないし、逆に持っていなくても修行次第では得ることのできる力でもある。仏教における境地の一つであり、天眼智證通てんげんちしょうつう天眼通てんげんつうと呼ばれる。

 その力の深度は人によるところが大きく、叶の持つ力は透視、遠視、過去視も含んでいるが、得意なのは未来予知。


 叶には、生まれた時からこの力があったが、初めて当てたのは四歳の時。

 隣の家で飼われていた柴犬のコロロの死。とても利口で、叶とも仲の良かった犬だった。

 ある日コロロは、突然事故で亡くなってしまった。


 ――叶が視たとおりに。


 誰にも言わず心の中で恐れていたが、それをどうしても抑えておけなかった。

 幼い子供が抱えるには、大きすぎる力だった。

 優しい祖母に話したところ、祖母の母、そう祖母がその力を持っていたと教えてくれた。


 叶はその力のことを誰にも言わなかった。知っているのは祖母だけ。

 彼女が分厚いレンズの眼鏡を掛けているのは、視え過ぎない為。曾祖母の形見だというそれを、祖母は「お母さん、知ってて私にこれを託したのね。言ってくれれば良かったのに」と笑って、叶に掛ける様に言った。


 そして彼女はそれを、幼い時から掛けていた。

 それでも、全く視えないと言うことはなく、時折叶が知らないはずの事を口走ってしまうことがあったが、人はそれを喋ったことがあると勝手に納得させるのか、それまでに大きな騒ぎになったことはなかった。


「で、その未来予知なんだけどネ。得意とか言ったけどよく外れるんだ。大きなものも、小さなものもネ」

「えっ? 外れるんですか?」

「そう。なんで外れるかと言うと、人の動きと心の動きが少し変わるだけで、割と簡単にんだよ。その時点で、予知はハズレだよネ。大きなくくりで言えば、当たっているといえるかもしれないけど。視たいことに人の感情が混じらない物ならほぼ外れない。気象、地震とかだネ。予知はね、バタフライエフェクトが起きる。確実に。今までの経験から、身に染みて分かってるんだ」

 

 未来を変える事自体に、さしてなにかペナルティがある訳ではない。ただ、その原因が何か突き止めたところで、自分が手を出さなくても違う未来になることもあれば、手を出してもその未来になることもある。

 視えることと、未来を変えられることは繋がっているようで繋がっていない。

 それすらも本当の未来の流れに含まれていると感じるほどに。


「だから大体のことは、視えても静観する。元勇者のサラちゃんには、耐えられないことかもしれないけどネ。正直視たいものだけが視えるわけじゃないこの力は、私にとってはめんどくさいものでしかない。だって、辛いものは辛いんだよ。知らんふりしてもね。逆にものは視えなかったりネ」


 視えてるだけで、予知なんてものはできていないのと同じなんだと、叶は笑った。


「たとえば、そうだなー。明日の天気予報は確か雨だよネ。朝方から降り出すらしいけど、今は降ってない。この降り出す時間って、人の力が混じることがないから、多分正確に分かるよ」

 

 そう言って、叶はじっと空を見つめる。

 まだ雲もぽつりぽつりと少なく、えとした星空が広がっている。

 その後、じっと沙羅を凝視ぎょうしする叶。


「ん、七時十八分かな、降り出すのは。あと、もう一つ。朝サラちゃんが乗ろうと思ってる電車は、止まる。人身事故で。一本前のに乗った方がいいネ」

「!!」

「聞いたら、サラちゃん当然止めたいと思うよね?」


 見透かすような眼で、じっと沙羅を見つめ続ける。 


「それは、もちろん……」

「で、この時点からサラちゃんがどう動くかによってまた結果は多分変わる……と、思いたいところだけど、それで止められるかもしれないし、それでも止まらないかもしれないんだ。視えるといっても結果が視えるだけで、全部視えてるわけじゃないから、今言った情報で動くことになる。まず飛び込むのがどこにいるどの人なのか分からない。どこから探す? 範囲を頑張って絞っても人はいっぱいいるよ。キリがない。死んじゃダメ―って叫び続ける? 途端に頭のおかしい人扱いで病院行きだよ」

「……」

「分かるでしょ? この眼鏡がなかったら、多分今頃私は死んで、ここにはいないよ。辛すぎるんだ、この力は。視えない方が良かったと思うことの方が、多いんだよ」

 

 そう言って、震えながら眼鏡をギュッと握る叶。


「ごめん、私情挟んだ。私の力について大体話したところで、本来話したかったことに戻るけど。これに関しては、静観とか言ってられない。たくさんの人が死ぬどころじゃないから……。下手したら人類が地球からいなくなる……」

「!! ま、まさか真央がなにかやるんですか? 本当に世界征服をやってのけるんですか……? で、でも今のアイツにはなんの力もなくて……。魔力アグマもないし、体力も人並みで……。力は、他の人より強い気がしますけど、それでも人並みの範囲で……」


 ここまで言われて、それ以外の何もないだろうと沙羅は予感する。

 

「どうしても、どうっしても!! 外れてもらわないといけない未来がある。そして、その為には……サラちゃんに頑張ってもらわないといけないんだ」


――――――――――――

すみません、ラブコメです。ラブコメなんです。ラブコメなので。

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