眠る魔王様は気付かない 1

 そもそも彼女は、ラインで呼び出しを受け、10号公園へと走っていた。

 でなければ、こんな時間に外を出歩いたりしない。


 公園にある山の形をした滑り台の上に、いつも掛けているはずの分厚い眼鏡を外した一つ年上の少女は、座って星空をじっと見ていた。

 彼女が公園内に入ると目を向けて、手を振って招く。


「おっ、きたきたー。よく来てくれたネッ、サラちゃん!」

「中津川先輩、こんな時間に何の用ですか?」

 

 沙羅は、一定の距離を取って、今日入ったばかりの部活の先輩に問う。


「中津川先輩じゃなくて、叶先輩って呼んでほしいな?」


 小首を傾げながら、茶目っ気たっぷりに叶は返す。 


「……叶先輩、こんな時間に呼び出してどういうつもりですか?」

「おおう、なんで少しきつく?」

「答えて下さい」


 場合によっては、戦闘になるかもしれない。勝てるだろうか。

 

 白いワンピースに春物の土色のジャケットを羽織った叶は、滑り台をするすると滑り降りてきたかと思うと、ゆっくりと沙羅に近付いた。

 沙羅はその距離を詰め過ぎないように、後ずさる。


「やだなー、そんなに警戒しないでよ。国語文芸部先輩と後輩の仲じゃない」

「警戒しないわけないでしょう? 普通の人はこんな時間に後輩を呼び出しません」

「ん、まあそうだネ。でも、別に危害を加えたいわけじゃないんだよ。だからその警戒をいてほしい。本当に、私はサラちゃんと話がしたいだけなんだよ。ネッ?」


 胡散うさん臭いことこの上ない。


「遠いなー……」


 いくら叶が近付こうとしても縮まらない距離。

 叶は諦めたように近くにあったブランコに座って、三メートルほどの距離を開けたまま、沙羅と話をすることにした。


「どれから話せばいいのか迷うんだけど、ええと…。これを言うのがパンチが効いていいのかな? 『サラちゃんもマオ君が普通の人間になっちゃってるの、気付いてるんでしょ? だって魔力アグマ、感じないもんネ』」

 

 沙羅は、びくりと体を弾ませる。


 きっと真央も気付いていた。そして沙羅も気付いていた。でも、もっともらしい理由で、二人は自分達を納得させてしまったのだ。


 と。 


 彼女らはこの世界で15年間、魔法や人を超えた身体能力を持っていない、ただの人間にしか会ってきていないのだから。 

 

「……ド直球でびっくりしましたよ。叶先輩、貴方一体何者なんですか? どうしてそれを? 私が勇者で真央が魔王だったってこと……、冗談だと思ってたわけじゃないんですね?」


 凛とした響き渡る声で、沙羅はそう叶に問う。 

 

 誰が聞いたって、前世が勇者と魔王だったなんて、ただの中二病発言。

 平穏の為にどうしても隠したかった。恥ずかしい人と思われるのは、嫌だったから。

 でも、言いふらされて困るのは、恥ずかしいからだけであって、は一人もいないと、沙羅は思っていた。

 そういえば、真央が私が国語文芸部に入ると決めた時、微妙に悪い顔をしていた。

 同じ方法で脅すつもりかもしれないが、彼の言葉に耳を貸す人間はいないから、同じように脅されても、その脅しに効果はないが。


「もう少し、近付いてもいい?」

「ダメです」

「あ、そう……」

 

 残念そうな顔をしながら、叶はブランコを少しだけ揺らした。金具が錆びついているのか、ギイギイと物悲しい高音が響くので、すぐにそれを止めた。


「瞬に聞いたと言うのは、確かに嘘なんだよ。従姉妹っていうのは本当なんだけど。だってほら、それだけの情報じゃ、入部届に漢字で名前書けるわけないもんネ」


 言われて思い出した。

 帰り際に自分たちの名前を書いて渡された入部届が、カタカナでもひらがなでもなく、漢字で記入されていたことを。きっと、真央の入部届もそうだったはずだ。


「気付くかなと思ってたけど、気付かないから。サラちゃんにラインしたわけ」

「……」

「それでね、私が何者かという話なんだけど……。私はサラちゃんたちの世界の人間とかじゃなくて、この世界の人間なんだよ。それは、間違いない」

「……嘘ですよね?」

「嘘じゃないってば」

 

 叶は苦笑する。

 

「ん~、でも……、ただの人間というのはちょっと違うかもしれない。私はネ、えるんだ」

「視える? ……透視とうし能力ですか?」 

「それも含めた、という方が正しいかもネ。知ってる? 千里眼って」

「聞いたことがある程度で、詳しくはないですが。遠いところのものが見えるとか、現在だけじゃなくて、過去や未来も見えるとか……」

 

 叶はじっとサラを見る。

 眼鏡を掛けていない叶は、美しい。大きな瞳、長い睫毛に、高い鼻、小さい顔。少しぽてっとした、紅い唇。人形のように、整った顔。

 じっと見つめられると、目を背けられないほどに力強い美しさ。


「サラちゃんは、昔……七歳の時、マオ君と猫を拾ったんだネ。黒い猫。拾った時は酷い病気だったみたいだけど、今は綺麗な毛並で健康的な顔をしてる。今度、私もマオ君の家に行って会ってみたいな」


 ごくりと喉を鳴らして、沙羅は唾を飲み込む。


「……それも、瞬君からの情報じゃなくて……?」

 

 ――本当に、この人には……見えている? 


「うん。あっ、瞬が知らなそうなことの方がいいか。ちょっと恥ずかしいことでもいい?」

「えっ!? それは……ッ」

「……沙羅ちゃん右のおっぱいに二つ並んだ黒子ほくろがあるんだネ? これ、前世にもあったネ?」 

「!!」

 

 咄嗟とっさに沙羅は右の胸を押さえてしまう。

 

 胸の黒子はブラジャーや水着では隠れる位置だし、沙羅と沙羅の家族位しか知らないことだ。その家族だって、もう忘れているかもしれない。

 それを見透かされることの恥ずかしさは、少女を慌てさせ、赤面させるのに十分だった。


「当たってる?」

「あ、ああ、当たって……ます……」


 顔を真っ赤にしながら胸を押さえる沙羅に対して、叶は言いようもなく嗜虐欲しぎゃくよくくすぐられた。が、それをぐっと堪える。

 悪戯いたずらに怯えさせるのは本意ではないし、呼び出した主旨とは外れる。

 しかし、頭の中の暴走は止まらない。

 

(ああっ、でもでも……! もっと苛めたい! 視えてる恥ずかしいことをもっと言ったらどうなるのかな? なんでこんな可愛いの? こんな気持ち初めてっ!! お姉さんにもっと可愛い顔、見せてみようか? ネッ?) 


 叶はポーカーフェイスは得意だった。

 

「当たるって有名な占い師さんは、この力を持ってる人が多いネ」 

「うう……で、でも……なんでこんな時間に呼び出したんですか?」

「私ネ、この力が一番強くなるのがこの時間なんだよ。一度見せてしまった方が手っ取り早いかなと思って。流石に普段なら私も寝てる時間なんだけど。興奮して眠れなさそうだったから」


 よく眠れそうと言ったのは、嘘だったのか。 


「そうじゃなくて……目的は……? 力を見せる為じゃないんですよね? 何か、私と真央に関係することで話があるんですか?」

「ああ、目的……」

 

 叶は溜息を吐いて、俯いた。

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