上機嫌の我

「で、マオ君は国語文芸部に入ってくれる気になった?」

「ああ、なったとも!」

「じゃあ、はいこれ」

 

 叶は紙を我らに渡した。

 それは、国語文芸部への入部届。

 こ、こいつ……我らが入ると言う前からすでに勝手に名前を書き込んでいたというのか?


「あー、良かった! 今日はとてもいい日だよ! よく眠れそうだネ!」

「ああ、そうだな。間違いない」

「……」

 

 おい沙羅、そのしかめっ面をなんとかしろ。というか、喋れよ。

 我と付き合うのがそんなに嫌か。そんなに嫌か!!


「あ、そだ。ライン交換しよ~。いつでも連絡がとれるようにネッ」

 

 腰のポケットからシルバーのスマホを取り出して、彼女は振る動作をして見せた。


「俺はケータイ、スマホの類は持っていない」

「!? 希少種!?」

 

 しかめっ面のまま鞄からスマホを取り出そうとしていた沙羅も、どうやらびっくりしたようで、スマホを持ったまま固まった。

 

「誰が希少種だ。ないものはない」

「そ、そっか……。ないものは仕方ないネ」


 二人はいささか気まずそうにラインの交換をしていた。


 こちらが悪いような気持ちになるではないか。

 仕方ない、そう……我には連絡を取りたいと思う相手がいなかったから。 

 我は、孤高であったから!!


 ……。


「か、帰ったら親に相談してみるから、それまで待て……」

「!! それがいい! それがいいと思う!! ネッ、サラちゃん!」 

「そうね。連絡取れないと色々不便だしね」

「家の電話に掛けてくれてもいいぞ?」

「えっ、それはちょっと……」

「……」 

 

 なんでだ?

 太一だって美幸だって、沙羅の事を知っているのだから特に気にする必要はないではないか。

 我は別に、沙羅の家に電話することについて、特になんとも思わないが。


「それじゃあ、これから三人国語文芸部員として、頑張っていこう!」

「分かりました」

「ああ」

 

 とにもかくにも、我は高校では国語文芸部という地味な部に所属することになった。

 どうせ帰宅部のつもりだったから、三人だけの部なら逆に気楽でよいのかもしれない。沙羅とも逢えるしな。

 でも、この前世がどうとかいう叶の呼び出しがなければ、沙羅との距離も縮まらなかった。

 何も特別な力を持っていなくても、人間もなかなかやるではないか。  


 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 高校の入学式の夜、夜中の2時。

 彼女はあらかじめ二階の自分の部屋に上げてあった靴を履き、二階から音も立てず飛び降りる。

 普通の人間ではできないはずのこの芸当も、彼女には容易たやすいことだった。

 元勇者の彼女にとっては。

 体が違っていても、脳が体の使い方を覚えている。どうすれば高く飛べるのか、どうすれば速く走れるのか。厳しい鍛錬をしているわけではないから筋肉が追いつかず、完全に思い通りには動けないが、それでも、二階から飛び降りたり、段差を使わず二階に飛ぶくらいはできた。

 他の人間と身体能力を合わせるのには少し苦労もするが、この平和な世界で、彼女は自分の力を誇示せず、穏やかに生きていくことを選んで――。


 ――……選んだつもりだった。


 特に、突出する必要はない。出る杭は打たれるということわざがこの国にはあるし、とにかくできるだけ横並びに、目立たないように過ごしたいと思っていた。

 この日常が、魔族からの理不尽な暴力に怯えずに済むということが、どれだけ素晴らしいか……。

 

 あのバカな元魔王がバカな事をしなければ、彼女は暴力を振るうこともなく過ごしていただろう。

 バカを止めるせいで目立ってしまう。

 だがバカを止めなければ犠牲者が出る。


 ――バカのせいでバカみたいなジレンマだ。


 あのバカが、彼女のジレンマを生む。

 彼女の穏やかな生活はあのバカな鳥頭の、もう魔族ですらない、によって、めちゃくちゃになってしまった。

 バカは、自分を呼び出す為だけに誰かに暴力を振るおうとしたりカツアゲしようとしたりしていたのだというのが、今日判明した。

 何か自分の中の信念に従ってそうしていたのだと、彼女はそれを聞くまで思っていた。

 自分のことをしつこく魔王だ魔王だと言っていたし、そうでなくても、彼女自身が、忘れたくても彼が魔王であったということを忘れられない。

 ……だからといって、魔王であったということが悪事の免罪符になるわけではないのだが。


 そして、あまつさえ悪事を止めたい彼女の気持ちを逆手にとって、彼女に恋人のふりをするようにあの鳥頭魔王とりあたまおうは言った。

 惚れさせた方が勝ちとか、本気で頭の一番大きなネジがぶっ飛んでいるのではないのかという提案をしてきた。


 彼女は、その出来事を思い出して憂鬱になり、朝になったら鳥頭が発動して忘れていたらいいのに、と大きなため息をいた。


 ――太一おじさんや美幸おばさんを大事にしているのを知ってたし、シュヴァリエッタを二人で一緒になって助けた……。少しは優しさや愛情を分かってきたのかと思ったのに。


 やっぱり彼は魔王だ。

 人の心が分からない人類の敵。

 もしかしたら、これ以上の悪事を行おうとする前に、殺してしまった方がいいのかもしれない。

 この世界での自分の残りの人生と引き換えに、世界の平穏をもたらせるのなら――。

 ただ、どうやらバカには魔力もなく、あまり大きなことをできないようだから、自分の人生を掛けるほどのものでもないとも思ってしまう。


 彼女には、不思議だった。


 ――なぜ、あのバカには魔力がないのか……? 

 

「『火炎ファイルス』」


 ぽうっと掌にろうそくほどのオレンジ色の火を浮かせて見つめた後、彼女はすぐにそれを消した。

  

―――――――――――――――――――

知らぬは魔王ばかりなり。 

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