第四章

問い詰める我

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 とりあえず、色々と状況を整理しなければいけない。

 割れた窓はどうしようもないので段ボールで塞いで、散らばったガラスをせっせと片付けて、全員椅子に座った。


「俺はお前を知らない。しかも魔族な上、絶妙なタイミングでこの部屋に入ってきたことを加味すれば、おのずと答えは見えてくる。間違いない。俺を殺そうとしているのはお前だな? さあ、なぜ我を狙うのか吐け。黙っていても良いことはないぞ?」

「違いますってばあ……!! 信じて下さい魔王様ぁ!!」


 めそめそしながらメリナがすがりついて来ようとするので、とりあえず頭をガッと掴んで近づけないように抑えつける。


「フンッ!」

「ひにゃああ! やめて下さい、魔王様ぁ! あんなことやこんなことも一緒にしたのに酷いですぅ!!」

「!? 何を言っているんだお前は!! 我はサキュバスとあんなことやこんなことなどしたことはない!!」

 

 誤解を招きかねないことを言い出したメリルの頭を、力を込めて握りしめてやる。

 このアマ、沙羅がいるというのになんということを言うのだ。

  

「いたぁいい!! お母さんにもアイアンクローされたことないのにぃ!!」

 

 情けない声を出しながらじたばたするが、我は抑えつけた力を緩めることはない。

 サキュバスという種族は、からだ全てで近付いた相手の身も心も籠絡ろうらくしようとするから、必要以上に近付けないのが正解だ。

 今もでかい乳をゆっさゆっさと揺らして、ほれほれおっぱいですよ、男性は好きですよねおっぱいと言わんばかりのそれを、我に見せつけているのがその証拠と言える。

 それとリンクするように、尻も尻に生えている尻尾も、うねうねといやらしく動いている。

 

 この尻尾にも確か、催淫さいいん作用があるとフェリナ族の長ブルクシュに聞いたことがあるな。どうやって使うのかは知らんが……。振り子催眠的なあれだろうか。それとも別の何かだろうか。

 サキュバス、インキュバスは夢のような存在であるとともに、想い人のいる者にとっては悪夢のような存在でもある。

 惑わされたくなくても落ちてしまうのだから。

 あと単純に、こいつとべたべたしているところを、沙羅に見られたくない。

 この鉄壁の意思が沙羅に伝わっていればいいのだが……。

 

 ちらりと沙羅を見ると、カーネルサンダース人形が沈んでいた道頓堀川のヘドロを見るような眼で、我を見ていた。


 ……伝わってはいなさそうだ。


 さっきの、あんなことやこんなこととかいうメリナの妄言もうげんが尾を引いていそうだな。


「魔王様を殺そうだなんてそんな大それたこと、考えたこともないですよぉ!! それに強大無比な魔力を持つ魔王様に一魔族がかなう訳……。あれ? でも魔王様、魔力アグマはどうされたんですか?」

「!!」

 

 ぎくりと体を強張らせてしまった。

 

「んん……?」

 

 首を傾げて人差し指を顎に当てるメリナ。敵かもしれないこの女に、我が魔力アグマを持っていないと言うことを、知られるのは避けたい。

 しかし大抵の魔族は魔力アグマを感じ取れてしまう。それを見て、好戦的でない者たちは、強い勇者や冒険者を避けるようになるのだ。

  

「……あ、分かった! 確か魔力アグマを感じ取れないようにする方法があると、母から聞いたことがあります!! それですよね!?」

 

 正解でしょ! と言わんばかりの期待した瞳に、我は頭の力を緩めて手を離してやる。

 こいつが、度を越えたあほで、かつ思い込みの激しい魔族で助かった。

 

「……そ、そういうことだ」

「流石です、魔王様! さすまお!!」

「略すな」

 

 なんださすまおって。

 

「そんな方法があるの? サラちゃん? 気を消す的な?」

 

 この中で唯一魔力アグマというもの自体を知らないのであろう叶が、沙羅にそう尋ねている。


 沙羅はためらいがちに

「はい、まあ……。私はそうしていますね。こちらの世界でいつ、敵か味方か分からない何かに会っても、色々とばれないようにと。私達の世界から来た誰かに会うのは、このメリナというサキュバスが初めてです」

 と、答えた。


「メリナ、貴方の目的はなに? どうしてここにいるの? 本当に真央を狙ったのは貴方じゃないの?」

「目的なんてないってば! 今までこの世界で24年間、人間として生きてきたのよ? 魔法を使わなきゃこの姿になれないし、教師になってたまたまこの学校に配属されただけで!! あなた達だって、たまたま日本に生まれてこの学校に入っただけでしょう?」

 

 それは、確かに。


「えーとあと……魔王様を狙っていない証明? やってないことの証明をしないといけないの? それって痴漢冤罪えんざいの証明みたいなものじゃない? 難しいこと言わないでよお」 

 

 困り顔で沙羅を見ながら、泣き出しそうなメリナ。

 

「根本的なことが聞きたいんだけど、なんで魔族の私が疑われるのお?」

 

 あっ、そこに気付いてしまったか。


「疑うとしたら勇者だという、由地さんの方を疑うべきなのではないですか、魔王様!?」

「「……」」

 

 ――その魔王が、裏切らないはずの魔族に裏切られたからだ。


 裏切られたから我と沙羅が死んでここにいるのだ。

 でも、それをどうも……、このサキュバスが知らないというのも間違いなさそうなのが分かるのだが……。この不整合をどう正したものか。

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