あっけにとられる我
ああ、くそっ。
思い通りにならないことがこんなにもどかしいとは……。
『真央、女性は褒められると嬉しいんだ。しっかりと女性を褒めるんだぞ』
太一の声が頭の中でこだまする。
全然だめだったぞ、太一……。
褒めるというのは難しいことなのだな。
部下を褒める時などはただ一言「よくやったな」とか言ってやれば、「ありがたき幸せ!!」と顔を
『部下と女性は全然違うぞ、真央』
頭の中の太一が我にツッコミを入れてきた。
「とにかく四六時中とは言わないまでも、ある程度は一緒にいてネ。多分マオ君を守れるのはサラちゃんしかいないだろうから。私も、何か視えたらすぐに教えるし」
「はい、分かっています――」
ガシャーン!!
「!!」
「きゃあっ!?」
「なんっ――!?」
窓から硬球が飛び込み、叶の横を抜けて真っ直ぐこちらに向かって飛んでくる。
もう当たるかと思った瞬間、沙羅が我の顔面の目の前でバシリと掴んだ。
――キュンッ。
……少女マンガみたいな擬音を出しながら跳ねるんじゃない、思い通りにならぬ心臓め。
「手は大丈夫か!?」
「大丈夫だよ。ありがと、真央」
何でもないように微笑む沙羅。
イケメンか!!
かっこよすぎる。
かっこよすぎるだろう、それは!!
今沙羅がやったような流れをさりげなく我ができれば、きっと沙羅も少しは我を意識するはずなのだ。
『大丈夫!? 真央!?』
『沙羅……怪我はなかったか?』
『ええ……真央が守ってくれたから。頼れるのね、真央って』
『ふっ、当たり前だ。我は魔王なのだからな……』
『そうよね。素敵! 抱いて!』
『おいおい、叶が見てるだろう?』
『いいの! 誰に見られたって!! だって真央は私のものだもん!』
――と、このようにならなければ……。
しかし妄想しておいてなんだが、こんな会話の流れには絶対ならないなと分かってしまう。
恐らく我は魔王なのだからなと、言った瞬間にいつものように『しつこい。
それを回避する会話を構築する必要があるだろう。
――リテイク――
『大丈夫!? 真央!?』
『沙羅……怪我はなかったか?』
『ええ……真央が守ってくれたから。頼れるのね、真央って』
『ふっ、当たり前だ。我は最強なのだからな……』
『えっ? ただの人間なのに?』
『おいおい、叶が……ん?』
あれ……?
最強でもだめか……。
それもそうか。最強と魔王は意味としては同様といってもおかしくないもの。魔王であった時ならいざ知らず、本当にただの人間になってしまった今では、その響きは虚しいだけだ。
我がそれを言ってしまっては、元も子もないが。
なぜ沙羅は
我の得意であった
最近流行りと聞いているの転生物の主人公は、チート的な何かを持っているはずなのに……。
同じ様に転生してきた勇者は持っていて、魔王が持っていない道理がなかろう。
この転生を仕組んだ責任者、出てこいやオラッ!!
沙羅はボールを握りしめたまま、窓際へと素早く近付いて行く。
「おい、沙羅……! 危ないぞ!?」
窓に一番近い場所にいた叶を引き寄せて、素早く我の方へと押しやってきたので、我は叶を受け止めてやる。
むにりと我の胃の辺りに、大き目の胸部が当たる。
「ここ三階だよ? 外は暴風雨とはいえ、硬球がこんなスピードで飛んでくるほどの風じゃないし……やっぱり……」
叶が呆然とした表情でそう言う。
それも、魔法を使えば容易いことではあると、我も沙羅も気付いている。
窓は割れて、外の雨が風に乗って中へと入ってくる。
沙羅は外をじっと見ながら、
「トラックよりは可愛いものですけど、狙われたと考えていいでしょうね……」
と、言った。
「何者かの影が見えるか?」
「いえ、見えないわ」
「そうか……」
「きゃあ!! 窓が割れてる!」
「「「!!」」」
窓の方を向いていた我らは、その声に一斉に振り向く。
いつの間に入ってきたのか気づかなかったが、そこに更科が立っていた。
「び、びっくりした」
「びっくりしたのはこっちよ! もう! 由地さん、危ないから窓から離れて。あと掃除道具持ってきて。廊下の向こうの端に掃除箱があるから」
「は、はい」
バタバタと出て行く沙羅と、それを見送る更科だったが、どこを見ているのかわからないような顔をして、ぼんやりとこちらを見ていた。
雷がピシャリと鋭く鳴って、ゴロゴロと空気を震わせた。
「……更科、先生?」
恐る恐るというふうに、叶は名前を呼んだ。
答えない更科。
「ねえその窓……、一体どうしたの?」
「え……、その……」
硬球が飛んできたと、そのまま説明しても、まさかと一蹴されるであろうと思って言い
生唾を飲み込んで、我は立ち竦む。
このただならぬ雰囲気……。
もしかして、更科が我を狙っている者なのか……?
「もしかして、先ほどの人間との
「!?」
そう言って猛スピードで近付いてくるので、我は咄嗟に叶を庇いながらそれを避ける。
「ひゃわああああ!」
割と勢いがあったので、避けるとつんのめって勢いそのままに床にごろごろと無様に転がって、窓の近くの壁にぶつかる。
穴の開いた窓の下に転がったので、雨に降られてびしょびしょになっていく担任。というかその辺りガラスが散乱しているのだが、大丈夫なのか……?
この動きからすると、今まで姿を見せなかった、周到なはずの我を狙う者とはなんだか根本的に違う気がしなくもないが……。
いや、演技かも知れない。
先ほどまでだって、ただの教師のふりをしていた。
「いたいし冷たい! なんで避けるんですかぁ!」
更科は怒る。
「俺はお前と今日初めて会ったのだぞ!! なぜ俺を魔王だと知っている!」
「やっぱり私の勘は間違ってなかった……!! この世界で生まれて24年。確信が持てなかったので言えなかったのですが、あまりにも……あまりにも魔王様とそっくりなお顔立ちだったので、もしかしてとは思っていたのです。私、サキュバスのメリナです!!」
「……は?」
勘?
「あっ、でもよく考えたらこの姿じゃ分からないのも当然ですね。『
モクモクと煙が更科の周りに立ち込める。
こともなげに魔法を使った……。叶もいるのに。
えっ、ほんとになんで我だけ魔法使えないの?
しかし、我の事を知っているということは……前の世界の魔族であるということは間違いなさそうだ。
しかし、サキュバス……? メリナ??
名前を聞いても全く思い出せん。
それに勇者は、女の魔物たちはみな我を裏切ったと言っていた。
勇者の言葉を信じるなら、こいつが我を殺そうとしている者である確率は高い。
煙が晴れて、目の前には確かに更科とは違う姿のサキュバスが立っていた。
体のプロポーションはほぼ変わっていないが、髪の色は薄く白に近いピンク色で、瞳の色は
確かに、この種族のサキュバスは、我の城の近くの街に存在していたし、城に出入りもしていた。
「思い出していただけましたか!?」
眼をキラキラと輝かせながらそう尋ねてくるが……。
「知らん……」
「ええ……?」
哀しげな顔でこちらを見るメリナ。
だが、似たような顔立ちの者を、知っているような……?
「酷いです、魔王様~!!」
「そう言われても……、知らんものは知らん」
「うっうっ……」
ぼろぼろと泣き出す。
ドアが、ガタンと大きく揺れて開く。
「真央!! 何があったの!? 無事なの!?」
メリナがぶつかる音で、何かあったのかと気づいた沙羅が、叫びながら入ってくる。
泣いているサキュバスに、驚きで目を丸くしながら、沙羅は言った。
「フェリナ族のサキュバス!?」
「なっ、なんで……っく、由地さんなんで、私の種族を知ってるのお……?」
ああ、そうだ。この姿はフェリナ族という種族だった。
「ん? 沙羅が勇者だと知らないのか、お前」
「えっ? 勇者? 由地さんが?」
「この人には私、初めて会うわよ」
「えっ?」
「「「???」」」」
噛み合わない何かに、色々と事情を聴く説明があると、この場にいる全員が感じていた。
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