思い知らされる我
「うーん、じゃあ行くの断るわぁ。こう見えて私、結構断るの得意なのよ☆」
「はい、もしなにか言われたら、私に言って下さいネ」
虚ろな目で元気のなくなった叶。
登山部顧問という過酷な環境への異動の代償と引き換えに、何も得られないどころか生徒の信頼分
少し不憫ではある。
「それじゃ、そろそろ私は行くわね☆ 学校を壊したりしないように! あと、戸締りはしっかりとね☆」
そう言って、更科は部室から去っていった。
二大嵐が去った後、少し部屋が物悲しく感じた。
不思議なものだ。
「さて、今日我を呼びだしたのは、我の死と世界の滅亡についての話があるからだったな?」
「うん、そうだよ」
叶は、もう一つお茶を淹れて、沙羅の前にそっと置いた。
「サラちゃんは、マオ君にどこまで話したの?」
「11月22日までに真央が死ぬと、世界が滅びるということと、どうやら命を狙われているということ位ですかね」
「なるほど」
一呼吸置いて、叶は眼鏡をすっと外した。
美しい瞳が、我を射抜くように刺す。
しっかりと見たことはなかったが、叶の瞳は色素の薄そうな不思議な色をしていた。黄色のような茶色のような、曖昧に揺れ動くそれ。
「マオ君、私には千里眼がある――」
そう叶が切りだして話し始めたのは、にわかには信じがたいことだった。
叶も沙羅も我に
そして、薄々感付いてはいたが、沙羅は前の世界から力や身体能力だけでなく
沙羅が我との仮の恋人関係を継続させるのは、仲の悪い二人にしか見えない関係(言葉にされると悲しい気持ちになる)にフィルターを掛けて、一緒にいてもおかしくないようにする為。
最終的には、11月22日のリミットまで我を守りきれれば、沙羅は我との恋人関係を解消するということ……。これが一番ショックだった。
……なるほど、我は命を狙われながらそれを掻い潜り、沙羅を振り向かせるという、とてつもなくハードルの高いことをこなさねばならないということか。
「叶先輩、確かに先輩の予言の一つは、外れました」
「うん、そうだろうネ」
「予言だと……? 沙羅に余計な事を吹き込んだのはお前だったんだな?」
我は予言を信じない。だが沙羅は信じている。
全く面倒なことだ。
「マオ君に死なれたら困るんだから、サラちゃんに守ってもらわなきゃいけなかったんだよ。仕方ないでしょ?」
「しかし……!」
「でも、結果的に、マオ君の今日の死は回避されたよネ」
「……それは、そうだが……」
「今日の朝、私達の乗る電車は人身事故で遅れるはずだった。それは外れたけど……雨が降り出した時間は当たってた」
雨が降り出した時間?
叶の予言の二つ目は、それだったと言うのか。
「昨日沙羅ちゃんにも言ったんだけど、意識が絡む予言はネ、ちょっとしたことで外れるんだよ。だから沙羅ちゃんに朝マオ君を迎えに行くようにお願いした。トラックが突っ込んでくることは視えてなかったから、結果的には正解だったネ。もうちょっと私の未来視の精度が高ければいいんだけど……、視えないものは仕方ないから、物理的に守ってもらうしかないよネ」
「その言い方だと、
「うん。今眼鏡を外して視たけど、変わってないネ。マオ君が死ぬと、大きな黒い玉がそこかしこに生まれてくる」
「黒い玉……?」
「サラちゃんには話したんだけど、11月22日、私が見ている風景はこう」
大きな黒い球から、どうやら我らの元いた世界の生物たちが出てくる。彼らはなにかから逃げている様子で、みな一様に恐怖の顔を浮かべている。
「我らの世界の魔物が?」
「魔物だけじゃないよ、人間や動物もだよ。マオ君とサラちゃんがいた世界の生き物」
「ふむ……」
「なんていうのかなあ……? 表現的には大魔法って言うのが正しいのかな? それが玉から放たれて、世界中にいる人間や魔物を残さず殺していく。その魔法のせいで魔物たちも人間たちも他の生物たちも、みんな死んじゃうんだよネ」
「つまり……、我が死ぬとこの世界だけではなく我らの存在していた世界の者たちも死ぬと?」
「そうとしか思えないネ」
なるほど。
「それでは、意味がないな」
「……意味がないって?」
「我が死んで元いた世界とこの世界が繋がり、こちらに来た魔物が世界を制するなら、我は死ぬことを
「させるわけないでしょ。魔物による支配なんて」
沙羅が強く吐き捨てるように言葉を放つ。
そうか、勇者である沙羅なら我の野望を止められてしまうか。
「まあ、我の配下であった者たちも死ぬというのなら、我の死に意味はなくなってしまうからな」
仕方ないが、そういうことであれば自死は諦めよう。
我が求めるのは魔物による世界の征服であり、魔物たちが死ぬのを望んでいるわけではない。
「しかし、一つ訊きたいが沙羅よ。我が死んで世界が繋がるとすれば、あちらの世界の家族や親しい者たちに
「なってくるわけないでしょ」
「なぜだ?」
我がもし、沙羅が死んだら元の世界の住人達を呼べると聞いたら……、沙羅を殺していただろう。
――この沙羅への気持ちに気付くまでなら。
今ならきっと、沙羅を殺せない。
なんという難儀な気持ちだ。魔族至上主義であった我が、魔族とただ一人の人間を天秤に掛け、あまつさえ魔族を
――いや、だが待てよ。もしかして、沙羅も……?
「あんたは確かにロクでもない奴だけど、今のあんたは魔王でもない上に、世界征服だって
おうふ……。
少しでも、我の事を好きだからかもしれないと、思った我がバカだった……。
沙羅は、この生まれ変わった世界の平和の為に我が邪魔なら、殺す気満々だった。
ん? ……あれ――?
いや、まず何をすれば沙羅は我を好きになるのだろうか。そこから分からないことに、今更気づいてしまったぞ。
「優しいのだな、沙羅は」
「それは皮肉? 偽善者だって言いたいの?」
「いや、そうではないのだが……」
本心を皮肉と捕らえられてしまうようでは、我が考えているより先は長いかもしれない。
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