第五章
沙羅の過去を聞く我 1
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
てっきり帰ったと思っていた沙羅が、我の部屋をノックして入ってくる。足元には、シュヴァリエッタが一緒だ。
本当に、お前は沙羅が好きだな。
我は多少テンパりはしたが、部屋の中へと招き入れてやった。
「まだ、帰らないのか?」
「美幸おばさんが、ご飯一緒に食べて帰りなさいって」
「そ、そうか……」
沙羅は、無言で元々座っていた場所に腰を下ろして、シュヴァリエッタを撫でていた。
チクタクと秒針が五月蠅い。
時計の針が気になるのなんて、沙羅といる時くらいだ。それだけ、神経が過敏になっているということだろうか。
こんなことなら、気の利いた話ができるように会話術の本でも読んでおくのだった……と、後悔してももう遅いか。
沙羅とて、我が気の利いた会話ができるなどとは思っていないだろうし……。
いや、待てよ。そういえば人との会話は5w1hが基本だと、何かできいたことがあるな……?
who(だれが)、when(いつ)、where(どこで)what(何、どんな)why(なぜ、どうして)how(どうやって)……だったか。
「沙羅は、生まれ変わる前どんなふうに育ったのだ?」
「……なんで、今それを訊くの?」
「えっ」
少し、怒ったような声で沙羅が返す。
えっ、なんでと言われても……、なにか会話をしようと思って……。
沙羅は目線も合わせない。
こんな震えるような、拒絶するような小さな背中の沙羅を見たことはない。
沙羅はいつも自信満々で、自分こそが正道だと言わんばかりの光に溢れているのに。
「どうしたのだ? 何をそんなに……」
――不安がっているのだ?
「真央、あんたは……魔王よね?」
「そうだ、我は魔王だ」
唐突な質問に、きっぱりと、言い切る。
「そして、私は……勇者」
「ああ」
「……」
また、押し黙ってしまう沙羅。
こんな展開、前にもあった気がする。
まあ、訊くまでもなく我を守るという大きな使命を抱え込んでいるのは間違いないが。それはどうやら片付きそうだと我は思っているから、そんなに悩むこともないと思うのだが……。
「でも、この国じゃ私達……、魔王でも勇者でもない……はずだよね?」
「……えっ!? い、いや、そんなことはない……と思うが」
「……そう」
それを認めるわけにはいかない我。
そうだと答えてしまったら、沙羅との特別な絆がなくなってしまう気がする。
「真央……、私が生まれ変わる前どんな風に育ったかって訊いたよね?」
「ああ……」
「どうして、そんなことを知りたいの? 知らない方が良かったと、思うかもしれないのに」
答えてくれるのかと思ったら、どうしてときたか。
単純に、沙羅のことをもっと知りたいからなんだが……。
まあ、そんなことは口に出せないが。
「ふむ……。今、知りたいと思ったからだけで何か問題があるのか? 後悔は、前世も含めれば数えきれないほどした。生きていれば一つも後悔のないことなどありえないだろうしな」
例えば、地下でかくれんぼをして、メリナがいなくなってしまったこと。
例えば、自分の兄弟たちを、殺さずに済んだのではないかということ。
例えば、父や母の期待に応えられず、勇者と死んだこと。
例えば、沙羅をいつも怒らせてしまうこと。……これは何度後悔してもなぜかうまくいかない。
「ふっ、思い出せば後悔だらけだ。だが、後悔するかもしれないと恐れて進まないよりは、前に進んで後悔してしまった方が、進んだ分だけその後悔を繰り返さずに済むかもしれないではないか? 別の方向に進んだとしても、またそこを通るかもしれない」
「魔王なのに、勇者みたいなこと言うのね。それがもし取り返しのつかないことでも?」
そこまで言われると、空恐ろしくなってくるな。
「沙羅の過去を聞くことが、そこまで後悔を呼びそうなら、訊かないという選択もあるだろうが……」
「え……? ああ、ごめん……。私……色々混ざって、頭の中がぐちゃぐちゃになってた」
沙羅は、髪の毛をサラリと掬って耳に掛ける。
伏せていた顔を上げて、我を真っ直ぐに見据えた。
「由梨さんに……あんたのことを聞いて、気付いたの。真央、もしかして真央は私の村を襲った時の魔王とは違うんじゃないかって。それに、私達は二人とも人間として生まれ変わった。もう魔王と勇者だなんて対立する必要性がないんじゃないかとも……。それが混ざって……、今まで真央にきつく当たってきたことを、少し後悔し始めてるのよ」
あっ、他の奴らよりも我に強く当たられている気がしていたのは、やはり我の勘違いではなかったのか。
しかし、我が魔王で沙羅が勇者でなければ、恐らく出会えなかったわけで。
魔王であるということは、我を我足らしめる為に必要不可欠な要素だ。切り離してしまえば、我そのものの崩壊にも繋がりかねない。
今と、過去。
どちらかだけでは、今のように沙羅といられなかった。
「それはつまり、我が魔王でなければ、他の
「有象無象って……。言い方が気になるけど、まあ……そうね」
「我が、お前にとって特別でなくなるということだろう?」
「特別と言っても、他の人よりも辛く当たっているのよ? そんな特別でもあんたは満足なの?」
それがないと沙羅とも出会えず、こんな風に接することもなかったと思うと、対立とは……興味の先端にあるのではないか……?
「満足はしていない。だが、我が有象無象に紛れてしまっては、沙羅は我に惚れることなど、絶対にないではないか?」
これまで、沙羅に浮いた話が一つもなかったことからも、それは絶対に間違いない。
どのような方向でもいい。敵意でも、悪意でも。好意でなくていいのだ、今は。
沙羅に我を意識させ続けなければ、万に一つも、沙羅を惚れさせられる可能性がなくなってしまう。それは、避けねば。
「物は言いようね……。時々、真央のその根拠のない自信が羨ましくなるわ」
「おっ、惚れそうか?」
「……バカね」
やっと、沙羅の口の端が少し持ち上がった。
「誰がバカだ」
「真央と話してると、悩むのがバカらしい気持ちにさせられるわ。ありがと」
何の礼だ?
キョトンとしていると、沙羅はクスリと笑って話し始めた。
「私が生まれたのは、ケレス村。スミレに似た白い花、ルスルが名産の、花に囲まれた美しい村だった」
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