沙羅の過去を聞く我 2
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
勇者が生まれたコト村は、辺境にあった。
大きな都市からは離れた、深い深い森の中に、ひっそりと。
外交を絶っていたわけではないが、人の行き来は少なく、よほどのことがない限りは村に人が来ることはなかった。
村で生まれた子供たちは大切に育てられ、村全体が一つの家族のように暖かく厳しく、愛おしんだ。
その村で育ち、結婚をして、骨を埋める。
都会に憧れないわけではなかったが、村人たちはほとんどがそうして生きていくことを選んでいた。
その日は、ルスルの花と踊りを神様に捧げ、豊穣を願う特別な祭りの日。
ルスルを神に捧げる役目は、毎年その村の子どもから選ばれ、その時七歳であった勇者は、
一応は、大変に名誉なことであるとされてはいるものの、村に子どもが少ない昨今では、村の子供たちは一度はそのお役目を果たすことになる。
捧げ人のお役目は、祭りの一週間前から始まる。
神の御前に立つ一週間前から、村から少し離れた場所にある神の祠周辺で過ごす。
祠の傍に流れる川で体を清めて、祠の傍にぽっかりと開いた
小さな子供には過酷な試練ではあるが、村の豊穣の為にと淋しさに耐えながらそれをやり遂げるのが通例だった。
勇者がその洞穴に
七日目には洞穴に迎えの両親たちがやってきて、勇者は捧げ人の衣装に着替え、皆の待つ満開のルスルの花畑へと移動する。捧げる為の花を村長から受け取り、神の祠に皆で移動して、踊りと共にルスルを捧げてお役目は終わりだ。
「トン、トン、トトトン。トン、トン、トトトン。トトトン、トトトン」
軽やかにステップを踏みながら、勇者はヒラヒラと舞う。
動く度に金色の短い癖っ毛が勇者の顔を擽るが、それを気にもせず一生懸命に舞をおさらいする。
その舞は蝶をイメージしたもので、明日着用する予定の捧げ人の服も、ソシロチョウと呼ばれる白い蝶に似せた模様が施されている。
「トン、トン、トトン。トン、トン、トン」
口から洩れ出る拍子に合わせ、クルリとターンして着地。両腕を伸ばして、天を仰ぐ。
ちょうど、その舞を通して踊り終えた時に、勇者は異変に気付いた。
焦げ臭い、異臭がどこからかする。
洞窟から出ることは特に止められてないので、外へと出る。光円は空の真上、その光円へと向かう様に、村の方から
(なに、あれ?)
勇者は不思議に思ったが、
不安はあったが、勇者はその役目を全うすべく、村には近付かず洞窟の中へとまた戻った。
夕方になり、いつもなら気付けば届いているはずの夕飯はどこにもなく、村人と鉢合わせないようにと気を付けながら何度も外に出てみたが、結局その夜には届かなかった。
祭の前日の夕方は夕飯が抜かれるという説明されていない勇者は不安がる。
(私が知らないだけで、本当は前日の夕ごはんは抜きだったのかもしれない……)
勇者はそう思いながら、空腹に目を瞑り、明日を待った。
次の日の朝にはきっと両親が迎えに来る。
美しい衣装を着た自分が、村人みなに祝福されながら舞を踊る姿を、思い浮かべながら。
しかし勇者のその想像は外れ、両親は朝に川での沐浴を終えた彼女の待つ洞窟に、現れることはなかった。
昼に差し掛かり、本来ならもう祭は終わっている時間になっても。
捧げ人は、先導者がいなければそこから離れることを許されてはいないが、流石にもう勇者はその異常な事態に気付いてしまった。
彼女はしきたりを破り村へと駆ける。その細い足で、懸命に。
村に近付くほどに濃くなるその異常な臭いは、彼女の不安をどんどん大きくする。彼女がその足を、止めてしまいそうになるほどの……、
「はっ、はっ……」
七つの少女が想像する中でも、最悪の事態が村には広がっていた。
村人は殺されて、祭のために美しく咲き乱れているはずのルスルの花は踏み荒らされ、その力を失い散っていた。
ルスルの花びらが風に煽られて震える。
村人の血で染まっている己を、哀しむ様に。
神への捧げものになれなかった己を、呪う様に。
いくつも建っていた家も燃やされて、その
いくつもの二足歩行の獣の蹄の跡。大きな爬虫類のような足跡。魔法の痕跡。村人では到底振るえなさそうな大剣や爪でついたであろう大きな切り口は、家と人と大地を
モンスターに村が襲われたのだということは、容易に察しがついた。
勇者は自分の両親がいるはずの家へと向かう。
この絶望の中で、七つの彼女が向かえる場所など一つしか残っていない。
道中に、勇者をその目に映しても、声の一つも掛けてはくれない村人たちの
あまり入っていない胃の中の物を吐きだしそうになりながら、フラフラと移動する。
「おとう、さん……」
父は、家の扉の横で切られて死んでいた。勇者が帰る為の家を、母を、守るように。傍に落ちている剣は折れて、散らばっている。
その先の扉は、開いて燃えてしまっていた。
家の中に、母の亡骸であろうと思われる燃えかけの
彼女に非情な現実を突きつける様に、焦げた匂いが彼女を包んだ。
「おか……さん……」
その呼び掛けに答えない母親を見つめながら近付いた少女は、ふと、あることに気付く。
(お役目の、服……)
彼女は、随分と軽くなってしまった母の亡骸を抱きかかえて、その場所から少しだけずらす。
床下に続く扉が顔をのぞかせ、彼女は
果たして、勇者が着る予定だった服は美しい姿のまま、その床下に残っていた。
村の中、来た道を彼女は駆け抜けて、一週間過ごした洞窟へと戻った。
汚れてしまったからだを沐浴で清めて、箱に入っているお役目の服や化粧道具一式を手に取る。
可愛らしいルスルの造花の髪飾り、唇には紅を差して、その服を一人で着る。
本当なら、母がしてくれるはずだった着付け。
ところどころ不恰好ではあるが、そんなことは気にもせず、彼女はまた村へと戻り、血で汚れたり踏まれたりしていないルスルを一束選んで手に握った。
彼女の気持ちを読んだように、空はその風景をゆっくりと哀しい色に変えて、重苦しい雲がのっそりと
(雨が降る前に、お役目を終えてしまわなくちゃ)
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