部室にいる魔王様は気付かない 1
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
沙羅は、C棟一階の階段脇に連れて行かれ、凜乃に逃げ道を塞がれていた。
正面に窓はなく、ちょうど外から死角になる奥まった場所に追いやられて、正面に立つ凜乃は怒りを滲ませている。
真央が、教室で『こいつはなんでこんなに我の事を嫌っているのだ?』と、言わんばかりの不思議そうな顔をしていたが、沙羅も同様に不思議だった。
この初めて会うはずの少女が、なぜ真央をあんなに敵視するのか。
どうして自分にこんなに執着するのか。
真央の敵だから――?
「ねえ、さららん……。本当に、本当に! あの甲斐田とかいうネクラそうな目つきの悪い、中二病引き摺ってる男と付き合ってるの?」
「えっ? う、うん……」
その返事を聞いて、一層殺気を
――どうする? 逃げる? 倒す?
敵なら倒してしまえばいいかもしれないが、分からないうちに不用意に動くのは避けたい。真央を誕生日まで守り切った後、また元の生活に戻るには、力も魔力もない普通の人間です、というポーズは崩せない。
凜乃からは別に
普通の人間なのだ。どう探って見ても。
だが、叶の例もある――。
彼女にだって
(でももし真央を狙ってるのだとしたら、なんで真央じゃなくて私を……?)
頭は混乱しているが、いざという時は力を解放して逃げなければ……。
沙羅は、ぐっと足に力を入れて準備だけは怠らず話を聞いていた。
そして、とうとう凜乃はその固く閉じた口を開いた――。
「やだ! 甲斐田なんかと付き合っちゃやだああ!! そんなの美しくなぁい! すぐに別れて!! 物語は美しくなきゃだめぇええ!!」
「!!!???」
いきなり叫びながらわんわん泣き出す凜乃。髪の毛を揺らして、ぎゅっと沙羅に抱き着いてくる。
沙羅はびっくりして目を見開いた。頭一つ分ほど沙羅より背の小さな凜乃は、沙羅の胸に顔を埋めて泣き続ける。
(えっ、物語……?? 美しくない?? どういうこと??)
凜乃の言っている事がよく分からない。
どうやって慰めたらいいのか分からない沙羅は、おろおろしながら無言でハンカチを差し出す。
今までいろんな人間と広く付き合ってきたつもりではいたが、ここまで直情的で、意味の分からない人間に出会ったのは初めてだった。しかしとりあえず、敵ではないようでほっとする。
「うっ、うっ……。さららんには、もっと……相応しい人間がいるよぉ……。なんであの甲斐田なのぉ?」
「ええ……?」
どういう意味か測りかねて、沙羅は二の句を継げないでいた。
真央を敵視していたのは、美しくないからが理由……?
しかしそれは、凜乃には全く関係のない話だと思うが……。
凜乃は泣きながら、すんすんを鼻を鳴らして体から離れ、沙羅のハンカチを受け取った。
「……ねえさららん。私、さららんが入学式の新入生代表挨拶で壇上に上がった時、なんて綺麗な女の子だろうって思ったの。まるで、物語の主人公みたいって。ああ、この女の子はきっと相応しい相手といろいろな恋の花を咲かせながら、時に笑い時に泣いて、素敵な相手と結婚をして、幸せになるんだわ。少女漫画の主人公みたいに……って」
「……」
ちょっと想像力が逞し過ぎる押し付けではないかと言いたかったが、沙羅はぐっと堪えた。
「その時にドキドキしながら見ていたさららんが、私の後ろの席だったのよ!! こんなことってある!? モブだと思っていた私が、物語の特等席に当たるなんて!! こんなの、私の為に用意されたとしか思えない! 神いたこれ!! って思ったのよ」
ぽかんとするしかない沙羅。
「なのに……なのに、なのに、なのに!! あんなひょろっとした、別にかっこよくもない身長だけの男と付き合ってるですって!!? そんなの誰が認めても私が認めない!! あの男はさららんには相応しくない!! 人には、その人間の立ち位置というのがあるのよ! あいつの立ち位置はカーストの下の方で、カーストの頂点のさららんの横に立つべき男じゃない!!」
「!?」
泣いていたと思ったらいきなり怒り出した。
怒ったり泣いたり怒ったり……、感情の起伏が激しすぎてついていくのがやっとだ。
「あんな男と付き合うなら、別れて私と付き合ってよ! その方がまだマシ! 物語は美しくなきゃだめ!!」
「……ええ?」
告白なんだか違うんだかよく分からない。
目を白黒させながら、沙羅は尋ねる。
「り、凜乃は……、私のことが、その……好きなの?」
「好きよ! 初めて見た時から。入学式で壇上に上がったあの瞬間から!!」
一目
「さららんにもっと相応しい相手が出てくれば、当然その席はその相応しい相手に譲るわ!! でも、奴はだめ。だって美しくないもの」
「????」
性別が……と言おうとしたが、どうやら凜乃の中ではそれは関係のないことだと、なんとなく察する。
なにかがうまく噛み合わない気がしていた。
普通は、好きな人は他の人に取られたくないと思うものではないだろうか?
それなら恋愛経験0の沙羅でも分かる。
好きな相手の愛情が欲しいというシンプルな話だから。
しかし、自分の方がマシで、他にいい人がいたら譲るとは……。
告白はされていても、誰とも付き合ったことのない沙羅には理解できない感情だった。
例えばもし仮に自分が真央のことを好きだったとして、自分より真央に似合いそうな人が出てきたら……。
この男と付き合っても、ろくなことになりませんよ、とその相手に言ってしまいそうな自分がいる。
真央を好きな人がいて、そして真央もその人のことが好きなら、そんな小姑のようなことを、ただの幼馴染(とは、少し違うが)である沙羅が言う必要はどこにも
ない。……筈なのに。
いや、違う。これは純粋にあいつが何かをやらかすのが目に見えていて、その相手の女の子が傷つくのが分かっているから、その忠告をしているだけで。
だから、違う。
違う……? 何が?
――よく分からないイライラが込み上げてきた。
しかしその小さな小さな芽生えたばかりの違和感を、深く考える時間を凜乃は与えてはくれない。
「さららんのことは好きよ。好きだからこそ、さららんには間違いのない道……。王道を走らせたいの!! 私は物語の主人公になりたいわけじゃない、プロデュースしたいのよ! あの男との交際は、邪道としか言いようがないわ!! そんなの私は許さない!!」
凜乃と付き合うのは邪道ではないのか? 少なくとも王道とは言えないはず……。
沙羅が混乱するのも仕方のないほど、凜乃の考え方は上級者寄りの変質的なもの。
恋愛初心者の沙羅が理解できないのも、仕方のないことだった。
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