部室にいる魔王様は気付かない 2
「だから、お願いよさららん!! あいつとは別れて!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて凜乃」
「落ち着いてるし冷静よ!!」
それは、絶対に嘘だ。
落ち着いて冷静な人間が、沙羅を見ているようで見ていないような、
でも、彼女の真央への敵視は、自分への恋情から来るものだったのだとようやく理解した。とはいっても、ぼんやりとしか理解できてはいないだろうが。
「きっとあの男にあなたは弱みでも握られて付き合ってるのよね? だってそうじゃなきゃおかしいもの。おかしすぎて
「そん……な、こと……は……」
ある。
なぜ、ばれたのか分からないが。
押し黙る沙羅の様子を見て、更に怒りの炎を燃え上がらせる凜乃。
「やっぱりいいいいい!! カースト最底辺のくそゴミ虫野郎がぁ!! 私のさららんに! 私のぉ! やつのち〇ぽぶった切って、豚の餌にして、残りの部分はゴミ処理場にぶち込んでやらあああああ!!」
その疑惑が確信に変わり、凜乃は汚い言葉で怒りを爆発させた。
般若のような顔で毛を逆立てて、そう叫ぶ凜乃。
沙羅は私は凜乃のものではないと言おうとしたが、余りの恐ろしさに声が出ない。
キャラが変わるどころの騒ぎではない。
凜乃は、くるりと踵を返したかと思うと、横の階段を猛然と二段飛ばしで昇って行く。
「待ってて、さららん! あいつ、私が殺してあげるから♪ そしたらもう、あのゴミ虫に縛られなくて済むよね?」
「凜乃ちゃん…! 待って!!」
その階段を上った先にあるのは、国語文芸部の部室。
彼女は今真央がどこにいるのか知っている。
沙羅は必死で追いかけるが、セーブしたスピードでは追いつけない。
――くっ、
(凜乃ちゃんは、多分朝に真央を狙った誰かじゃない……! なのに一体何がどうなって、こうなっちゃったの……?)
『恋情』に、他人には理解不能な行動力、普段出ない力を促す何かがあるということを、彼女はまだ知らなかった。
彼女は、家族や国、世界を守るという『愛情』を知ってはいても、それよりも
道理から外れても、他人から何を言われても、どうしようもない強すぎる想い。
沙羅にとっては不可解で不可思議な、正とも負ともつかない感情。
それを知っていればあるいは、真央の行動からその気持ちもほんの少しは理解できていたのかもしれない。
追いついた時にはもう、国語文芸部の中に凜乃は入ってしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部室に着くなり、電気ケトルでお湯を沸かして、叶はお茶の用意を始めた。
出されたほうじ茶は香ばしく暖かで、まだ少し肌寒い今の季節に、ぴったりだった。
だが、我は猫舌なので、少し冷めるのを待つ。
沙羅から借りたタオルで体を拭いたとはいえ、朝の出来事で体を冷やしたのは間違いない。
「サラちゃんが来るまでは、のんびりしてよっか。いくつかマオ君に話があるけど、サラちゃんがいた方がスムーズだと思うし」
「……今朝、俺達のいた場所に、トラックが突っ込んできた。それと関係のある話か?」
「うん、あ――」
「ゴミ虫ぃいいいいいい!!」
「!?」
我らがカギを掛けられて出られなかったドアを豪快に蹴破って、その魔物は肩で息をしながら入ってきた。
「いたぁ……。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
にたりと笑って、我に近付いてくる魔物――いや凜乃。
「えっ、なになに!?」
叶はなにかが起こることを察知したのか、お茶を引き上げて部室の奥の隅っこに退避している。
「ご……ゴミ虫とは、俺のことか?」
「あんた以外の誰がいるっていうのよぉお? 殺す」
こほぉぉおおと息を吐いて、据わった眼でそう言う凜乃。
「マオ君、下がってくるんじゃない!!」
少しずつ叶に近付いているので、気が気ではないのだろう。
しかしそんなことを言われても――。
「凜乃ちゃんっ!」
その時、凜乃を追いかけてきたのであろう沙羅が、荒く息を弾ませながら部室に入ってくる。
「ちょっと、そこで待っててねぇ、さららん? すぐ
ちらりと振り返り、殺気と言うよりは殺意がだだ漏れの声で、凜乃はそうねっとりと言った。
「~~~~~~~~~!!」
沙羅は駆け出して、腕を広げて凜乃と我の間に入る。腕を広げ、我を庇うように。
「さららんどいて、そいつ殺せない」
……はてどこかで聞いたことのあるような……?
いや、今はそれどころではない。
「ダメ。ダメだから……、凜乃ちゃん……止まって」
「じゃあ、さららん、そいつと別れてくれる?」
「……」
「――やっぱり殺すしかない。そいつがいるからさららんが……。……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
呪詛の様にただその言葉だけを繰り返す凜乃。
なるほど、別れるか死ぬかか……。
この狂気にまみれた女は、沙羅を置き去りにして駆け上がり、我を殺しにこの部屋に来ていたらしかった。
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