我を狙う者が分かってしまったかもしれない我

 我は少ししょんぼりしながらトボトボと帰る。

 ああ、風が泣いている。

 我を護衛しているはずの三人は、何もなかったかのように笑いながら話をしている。


 駅までの道のりの途中で、何かに気付いた叶が、速足で同じ学校の制服を着た赤っぽい髪色のロングヘアの女に近付いていく。

 電信柱の影で、ひっそりと立っていた女。

 女は、こちらを見ていませんよという顔をしていながら、叶から逃げる様に速足で歩いて行く。


「ユリちゃんだよネ? 何で逃げるの?」

「!! あ、か、叶……ちゃん。いたんだ……?」

 

 名前を呼ばれて、あからさまに飛び上がるその女。いや、叶が気付いていたことに気付いていただろうお前。

 おどおどしながらその女はこちらを振り返った。制服のリボンの色からして叶と同じ二年生。

 長い前髪をしきりに弄りっていてよく顔の見えないその女を、我は凝視する。


「ん、んん……?」

 

 我から目線を外し、斜め下を見ながら目を背けるので、我は執拗にその女の顔を追いかけてやる。


「おい、こっちを向け、女」

「……」


 だが女は、絶対に我と顔を合わせないという意思を貫くように、前髪を弄りながら顔を背け続ける。


「仮にも先輩に、こっちを向け女って、ちょっと不躾すぎるよ……」

 

 瞬が我を嗜めるが、そんなことを気にしていられない。

 顔を隠そうとするその腕を握り締めて、顔の前から退ける。


「ちょっと、真央!」

「!! はわ、はわわぁ……!!」


 やっぱりというか、なんというか……。

 大きな丸い目が、ぱちぱちと忙しなく瞬きしながら我を見上げる。しかしまたすぐにはっとなって顔を背けようとする。 


「お前、ユーニエか!?」

「「!!」」

「やだなあマオ君、この子はユリちゃんだよ?」

 

 叶はそう言ってからしばし間をおいて、「あっ」と声を上げる。

 反応が遅いぞ。沙羅と瞬は気付いているのに。

 この状況で、我がもし本人と違う名前を呼んだのだとしたら、それは――。


「えっ……ユリちゃん、もしかして、真央君の過去の関係者なの? 嘘……?」

「なんっ? なんのことぉ? かなぁ? ま、まおくん? の、かかか、過去? 関係者? なに? どうゆうぃみ?」


 目がバタ足クロールで泳いでいる。動揺があからさま過ぎるだろう。

 まあ、ユーニエは……昔から隠し事が苦手だった。しかし、先にメリナに会っていなかったら、多分スルーしていただろうなあ。

 ただのオドオド系娘だと思っていたに違いない。


 それ位、彼女は我の弟妹の中でも、影の薄い妹だったから。いや、ある意味では濃かったが。


「わ、私は瀬田せた由梨ゆりです。ユ、ユーニエさんとかいう人物・団体とは一切関係ありません」

「団体ってなんだ、魔族か?」

「!! 違いますぅ! 魔族とか、王族とか知りませんん!! ひゃなしてくださいぃ~。やだあぁあ~」

「うお、おおおぉおおぉお!? おごぉ!?」


 我の握っている右腕を思いのほか力強く振り回されて、我はあえなく地面に叩きつけられた。

 振り続ける雨で、当然のように濡れている地面に無様に転がる我。


 痛いというより、冷たい!! 

 おい!! まだ入学して二日目なのに制服がびちゃびちゃになってしまったではないか!! なんてことをしてくれるんだ、美幸に絶対怒られる!!

 思わず手を離してしまうと、由梨は走って逃げてしまった。速い。


「大丈夫、真央君!?」


 我は瞬に引っ張り起される。


「ちょっ! ユリちゃん!?」

「おい、沙羅! 追いかけろ!! あいつ絶対俺を狙う奴に繋がってるぞ!!」 

「!! 分かった! でもあのスピード……! 追いつけるか分からないけど……ッ」

「大丈夫だ、お前なら!!」

「うん、大丈夫! 私も沙羅ちゃんなら追い着けると思うよ!!」

 

 叶も我の言葉に太鼓判を押す。沙羅は、鞄を我の傍に置いて、すぐさま追いかけていく。

 由梨は、割と遠くまで行っているが、真っ直ぐ逃げている。なぜ曲がらないのだろうか? 

 我はユーニエに、敵を撒くときはできるだけ左右に曲がれと教えたのだが。

 テンパると周りが見えなくなるあの癖。やっぱりユーニエに違いないな。 

 

 まあ、足は速いが多分大丈夫だ……。

 なにせ彼女は……。


「あっ、転んだ。やっぱりネ。ユリちゃんよく転ぶんだよネ」

 

 ――オドオド系ドジっ娘というやつだから。

 

 沙羅が転んで泣いている由梨を捕まえて、その場で我らを呼んでいるようなので急いで近付いていく。


「ふええええん! あに様のばかぁ!! 痛いよぉ! 冷たいよぉ!」

「勝手に転んでおいて俺のせいにするんじゃない。お前がいきなり走って逃げるからだろうが……」

「ひっく……んっく……」

「とりあえず……帰って着換えた方がいいんじゃない? 真央の家に連れて行きましょう。いいわよね?」

「仕方ないな。一緒に来てもらうぞ、ユーニエ」

「ユーニエはなにも知らないよ、兄様! なにも知らないからね!!」

「知らなくても来てもらう」

「……」


 沙羅が由梨を捕まえたまま、我らは急いで電車に乗り、家へと帰りついた。

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