魔王の間に上がられる我

「ただいま」

「お帰りなさ……あら? あらあら? 大人数ねえ? こんなにお友達が来たの初めてじゃない?」


 ドアの開く音に気付いた美幸は、余りにも大人数で帰ってきた我らにびっくりしていたが、すぐにドロドロの由梨と我に気付く。


「これは、すぐお風呂ね。ここはレディファースト。女の子から入ってもらいましょうか」

「いえ、いいです……あの……」


 おどおどしながら、由梨はやはり帰ろうとする。

 

「だめよ? そんな恰好を見ちゃったら帰せないわよぉ」

「えっ。でも……あっ」

 

 美幸は由梨の腕を引っ張って、強引に脱衣所へと押し込む。

 入学の次の日に制服を汚したことを怒られるかと思ったら、やたら上機嫌の美幸。


「なんでも好きなように使っていいから~。制服は洗っておくね。帰るまでには渇いてるようにするから。着替えは申し訳ないけど、真央のジャージで。まだ一度も使ってないから、大丈夫よね? 真央も、ほらすぐ制服脱いで。あ、みんな真央の部屋に行っておいていいわよ? 後でお茶とか持っていくし」

「突然お邪魔してすみません」

「いいのいいの~。真央がお友達を連れてくることなんてあんまりなかったから、すごく嬉しいわ」


 叶が、美幸に謝る。

 我は脱衣所で固まっている由梨を尻目に、その場で適当な黒いシャツとジャージに着替える。

 由梨はもじもじしながら、我の方をチラチラと見てきた。すぐに着換え終わるから、少し待て。


「あ、兄様……」

「ほら、風邪をひくぞ。早く入ってしまえ。服は美幸に任せればいい。あ、先に言っておくが逃げようとするなよ? お前の鞄はこっちが持ってるんだからな」

 

 釘を刺す我。

 

「……うん」


 廊下では、引き続きべらべらと美幸が喋っている。


「実は心配してたのよ。いつの間にか、瞬君も連れてこなくなったでしょう? 中学の時は当然のように誰も連れてこなかったし、高校でも友達ができないかもしれないって。ていうか久しぶりに見たら瞬君やたらイケメンになっちゃってるじゃない。もう、おばさんびっくりしちゃうわよ」

「ふふ、美幸さん、相変わらずですね?」

 

 クスクスと笑う瞬。

 いちいちなんか微妙に胸がムカつくんだが、これは一体……?


 高鳴る胸の音、もしかしてこれって……。



 ――殺意?

 

「今朝、沙羅ちゃんが迎えに来たのもびっくりしたけど、いい高校に入れて、良かったわね真央? そういえば沙羅ちゃんにお礼言った?」

「……」


 ……言ってる訳ないだろ!! 


「お礼?」

「やだもう、やっぱり言ってなかったのね! 沙羅ちゃん、沙羅ちゃんのおかげで真央がいい高校に入れたわ。ありがとう。お友達もこんなに――」

「もう、いいだろう!? 行くぞ! ほら、部屋は二階だ! 上がれ!!」

「んもう」


 不満げな顔をこちらに向けながら、美幸は階段を上っていく我らを見送る。


「まさか、今日マオ君の家の中に入るとは思ってなかったなぁ」

「本当に久しぶりだよ、真央君の部屋」

 

 叶と瞬はジロジロと我の部屋の中を、自重することなく見て回る。

 おい、勝手にウロウロするな。


「昔からそうだったけど、真央の部屋って案外片付いてるわよね?」

「そうだよネ!」

 

 沙羅は視線を巡らせながらそう言って、それに叶が応えた。

 瞬は机の上の地球儀をくるくる回している。

 

 こら、やめろ、それに触るんじゃない。

 その地球儀は……、世界を征服するためのシミュレーションを行う我の宝だぞ!?

 というか瞬は知っているはずだろう!? 前なら絶対に触らなかったのに、本当にこいつ、性格変わったな。

 

「まあ、散らかっているのは嫌だからな。それにシュヴァリエッタもいるから」


 あまり物を外に出しておくと、シュヴァリエッタのおもちゃになってしまうのだ。

 地球儀は、我の宝と知っているのか、シュヴァリエッタは手を出してこない。

 我が愛猫は、賢いのか賢くないのかわからん。いや、多分賢いのだろうが。


「シュヴァリエッタ、元気にしてる?」

 

 沙羅が、勝手に座布団を人数分出して、座って言う。 


「当然だ。つやつやの美しい毛並は今も健在だぞ」

「あ~、視た視た! 私もあの子を見てみたいなあ」

「見たのか見てないのか分からん。こら、何を開けているんだ。机の中を漁ろうとするな。だが、シュヴァリエッタはそう簡単に人の前には出てこない――」

「いるけど?」

「え?」

「ここにいる」


 部屋を見ていた二人とそれを止めようとしていた我は、沙羅の方を振り返る。

 座った沙羅の膝の上に、シュバリエッタは行儀よく座ってグルグル言っていた。


「……」 

  

 どこにいたのだ? 部屋の中にいたのか、もしかして? 全然気づかなかったぞ?

 まさか……この我に気付かれないように気配を消していたというのか!?

 

 多分そんなつもりはなかったのであろうシュヴァリエッタは、沙羅に必死に頭を擦りつけている。


「かわいい~!」

「わー、僕も久しぶりに見たなぁ」

 

 べたべたと触られるのは嫌がるはずなのに、沙羅の膝の上でおとなしく撫でられるシュヴァリエッタ。


「座れ……。座れ、お前ら!!」

 

 ドチクショウ!!

 沙羅がいるといつもこうだ。

 我よりその女の方がいいっていうのかシュヴァリエッタ!!

 沙羅の泥棒猫!! いや、猫泥棒!! 違うか!! ええと、ええと……!! 

 またたび娘……、ち、ちゅーる系勇者!!

 

「真央、何か失礼な事、考えてない?」

「考えてない」

「嘘ばっかり」


 まだ座っていなかった残り二人を座らせて、もう一枚余分に座布団を出す。

 六畳の部屋に四人は割と狭いのに、もう一人来るものな。

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