弟妹のことを聞く我
シュヴァリエッタが沙羅の横で丸くなって眠り始めた頃に、由梨は母に促されて我の部屋へと入ってきた。
我とでは大分身長さがあるので、だぶついたの体操服のズボンの裾を折っている。ふわふわと、甘くシャボンの匂いがした。
空いている座布団に座らせてやると、後ろから美幸が入ってくる。
「じゃあ、ごゆっくり~」
にこにこと嬉しそうにテーブルにお茶と煎餅を置いて、そのまま出て行くので、我も、その後についていって、さっとシャワーを浴びて部屋にそっと戻る。
気配を気付かれないように。
我の思っていた通り――沙羅以外の三人は思い思いに部屋を荒らしていた。
沙羅は、シュヴァリエッタを撫でていただけのようだったが。
叶と瞬は面白半分に我の引き出しやらベッドの下やらを覗き込んで、何かを捜し、由梨は我のクローゼットを開けていた。
沙羅よ、こいつらを止めてくれても良かったんじゃないか? 何で止めなかったのだ?
「何をしている、貴様ら?」
「えっ、何も……」
引き出しに手を掛けて、何もってことがあるか。
「別に、エロ本探したりなんかしてないよ?」
お前ら、我の部屋にエロ本がないか探していたのか……。
「そんなものはない!」
「え!? ないの!?」
「う、嘘だよネ……?」
眼を見開き、信じられないという表情の瞬と叶。
そこまで驚くことか?
というか、瞬お前……、その反応は女が三人いる前で自分の部屋にはエロ本がありまぁす! と、自白しているようなものではないか。
まあ、年頃の男だったら、エロ本の一冊や二冊所持していてもおかしくはないかもしれないが……。
「ないものはない!! 全く貴様ら、一体どういうつもり――」
「兄様、服のセンスが黒すぎない? 入っている服が黒ばっかりだよ? もう少し私服のバリエーションを増やしたほうがいいんじゃない?」
叶と瞬に怒っていた我に、横から由梨がそう我に喋りかけてくる。
まだ、怒っているいる途中だぞ。空気を読め。
どうやら、由梨はエロ本を探していたわけではないようだが……、なら一体なぜクローゼットを開けている?
「それは、我が黒が似合う男だからだ。黒は我の為にある色だから、様々な黒を揃えている……ってなんで勝手に服を漁られてそんなこと言われなきゃいけないんだ!!」
三人に拳骨を落として、元の位置に座らせる。
「クローゼットを漁ったのは、単純に兄様が今どんな服を着ているのか、気になったからだよぉ? け、決して、現在の兄様のことを探れれば、他の兄弟の企んでいることに、私も参加させてもらえるかもとか、そういうわけではないよ?」
我が妹ながら、こいつはバカなのだな、と思ってしまう。
「お前には色々と聞きたいことがある。分かってるよな?」
「……何も言うなと、他の兄様や
「ほほぉう?」
我の弟妹は全員で五人。
第二王子アエギル、第三王子ロイク、第一王女ヤナリス、第二王女ユーニエ、第三王女クルリ。
この口ぶりだと、五人ともすでに日本に……、そしてこの付近にいるということだなあ。
そして、我を狙っているのは十中八九その弟妹達。恐らく全員。
恨まれる動機は十分。
――我は、弟妹達五人を、この手で殺したのだから。
次期魔王に必要な条件は二つ。
一つは当然、魔族十三傑の承認。
彼ら十三人に、魔王としてふさわしいと認められることだ。
これが最も重要で、本来魔王はそれだけで決まる。
しかし
――魔王となる際に、己の兄弟を全て殺さねばならない、という条件を。
先々代の魔王である祖父が、兄弟たちに内乱を起こされたのを見ていたからだと、父はそう言っていた。
事実、父の代での反乱はごく小規模の物ばかりであったし、国を二分するような大きな戦争は一度も起こらなかった。
自らと近接した魔力を持つ、火種となりうる可能性を持っている者は、出来る限り減らしておく。逆らう意思がその時なくとも、いつなにがきっかけで、それが
魔王の兄弟であるというだけで祭り上げようとする輩は、後を絶たない。その小賢しい者たちも同時に黙らせることのできる手段。
すなわちそれは、魔王という地位、存在を、盤石とするために必要な事なのだと。
だから我らには、いたのであろうおじもおばも存在しなかった。
それに、恐らく……冷酷に兄弟を殺せるものでなければ、魔王になる資格がないと、父はそう考えていたのだろう。
「お前も、俺の命を狙っているのか?」
「命……? 私は、兄様の命を狙ってなんていないけど……?」
「そうか……」
由梨はキョトンとした顔で、我を見た。
他の弟妹の企みに入りたいと言う割に、なんの企みなのかすら知らない時点で、彼女は、どうやら我を殺そうとしている者ではないと考えていいようだ。
この、言っては悪いが少し
「ならば、なぜあの時、電柱の陰から我を見ていたりしたのだ?」
「見ていたのではなくて、見つかる訳にはいかないと思って、隠れていたの」
「隠れていたのか? あれで?」
「……うぅ」
しょんぼりと項垂れる由梨。
「だが、なぜ我から隠れる必要がある? 他の弟妹に言われたと言ったな?」
「あの、それは……。兄様……、これ私が言ったって絶対に言わないでね?」
「ああ……」
うーん、ちょろい。
絶対誰にも言わないで欲しいなら、自分が誰にも言わないのが鉄則なのだが。
「本当は……、みんなで一年遅れて日本に生まれた兄様を、びっくりさせようって。入学式の時に、兄様が私たちのいる学校に入ってきたことを知って、五人で集まって話をしたの。計画は自分たちが立てるから、ユーニエは兄様に会わないようにって、アエギル兄様に昨日きつく言われたんだけど……。私が台無しにしちゃった……うっうっ」
また、ボロボロと涙を流す。
転んで泣いて、自分のせいで計画が破綻してしまったと泣いて……。
泣き虫なのは、昔からちっとも変わらんな。
我は、テーブルの下にあったティッシュ箱を、由梨に差し出してやる。
「ありがとう、ごじゃいます、兄様」
べらべらしゃべってくれて助かるが、なるほど、そうやって計画に関わらせなかったわけか。
こんな風にバラしていると気づかずべらべらと喋ってしまうドジ(ドジで済むのか?)な由梨には、作戦の端の端とて言いたくないだろう。
暗殺には向いてなさすぎる。
どうやら弟妹は、全員一年早く生まれている上に、同じ学校にいるというところまで分かった。ほとんどの兄弟は自尊心の塊。
この辺りで一番偏差値の高い学校を選ぶということは、想像に難くない。
正体さえ分かれば、割と対策も立てやすくなる。
だが、まさか長兄であった我が一番下の年齢になるとはなぁ。
「ユリちゃんがマオ君の知り合いだったなんて、盲点だったなあ……。私、学校で眼鏡外すことないし。これからは眼鏡を外して学校に行った方がいいのかもしれないネ」
叶は溜息を吐く。
「でも叶先輩、学校でその眼鏡を外したら、辛いですよね?」
「ん、まあネ……。でも、そうも言ってられないかもと思って」
ビン底眼鏡の下に隠れているのはあの美貌だ。
男は当然寄ってくるだろうし、眼鏡を外した時に人間がわらわら寄ってきたら、色々な奴の未来や過去が混じって視えて最悪な気分だろう。
「叶。由梨はお前の力のこと知ってるのか? それとも知らないのか?」
我は、由梨に聞こえないように叶に話す。
「言う訳ないよ。でも、これでマオ君の死が遠ざかるなら、視るしかないよネ」
「……いや、いい」
「えっ?」
眼鏡を外そうとした叶を止める。
その力に頼らずとも、もうすでに我の死を止めるヒントはいくつもある。
「でも……今ユリちゃんを視ちゃえば、マオ君を襲う奴、全員分かるかもしれないよ?」
「いいんだ。明日、二年のクラスを片っ端から回って、由梨以外の兄弟を全員見つければいい話だ。お前、人数の過多によらず眼鏡を外すのが辛いんだろう。無理はするな」
「アンタにしては、上出来の考え方じゃない真央」
珍しく、沙羅が我を褒める。
「ふん、俺を誰だと思っている。魔王だぞ」
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