歌う我

「ちょっと、落ち着いてよみんな」

 

 冷静な瞬が、ギャーギャー言っている我らを止めた。


「先生、僕らは真央君をいじめたりしていません。どちらかといえば、僕が昔彼にいじめられている側だったというのは、沙羅ちゃんも、小学校の同級生たちも共通の認識だと思います」

「まっ、魔王様は何をしても許されるの!!」

「更科先生、それは彼が強大な魔力を持ち、あの国を治めていたから許されていたことです」

「でも魔王様は……今も強大な魔力を持っててぇっ! 魔王様が怒ったら、魔法一つでみんな殺されちゃうのよお?」

 

 少し怯えた様に、震えながら更科がそう言った。

 その言葉に、我は気付く。同時に沙羅も気付いたようだった。

 メリナの中で、我は逆らう者はみなその魔法で殺してきた魔王のままなのだ。

 そうか彼女は、我を守っていると思っていたが、のか。

 ……そうか……。


「……」

「……真央、あんたが言わないなら、私が言うわよ?」

「……」

「いいわよね?」

「……」

「何か言いなさいよ」

「……っ!! 嫌だーっ!! 言うな! 言うなぁ!!」

 

 その我の言葉をどういう風に取ったのか、沙羅が呆れたように我を一瞥いちべつしてから、更科に言葉を投げかける。

 更科はきょとんとしている。 


「更科先生、真央は今――」

「ま~っ! ま~っ! まっおお~♪」

「すってきなすってきな、魔王様~♪ 強くって偉くって誰よ~り賢い♪」

「「「!?」」」

 

 歌いだす我と、それに呼応する更科。

 

「この世を治めるっ、唯一の~♪」

「だあ~い! まっおっお~!!」

「「ヘェイ!」」

 

 パァン! と、我は更科と手を打つ。

 やってやったぞ~という達成感。

 そして、更科……メリナがこれを覚えていたことにも感動した。 


 一同はぽかんとその光景を見つめていた。


「なんなの、その歌?」

「魔王の歌です!! 作詞作曲魔王様! 歌詞も分かり易くて、旋律も割と耳に残るんですよ!」

「よく覚えていたな、フフフ。褒めて遣わす」

「ありがとうございます!」

 

 嬉しそうに笑うので、更科の頭を撫でてやると、忠犬のごとく顔をぱあっと綻ばせる。


「私に免じて、この者たちの無礼をなかったことにしていただけませんか?」

「元より此奴こやつらに何かしようと思ってはいない。この世界では、どうやら魔法が一般的ではないらしいからな」

「そうなんですよ。私も魔法は極力使わないようにしています」

「ふむ、日本には郷に入っては郷に従えという言葉がある。普通に生活している分には、魔法を使う必要も、誰かを罰したり殺す必要もないだろう。そういうのは司法の役割となっているからな。俺もここぞという時以外は、使わないようにしているのだ。今はその時ではない」

「さっすが魔王様です!! 筋の一本通ったその振る舞い!! さすまお!!」

「よせよせ、ハッハッハッハ!」


 更科が我を持ち上げるので、気持ちがいい。

 いつも我は、沙羅にけちょんけちょんに正論を振りかざされるだけだったからな。 

「気分よく笑ってるけど、どうせいつかバレるのよ?」

 

 沙羅が我に囁いたが、我はそれを無視して笑い続けたのだった。

 

「それでは魔王様、離れるのは心苦しいですが、私は仕事があるので」

「ああ、我はこの三人と帰るとしよう」

「三人とも、魔王様を、よろしくお願いします」


 更科は、深く頭を下げて我らを見送った。 



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「さっき、沙羅ちゃんが言い掛けたことってなんなの?」

 

 校門を出たところで、瞬が蒸し返して沙羅に訊ねる。


 やめろ、この野郎!! 

 我が知られたくないことをなんで知ろうとするのだ!!

 嫌な性格してやがる!!


「ああ、真央はね。生まれ変わってから魔力がなぜかなくて、魔法が使えないのよ。それを更科先生は知らないの。あの人の中では、真央はまだ誰よりも強い魔王のままなのよ」


 分かっていたことだが、あっさりと沙羅はそれを瞬にばらしてしまった。


「でも、ただの人間だって先生もいるところで言ってなかった?」

「多分、都合よく解釈しているんだと思うわ。ただの人間のだって」

「あの先生、確かにぽやっとしてる感じはあったし。ありえそうだね」


 そうだ、確かに沙羅は我を『ただの人間』と言ったが、メリナは我が魔力を隠しているのだと思い込んでいる。

 別にいいのだぞ、本人がいるわけでもないのだから……、そんなオブラートに包まなくても。

 あやつ、我が今最強ではないことに、全然気付いていないバカなのだ。  

   

「あ、あ~なるほど。真央君、昔の知り合いに自分の力がないことを知られたくないんだ?」

  

 瞬は人差し指を伸ばして、閃いたとばかりにそう我に言った。

 それに答えない我に、沙羅が代わりに瞬に返す。

 

「そうよ。そう思わせておいた方が、真央にとって都合がいいから」

「ああ! ああそうだ!! その通りだ!! だが、それを悪いことだと俺は思ってはいない!! 利己的に生きるのは俺たち魔族だけではない!!」

 

 人間だって、自分の私利私欲の為に隠し事もするし、嘘もつく。

 我ら魔族ほど自己中心的に欲望に忠実とは言わない。

 ……でも人間の皮を被った魔族なのではないか、と思える人間がちらほらいる。

 そう思えるほどには、人間はみながみな真っ直ぐに沙羅のように高潔に生きているわけではないのだ。


 人間が絶対に正しいわけではないのに、沙羅はなんでこんなに我に辛く当たるのだ!?


「マオくんなかなか鋭いところを突くネ~! そうだよネ。サラちゃんはちょっとマオ君にきついよネ? 人だってみんなが真っ当に正しい道を歩んでるわけじゃないのに」

「真央は、前世が前世ですから。真央が前世でやってきたことを先輩たちに全部披露したら、今の関係のままいられるかどうか分からない程度には」

  

 あ、あへぁ……。


「なるほど」 

  

 満場一致で納得の理由に、今度こそ我は何も言えなくなってしまったのだった。


―――――――――――――――――――――――――――

大魔王の歌二番


まー まー まおう~♪

りりしい りりしい まおうさま~♪

かしずき おののき 誰もが 敬う♪


この世を治めるっ、唯一の~♪

だあ~い まっおっお~♪


へぇい♪


みんなで適当に歌を付けて歌ってみよう!!

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