沙羅の過去を聞く我 4

「騎士さん……」

「なんだい?」

「私が、ヒュースさんやマユさんのような騎士になるには、どうしたらいい?」

 

 マユにギュッとしがみ付きながら、勇者はそう尋ねた。


「騎士に、なりたいのかい?」

「うん」

「どうして?」

「モンスターに……村のみんなが殺されたから」

「……村が襲われたこと、知っていたのか。 ……僕が迂闊だった。そうだよな、村の惨状を知らなければ、

 

 村を駆け抜けた時に目を瞑らせた判断は別に悪くはなかっただろうが、この小さな子供がどんな気持ちであの村を見たのかを考えると、マユの胸は押しつぶされそうに痛んだ。


「この国では、騎士になる為には親が爵位を持つ貴族であることが最低条件だ……。もし、君が騎士になりたいとしても、この国の制度がそれを許してはくれない」

「なら、なんでもいいの。モンスターを狩れる力が、欲しい。剣や魔法を覚えたい。どうすればいい?」

 

 仇のモンスターが分からない今、勇者に必要なのは、一匹でも多くモンスターを狩れる力だ。

 その内にきっと、いつか村を襲った魔物に、出会えるはず――。


「なら、僕が君に剣と魔法を教えてあげよう」

「本当?」

「ああ。モンスターを狩る職業はいくつもあるし、それに国王様から爵位しゃくいを与えられれば、騎士にだってなれる可能性がある。君次第だろうけどね」

 

 これまでずっと、戦いとは無縁の場所にいた勇者は、この出会いによって過酷な道を歩みだす。


「なんでも、いい……。モンスターを狩れるのなら、なんでも」

「……君と出会ったのも縁だろう。僕の家に、住むといい」

「えっ……でも、そこまでしてもらうわけには……」

「気にすることはない。僕の気まぐれだけど、なんていうか君には特別な何かを感じる」

「特別?」

「そう、君が国王様の前に行けば分かるかもしれないけど、僕にはぼんやりとしか分からない。ただ、特別な何か」


 彼女の言っている意味を知るのは、彼女が剣技の大会で優勝し、王の前に跪いた時だった。



 ■ ■ ■ ■ ■


「毎日、この木剣ぼっけんを素振りするんだ。僕が帰って来るまでに一時間で何回できたか、報告すること。そして、魔法だが……。まずは、この魔導書を読んでおいて。基本中の基本。内にある魔力アグマの練り方と、放出の仕方。本を読んでイメージを具体的にできるようにしておくのが肝要かんようだからね」


「私、あの……文字が読めません」


「ああ、そうか。なら、執事のセバスについてもらうことにしよう。彼に文字を、あとテーブルマナーや、ダンス、教われることは何でも教わるといい。なにが君の役に立つか分からないから。頼んだよ、セバス」

うけたまわりました」



―――――


「おう、マユ。お前俺に隠れて面白そうなことやってるじゃないか?」

「ヒュース隊長」

「ふっ、ふっ! ふっ、ふっ!!」

 

 勇者は、木剣を何度も上段から下段へと鬼気迫る表情で素振りする。

 血豆がつぶれて、剣に血が染み込んでどす黒く変色しても、その痛みに腕を止めるわけにはいかない。その内に、気付けば彼女の掌は固く、剣を振るう手へとなっていく。


「まさか、あの時の生き残りの嬢ちゃんを自分の家に住まわせて、鍛えるとは。騎士隊の二番手が、どういう風の吹き回しだ?」

「どういうもなにも、僕は、僕の感じているなにかが本物なのか、気になっているだけです」

「なにか?」

「はい……。この子からは、なにか『特別な予感』を感じた」

「『特別な予感』だと? おいおい、なんだそりゃ」


 一心不乱に木剣を振るい続ける勇者と、それを見守るマユ。


「ヒュース隊長に信じてもらわなくて結構ですけど、僕の家系はそういう感覚が強い方なんですよ」

「国王様がそんな力を持ってたな? そういや、お前の家は王家の傍流だったか」

「ええ、彼女が国王様の前に出た時に、きっと分かるはずです。その時まで、僕は持ちうる力を全て使って、彼女を鍛えます」

「僕もっ! 師匠の恥にならぬようっ! 精進します……っ!」


 剣を振るうその腕は止めず、勇者は言う。 


「……おい、嬢ちゃんにお前の口調が移っちまってるぞ?」

「僕も止めるよう言ったのですが、聞かなくて」

「僕は、師匠に憧れています。師匠の真似をするのは、そんなにおかしいことですか? 師匠だって、見て聞いて感じて覚えろって僕によく言うじゃないですか?」

「……これですよ」


 やれやれ、とヒュースと目を合わせるマユ。


「……なるほどなあ。よし、俺も手伝ってやろう。お前の予感ってやつも気になる。ふっふっふ。俺の剣技を覚えりゃ、怖いもんなしだぞ」

「本当ですか?」

「ああ、魔王だってぶった切れる!!」


 運命に導かれるように、勇者の師としてその国一番の騎士と二番の騎士がその全てを叩き込む。

 無定形のように見えて、その実、思いのほか堅実なヒュースの剣技と魔法、定型通りに振るっているように見えて、己のアレンジを織り交ぜるマユ。

 二人の師匠は、噛み合わないようでいて、ぴったりといた。

 ふたりのその剣と魔法からは性格が読み取れるようで、勇者は貪欲に二人の技を盗んだ。



 ―――――


 この二人の元、めきめきと頭角をあらわした勇者が15になった時、彼女は『剣士』としてこともなげに無傷で剣技大会の優勝をさらった。

 涼しげな薄緑の瞳を持つ、黄金色の長髪をたたえた美少女は、並み居る剣に覚えのある男たちを技で翻弄し、あまつさえ反則であるはずの魔法を使われても、その剣技で華麗にいなした。

 会場の盛り上がりは、相当の物だった。


 そして、優勝者として国王の前に彼女がこうべを垂れて跪いた時、国王は言った。


「おお、そなたは『勇者』か!! 道理で、あれほどまでに見事な剣技……!! わしの代で、勇者に出会えるとはのう……」


 興奮して目を輝かせながら、あごたくわえた白いひげを二度三度と撫でつける国王。傍に仕えていたヒュースとマユは目を合わせて、口の端を上げて薄く笑った。

 会場にいた者たちは、国王のその言葉に色めき立つ。

 『勇者』は、これまで数百年の国の歴史の中で、数人しか出ていなかった、魔王を打倒だとうすることのできる職業。

 国王の目は絶対。その者の適性職を見透かす力を持っている。

 王に『勇者』と言われれば『勇者』であり、いくら剣技が得意でも『魔法使い』と言われればその者の適性は、『魔法使い』である。

 実際、王の言葉によって転職した者は大成するので、その目は確かなものであった。


 『剣士』であった彼女は、こうして『勇者』になった。


 王の御前で行う剣技大会で、初出場にも関わらず優勝という結果に、二人は当然だと笑いながら、喜んでくれた。

 マユの屋敷で祝杯を上げながら、興奮冷めやらぬ様子の二人に、勇者は問うた。

 この今のタイミングしか聞く機会がないだろうと踏んで。


「ところで、いつになったら、お二人は結婚するのですか?」

「んぶふっ!!」

「げほっ!!」


 上機嫌であおっていた赤ワインを、二人は呼吸を合わせたのではないかと思うほどシンクロして吹き出す。


「ああ~……お二人とも、汚いですよ。セバスさん、タオルをお願いします」

「はい、かしこまりました」

  

 いつこの師匠二人が結婚するのかと勇者はずっと待っていたが、自分の訓練に付っきりで、何の進展もないままのように見えたので、彼女は純粋な気持ちでそれを訊ねた。

 二人のその反応に少しだけ何かまずいことを言ってしまったのかもしれないと、勇者は思ってしまう。

 ――が、今更後には引けない。

 もう、今しかこの二人の仲を進展させる機会がないから。


「な、なにをいきなり……」

「僕らが、そんな関係じゃないことを、知っているだろう?」

「……? でもお互いのことを好き合っていますよね? なのになぜ結婚しないのですか? 二人とも貴族ですし、お互いを阻む者はないのに。マユ様のお父様が、僕にいつになったらあの二人はくっ付くのかと何度もお尋ねになる始末なのですよ?」


 純粋に、キョトンとした表情でそう言う勇者に、二人はお互いをちらちらと見合いながらも、二の句を継げないでいる。

 この少女にそう指摘されたところで、十年以上も続いてきたこの状態を打破できるほど、色恋にけた二人ではなかった。


「そ、そんな話は、お前にはまだ早い!!」

「あ、ぅ……そっ、そうだぞ!!」


 照れ隠しに怒鳴る二人に、こころなしかしょんぼりとした様子で、勇者は続ける。


「そうですか……、そう言われては僕は何も言えません。しかし、こんなことを二人に言えるのも、これが恐らく最後でしょうから言わせてください。僕は二人に、とてもお世話になりました。両親を亡くし、マユ様のお屋敷に住まわせてもらい、剣技や魔法だけでなく、読み書き、一般常識や、貴族の振る舞いまで教えてもらった。ヒュース様には、礼儀やヒュース様の編み出した奥義まで。感謝してもしきれない……。二人には、心から幸せになってもらいたいのです」


 マユは、勇者の発したその不穏な言葉に反応する。


「最後って、どういうことだ? なんでそんな……別れの挨拶のようなことを……」

「僕は、明日には魔王を倒す旅に出ます」

「え……?」

「僕は、『剣士』ではなく、『勇者』でした。国王様がそう言うのですから、間違いないのでしょう。であれば……僕は『勇者』として、魔王を討たなければ」

「そんな、唐突すぎる! 明日だなんて。せめて一週間、いや……三日でもいい。出発を遅らせるつもりはないのか?」

 

 勇者の肩を揺さぶりながら、マユはそう引き止める。

 肩に置かれた震えるマユの手に、そっと勇者は自分の手を重ねる。


「出立の日を伸ばせば、決心が鈍ります」

「しかし……」

「マユ様、僕はマユ様のことが大好きです。ヒュース様も、この国の人達も。それをおびやかす魔族、そして魔族を束ねる魔王を討つのが僕の使命というのなら、僕は一日でも早くその脅威を取り除きたい。数時間でも……早く」

「……」


 勇者が肩からマユの腕を外すと、マユは力なくうつむいた。 


「ヒュース様、お願いです。マユ様をどうか、幸せにしてください。拾っていただいた僕がこんなことを言うのは烏滸おこがましいですが、僕は二人を父と母のように慕っているのです。二人には、どうしても幸せになってほしい」

「……分かった」

 

 決意したように、ヒュースはそう頷いて、マユを引き寄せる。


「ありがとうございます」


 勇者は優しく微笑む。


「僕が、この世界を平和にしてみせます。それまでどうか……人の営みを絶やさぬように。二人がその平和の火の一つとなってください」

 

 夜は静かに深く、スピードを増しながら近付いていた。

 魔王の勢力は着実に増えている。

 人の営みを食らい、食いつくしては他へと移動していく。

 魔物の被害が増えていることなどから、それは間違いのないことだった。

 勇者は、気付いて起きていたセバスにだけ挨拶をして、夜中のうちに魔王打倒の旅に出発した。

 次の日の朝に見送られると、やはりその決意が揺らぎそうな気がしたから。半ば騙し討ちのように、彼女は長い間世話になったその屋敷から、ひっそりと旅に出た。

 屋敷の二階から、師匠たち二人が彼女の姿を慈しむ様に、けれど淋しげな瞳で覗いていたことに、気付かないまま。

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