動揺する我
立っていても仕方ないので、我も椅子に座る。
「ふん、お前が脇を抜ける奴を取り押さえていればこんなことにならなかったものを。勇者の癖に気づくのが遅いのだ。状況判断を
「勇者って言うなって言ったでしょ。
とっ、とりあたまおう!?
「ぷっ……ふふっ」
「何を笑っている」
「いや、鳩が豆鉄砲くらったような真央の顔がおかしくて」
結局鳥に例えるのか。
「我も、お前の笑った顔を見るのは、久しぶりだ」
昔は、よく笑っていた気がするのに、ここ最近は沙羅の笑った顔なんて、見たことがなかった。
中学に上がり、家にも遊びに来なくなって。我も遊びに行かなくなって。
いや、明確に距離を感じたのは、あの10歳の六月の出来事からか。
「……あんたがいつも、私を怒らせるからでしょう? 私だって、怒りたくないわよ。なのに、あんたはいつもいつもいつもいつも……。ろくでもないことばっかりしようとして……止めるこっちの気も知らないで」
いい感じだったのに、また風向きが変わってしまった。
女というやつは、どこで風向きが変わるか見当もつかない。
「ち、違うのだ……、あれは……」
「……?」
あれは……。
――あれは?
「お前に、逢いたくて……」
「――え?」
静まり返る部屋。
壁に掛けられた時計の音がコチコチと響いて、目の奥や、耳や、頭が痛い。
心臓が早鐘を
頭の中で、腕で、足で感じる、全てが滅茶苦茶に動き出しそうなこのうねりは。
――なんなのだ。
苦し紛れに言った言葉に、なぜ我はこんなにも動揺している。
「今、我は何を言った?」
「それはこっちが聞きたいわよ。いきなり、何を言い出すのかと思ったら……」
やれやれ、と呆れたようなその言葉に、動揺を隠せない。
暴れ出しそうだった血液の流れが、スンと動きを止めたような感覚があった。
我の思っていたリアクションと違う……。
「えっ、いや……。え?」
「あんたが、私をどこかのタイミングで逆らえないようにしたいと思ってるのは、知ってた。そんなに私を倒してしまいたいのなら他の人を巻き込まないで、最初からそう言えばよかったのに」
「は?」
――んん????
「いや……ち、違う……そういう意味では……」
「違わないでしょ? 他の人を巻き込んで、あんた自分で自分が恥ずかしいと思わないの? 正々堂々と、真正面から向かってきなさいよ。回りくどくて
くどくどと最期の戦いの事で、我を
城に毒沼あるとかどうなってるのあんたの城とか、地下牢に宝箱設置してたけど、空っぽだったのはなんでなのとか、真っ暗な階とかあったけど、意味わかんないとか。
ほとんどティエムサラガ城の文句であった。
どんどん話が逸れていく。
「……」
なんだか、訂正するのもバカらしくなってしまった。
さっきまで頑張って動いていたのに、このしおしおに
そうか、これが有名な、鈍感系勇者……。
我は勝手にそう納得した。
この勇者は、10歳の時に人に愛を
「ふん、ならば正々堂々勝負しよう。貴様のようなド
「はあ?! 誰があほよ!! あんたにあほって言われるのが一番腹が立つわ! 今まで一度も私に勝ったこともないくせに、なんなのその自信は!?」
結局こうなってしまうのか。
そうだ、我らはやはり、相容れぬのだ。
「フッ、フハハハ……! フハハハハ!」
「? 何を笑って……」
「おい、沙羅。勝負の内容だが……」
「他人を巻き込まないことでしょうね……?」
「ああ、そうだ。巻き込まない。我とお前二人だけの勝負だ」
相容れぬなら、相容れぬなりのやり方が……ある!!
「惚れさせた方の勝ち」
「バカじゃないの?」
一笑に
その返答は、予想範囲内だ。
「それが嫌だというのなら、また我は他の者を巻き込んで暴れ回ってやるわ!!」
「くっ! ひっ、卑怯者ぉ!!」
ぎりぎりと歯ぎしりをする沙羅。
――ああ、なんだ……気づいてしまえばこんなものか。
今まで、沙羅を見ているとムカムカして、でも逢いたくて仕方なくて。
目を離せないのは他の感情のせいだと思い込んでいた。
よく分からぬ夢に
「我は魔王、卑怯上等。誹謗中傷には慣れている。優しい勇者様は、我が他の者に暴力行為をしたり、カツアゲしたりするのは
「……っ!」
「差し当たって、とりあえず我と沙羅は恋人同士ということにしようか。それなら怪しまれまい」
我は魔王。
欲しいものはどんな手を使っても手に入れる。
前世ではその生き方を肯定されて育った。
それが、たとえ世界でも、勇者でも。
人であることにかまけて、忘れていた。
こんなに簡単なことだ。脅し、追い詰めて、逃げられないようにして。
魔王としての振る舞い、魔王という生き方、魔王という……頂点。
だが、なんだろうか。この心臓の痛みは?
「あんた……、本当に最低だわ」
「我には褒め言葉だ」
叶の足音が聞こえてきた。
この話はここまでだ。
「どう~? 仲良くなれた?」
「ああ、最高にな」
我は上機嫌で微笑んでやった。
ぶち殺してやろうと思っていたが、今となってはこの機会をくれた叶に感謝しなければなるまい。
「……サラちゃんの方は、とてもそうには見えないけどネ」
恨みが籠ったような、苦虫を噛み潰したような顔で、沙羅は座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます