勇者に恨みを抱く我

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ずっとそんな風であったから、我が一人になるのは必然であった。


 世間では友人がいない者のことを『ボッチ』などと言うらしいが、そんな呼び方はこの我に相応しくない。

 我はを選んだのだ。

 王たる我が慣れ合うことなどあり得ない。我は遥か高みより下々の者を見下ろしているだけ。浮いているのではない、好きで見下ろしているのだ。

 フッ……我は、孤高に愛され過ぎてしまったのだなぁ。


 我の下に付こうとした者が、全て沙羅の元へと去っていったとかそういうわけではない。違う、違うぞ……? なにゃ、なにをバカな……。

 大事な事なのでもう一度言うが、我は孤高を自ら選んだのだ。

 瞬の件で思い知った。我には配下など必要ないと。

 ま、まあ別に我のもとに下りたいという者がいるのならば、置いてやっても良いが? 特に拒む理由もないからな?


 そして人間関係でも対極と言うべきか、沙羅は『リア充』とかいう立ち位置で、友人も多く、この生を謳歌しているようであった。

 ふん、慣れ合わねば生きて行けぬとは、神経が脆弱なようだな、勇者は。


 世界征服の為には、学も必要だ。

 勇者にはバカバカ言われまくっていたが、我はバカではない。例えバカだとしても、勉強のできるバカだ。いや、バカではないが。

 この付近では一番高偏差値の高校である天成あまなり高校への入学を決め、太一も美幸も、大変に喜んでくれた。


 夕飯に我の好物が並ぶ我が家第二ティエムサラガ城のリビング。

 ミスジのステーキ、オニオンスープ、フライドチキン、寿司、エビチリといった、食のバランスを完全に無視した食事。おいおい、誕生日でないとお目に掛かれないぞ、このラインナップは! なテンションの上がる夕飯だった。

 美幸の作るご飯はうまい。デパ地下グルメなんぞ目ではないほどに。

 給仕きゅうじ長の地位に相応しいその腕前。我が世界を征服した後にも、存分にふるってもらいたいものだ。


 ――我の嫌いな、トマトとしいたけを完全に排除した料理をな!!

  

 我がワクワクとテーブルに着くと、足元をするりと抜ける者がいた。 

 四人目の家族、我の飼い猫である黒猫シュヴァリエッタだ。


 シュヴァリエッタは、7歳の時に公園に捨てられていたところを拾った。

 他の兄弟猫は見当たらず、シュヴァリエッタだけがぐずぐずの顔をさらしながらフラフラとそこにいた。

 あの時は大変だった。何日も沙羅と共に内緒で看病したのだ。

 太一と美幸に怒られると思い、隠れてシュヴァリエッタを救う為に看病していたつもりだったが……。

 実は二人とも気付いていて、我らが小学校に行っていた時に、病院へ連れて行ってくれていたと後で知った。

 我と沙羅はシュヴァリエッタの具合が少しずつ良くなっていくことにほっとして、両親に見つかった時には絶望して……。

 飼ってもいいと言われた時には抱き合って喜んだ。

 あの時の両親のニヤニヤ顔は一生忘れまい。

 

 結局太一と美幸の掌の上で、我らはアップダウン激しく踊らされていただけだったのだ。


 拾った頃は猫風邪やら目ヤニで開かなかった目も、今では美しい金色の瞳を煌々と光らせながら我を見上げている。

 そういえば全快後、あまりにも沙羅に懐くものだから、我と沙羅どっちの方が好きなのだ! などと頭の腐ったような質問をシュヴァリエッタに投げかけたことがあったが、あの時の我はどうかしていたとしか思えん。

 当然シュヴァリエッタはキョトンとした顔で我を見上げるだけだった。


 我の正面に座った二人と食事をとっている最中に、美幸は突然我にこう言った。


「真央、あんた沙羅ちゃんにお礼言っておきなさいよ?」

「は? なぜだ? 俺は沙羅に礼を言うようなことは一つもないが?」

 

 太一は無言で我の横にぬっと立って、容赦なく我の頭をげんこつで叩いた。


 ――痛いではないかぁ!! キラキラ光る星が目の前で飛び散るわぁ!! 


 中学に入ってから太一は我に厳しくなり、甘やかされることはなくなった。


 ふん、お前が甘やかしてくれずとも、長野と千葉に住む祖父母が甘やかしてくれるから問題ない!!


「もう、太一くんってば。ちょっと落ち着いて」

「全く、なんでこんなバカに育ったんだ? 身長と髪ばかりひょろひょろと伸びて、栄養が全部そっちにいったのか? あのなあ、お前本当なら天成高校に入れなかったんだぞ」

 

 そんなはずはない。

 試験から帰ってきた後、しっかりと自己採点をした。

 我は魔王、そういう確認は怠らない方なのだ。合格圏内、余裕どころかトップの成績で通過していてもおかしくないと自画自賛するほどだった。

 自分で言うのもなんだが、本番に強いタイプなのだ。あと、割と陰で努力するタイプなのだ。


 太一をなだめ、席に座らせる美幸。

 頭から湯気が出ているのではないかというほど、怒っている太一。


 ――やれやれ、怒りっぽい男は嫌われるぞ?


「真央、私達が知らないところで、いろいろと悪いことしてたみたいね……?」


 ……んはっ? はぁ?  

 ギクリ、と我の心臓が痛んだ。


「はぁ? そ、そんなことしてねぇし! んなことしてたら天成高校にも入れるわけねぇし!?」

「……よく分かってるんじゃないの。なにその口調」

「お前の悪事を止めてくれてたのは誰だ? 分かっているんだったらちゃんと礼をしておけ!!」 

「……ぐぅう」

「ぐぅうじゃない!!」


 また頭を殴られた。

 

「ぐえっ!」


 おい! 三下が殴られた時みたいな声を出してしまったではないか、この魔王が、無様な!!

 この優秀な頭脳が殴られ続けてどんどんアホになっていったらどうするんだ!! 暴力反対!


 この我が勇者に礼など!! 礼などぉぉぉぉ!!

 

「だ、大体沙羅は、俺を助けているのではない!! 我が悪事を働いた時に、それを大義名分にぶん殴ってストレス発散しているだけだ!!」


 もう一発、こんどは美幸に殴られた。


「ンゴッ!」

「屁理屈言わないの! 沙羅ちゃんはあんないい子に育ったのに、なんで真央は……。高校では沙羅ちゃんに迷惑を掛けないようにしてよ、もう……」

「さ、沙羅も天成高校に……?」

「そうよ! 次、沙羅ちゃんに迷惑かけたら、分かってるんでしょうね真央!」


 我はまだ食べたかったが、自室へとひきこもることにした。


「待ちなさい、真央!!」

「待たぬ!!」

「コラァ!!」

 

 シュヴァリエッタと共に階段を駆け上がり、勢いよく自室のドアを閉め、鍵をガチャリと掛けた。


「ぬぐぅう!! 沙羅めぇぇぇえええ!! 沙ぁぁぁ羅ぁぁぁあああああめえええええええ! メエエエエエエ!!」


 このままメーメー言っていては羊になるというくらい、我は沙羅を恨んだ。

 沙羅のせいで、晩餐ばんさんが散々だ。


 みな勇者の外面にだまされている。我の家庭までめちゃくちゃにするとは!!

 勇者ではなく魔女のような女だアイツは。

 見た目がちょっといいからってやっていいことと悪いことがあるぞ!?


 サラサラの黒いストレートが美しく、キューティクルで七色に光っているようにも見えなくもない髪。うっすらと桃色の頬と唇。胸はまあそれほどでもないが、なくもない。腰のくびれはある。まあ、足はすらっと長く合格点と言える。

 そしてなによりあの眼……、あ、あれは……その、なんだ……。

 あの眼で見られると、我は動きが止まってしまうのだ。

 魔王城で、我を見据みすえていたあの新緑の瞳とは、全く色が違うと言うのに……。少し気の強そうな部分が垣間見える、美しく丸みを帯びたアーモンドのような形をしている。今は生まれ変わって茶色の瞳なのに、その中に時折勇者だったころの瞳の色が、うっすらと見える時があるのだ。 

 あの瞳を見ると、ほっとする部分もある。


 ――ああ、やはり沙羅は我を追い詰めた、あの世界に共にいた勇者なのだと。

 

 ……沙羅が、どう思っているかは知らぬが。

 むっ、昔は男みたいなだったくせに、美しく育ち我を惑わしおってぇぇ!! おのれぇぇ!!!!


 どうして、こんなにも勇者に惑わされねばならんのだ。胸の中でグルグルとよく分からない物が駆け回って、『混乱エグルネ』の魔法がかかったようになってしまって……、勇者の前で平常心でいられなくなる。


 なんだこれは、一体?

 なんなんだ、マジで!?

 誰か教えてくれよ、マジで!!


 むっ、いかんいかん、マジでとか言ってしまった。我は魔王、孤高の我は若者の言葉に迎合げいごうすることを望みはしない。周りのクラスメイトが「マジで」だけで会話を成立させていることが多々あり、興味深い言葉だったのでつい使ってしまった……。

 ……我呼びは……、あの時沙羅に言われて曲げてしまったが……。

 心の中では誰にも咎められることはないし、思う存分我我我我言っているので、これは曲げたことにはならないだろう。


 シュヴァリエッタが、我の足にコツリと頭を当てて、見上げていた。


 我が怒り惑い、苦しんでいるのが、お前には分かるのだな。

 

 勇者にだけ感じる、このわけのわからぬ


 いつまで経ってもこれは晴れることはなく、心の底に少しずつ沈殿し続けているのだった。

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