ビン底眼鏡女と対峙する我
我らは無言で、国語文芸部部室へと移動する。
我は話しかけようとするのだが、沙羅は話しかけるなというオーラを発している……ような気がする。
中学生の頃、我のことを邪魔しに来た時は、「また、こんなことやってるの?」「絶対邪魔されるって分かってるのになんでへこたれないの?」「もしかして、分かっててやってるの?」「ドMなの?」と一方的に罵声を浴びせて去っていくだけだった。
我はドMなどではない。
その
できないのだ、なぜか。
体に、脳に、勇者には勝てないと刻まれているかのように。
沙羅は我の前に立ち、我らの目的地のドアをノックする。
上部を見上げればやたらと
こんな自己主張の激しい文字は初めて見た。
「どうぞ~」
その声にドアを開き、中へと進んだ。
部屋の中には、ガラス張りの戸棚が二つほど。そのうちの一つには本が、もう一つにはカップやらソーサーやら茶葉などが置かれている。真ん中には長机がロの字型に配置されていた。奥に冷蔵庫やら電気ケトルやらがある。机の上に置かれたノートパソコンの前に、ビン底眼鏡女が座っていた。
「やあやあ、よく来てくれたネッ! あれ? 二人だけ?」
「廊下で遭ったのは、
プフーッ! とビン底眼鏡女は吹き出し、
「こやつ!! いいネ! やっぱり私の見立ては正しかった。他に誰も来てないのは残念だけど。ささ、座って座って」
何がおかしいのだ。ぶん殴ってやろうか。
我の殺気を感じたのか、沙羅が
「ぐぶっ!!」
ビン底眼鏡女は我らを促して席へと座らせる。
自らはまた定位置なのかノートパソコンの前へと移動した。そのままにんっ! といたずらに笑って
「まずは自己紹介だネ! 私の名前は
「はい、
「俺は、
「ふむふむ、サラちゃんとマオ君ネ!」
何かの紙にサラサラと書いていく叶。
「……あの、頂いた手紙に関してお聞きしたいのですが」
「前世の話?」
「そうです。前世についての大切な話とはなんなのかお聞きしたくてここに来たんです」
いつ切り出すか迷っていたら、沙羅が聞いてくれた。
そうだ、それが聞きたかったんだ。とにもかくにも、この女の持つ力がどのようなものか見極めないと――
「あっ、あれはね。中二病にかかってる人なら来てくれるかなと思って適当に書いたんだよね……」
「「はあっ!?」」
沙羅とハモってしまった。
その剣幕に焦りながら、叶は目をあちらこちらへやって、あわあわとなにか考えているようだった。
「え、ええ~? ごめんネ? なんか、そこまで驚かれるとこっちもびっくりなんだけど。そんなに前世の話に興味あった?」
「……」
沙羅ががっくりとうなだれるのも無理はない。
どういうつもりでこの女があんな文章を書いたのか知らないが、我らは本当に前世を覚えている。
そしてその話ならば一も二もなく駆けつけてしまう。
恐らくこの方法で、何度でも……。
なにか元の世界に帰れる方法があるのならそれを試したいし、元の世界を知っている者がいるのなら逢いたい。
多分、なぜ逢いたいのかという気持ちには、我と沙羅で違いがあるだろうが。
「あの紙を渡した時は、サラちゃんが代表挨拶するような優等生だとも思ってなくてネ。入学式であいさつし出した時には、絶対に来ないとばかり思ってたから、逆にこっちがびっくりしたんだけど……」
「じゃあ……あの意味深な手紙は一体何のために……」
叶は勢いよく立ち上がって、沙羅と我の手を無理やり引き寄せてぎゅっと握る。
「国語文芸部に、入ってください!! 私しかいなくて、人数不足でなくなってしまいそうなんだよ!! 三人いれば部が存続できるんだ!! だから! ネッ? お願い!!」
割と……いや、本当にごくごく普通のお願いだった。
例えば、前世の話がここで暴かれて、ここから壮大な物語がスタートするとか。
例えば、叶が我らと同じ世界からきていたと発覚するとか。
例えば、叶のあのビン底眼鏡に秘密が隠されていてとか。
例えば、例えば……。
とにかく、そんな普通ではないことを。
――そういうことを、普通想像するだろう。
「す、すみませんが……、お力にはなれません」
「俺も……」
立ち上がり、沙羅が部屋から出て行こうとするが、離すまいと叶が沙羅の腰に手を回す。
「ひゃっ! は、離してください~!」
「離すもんかぁああ!!」
叶の手が我から離れた。沙羅に犠牲になってもらい今の内に我は悠々と外に出るとしよう。
尊い犠牲だった……。ありがとう沙羅、お前のことは忘れない。
しかし、いつも我にやるようにぶん殴って突き放してしまえばいいものを。
……もしかして、沙羅は我以外には案外優しいのか……!?
「そ、そんなことされても、入りません、からぁっ……!」
「いやあああ、入って、入ってよぉおお!!」
「せ、先輩……力強すぎ……っ! んっ!」
しかし……全くとんだ茶番だ……!!
この女に不思議な力があると思い込んで、仲間に引き入れようと思った我がバカみたいではないか。
「勇者と魔王、幼馴染同士二人で仲良く同じ部に入ってくれてもいいでしょおー?!」
「「!?」」
半ばヤケクソの様に叫ばれたその言葉が、我らの動きを止めた。
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