第二章
入学式に出る我
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
校門をくぐると、この学校にも咲いているソメイヨシノが、我を歓迎しているように風に揺れてはらはらと散っていく。新入生は教室には入らず、体育館へと通された。
学年は、ネクタイとリボンの色で分かるので、上級生達は新入生と気づくと近付いてきて、胸にリボンをつけてくれていた。
その中で、メガネを掛けたおさげ髪の女が、我にスススと音も立てず近付いてきた。牛のような乳をたゆたゆと揺らすこともなく。そこは揺らしてこい……、いやバカなことを考えた。
だがこの動き……、この女只者ではない。
「……?」
「君なかなか見どころあるネッ! 採用!!」
「は?」
「はい、これルール違反だけど、君みたいな
「???????」
あまりにもビン底の眼鏡だったからそれと乳以外に特徴を感じなかったが、我を見上げた瞳は大きく、もしかすると勇者よりも長い睫毛に縁どられていた。どれだけ目が悪いんだこの女は?
我に新入生の印であるリボンを着け、それとは別に胸ポケットに何やら紙を突っ込んで去っていく女。リボンの色からして二年のようだが……。
――いきなり逆ナンされるとは思いもよらなかった。
やはり我の溢れ出てしまう何かは、このような進学校の生徒であれば気づくものなのだなあ。
やれやれ仕方ない、後で行ってやるとするか。
我は、後ろでもその紙を無理やり詰め込まれている者には気づきもせず、気分よく体育館へと入った。
パイプ椅子には名前が貼られており、皆それぞれ自分の椅子に座っていく。
ややあって、取り立ててなんのことはない普通の入学式が始まった。
だが、我の神経を
「新入生代表、挨拶。由地沙羅」
「はい」
しんとした体育館の中、静寂の中に落とされた水音のような波紋を伴うそれ。
制服のプリーツスカートをたなびかせながら、しっかりとした足取りで壇上へと登っていく。後ろ姿だけでさえ、ほとんどの生徒が
にっこりと微笑んで、沙羅は新入生代表の挨拶を述べ始めた。ちらほらとうっとりしたため息が聞こえる。
我は目を見開いて驚きを隠せなかった。
多分、おそらく、probably、新入生代表の挨拶は入試一位の成績の者が行うはず。
――我は、我は沙羅に負けたというのか……!!!???
叫びたかったがぐっと堪えた。
だって、我……内ポケットに新入生代表の挨拶文、忍ばせてあったのに……。
これは人として生まれてから芽生えた、嫉妬という感情のせいだと思うのだが、沙羅から目を離せない。そんなものに支配されたくはないが、抑えきれん。
今こそ、この世界で目覚める時だ我の
『
「――御指導していただきますようお願いします。新入生代表、由地沙羅」
噛みゃなかった。
その後もつつがなく入学式は終わり、体育館からみなが出て行く。
我も後に続き体育館から出るが、さっと人の流れから外れて胸のポケットに入れられたそれをカサカサと開く。
『入学式が終わったら、C棟三階東端にある、国語文芸部部室に来て下さい。貴方の前世について大切なお話があります。』
我の前世……!?
あ、あのビン底眼鏡女……我の前世を知っている者だったのか!?
まさか、まさか……まさか!!
いや、落ち着け。考えられることは三つほどあるか……?
一つはビン底眼鏡女が前世を見ることのできる能力を持った者。
そして、もう一つはビン底眼鏡女が、我や勇者と同じ異世界からの転生者。
最後の一つは、我のこの抑えても抑えきれないオーラにただならぬ気配を感じ、そして尚且つその凄まじいオーラは、前世から由来するものであると感じ取れる者。
いずれの可能性にしても、あのビン底眼鏡女が、この世界における我や勇者と同じような特異点であるということは、疑いようもないか……。
――ならば、引き入れておくのが賢明か……?
裏切られることも事前に想定し、害のない立ち位置の仲間にすればよいのだ。
なにか力を持っているのなら、その力をこちらが使わせるだけのこと。
まずは、あのビン底眼鏡女が我の前世をどれだけ知っているのかということだけは確認せねばなるまい。
ここで考えていても埒が明かない。移動するか。
職員室などがあるA棟、各クラスがあるB棟。そして特別教室があるC棟。
この学校の構造はあらかじめ頭に入れてある。
我はゆっくりと学校内を見回りながら、C棟へと進んだ。
生徒の影は全く見えず、我の歩く音だけが聞こえる。
――静かだ。
昔、チェルルを魔王の間から下がらせ、時折静寂を楽しむことがあったが。
全てを治め、人間を根絶やしにした世界に想いを馳せることが多かった。
あの時とは少し違う気がする。気のせいかも知れないが。
遠くに飛んでいく飛行機が、ぼんやりと雲を結びながら飛んでいくのが見えて、ウインドドラゴンを思い出した。
我と勇者がいなくなった後、あの世界はどうなったのだろうか……。我の配下、生き残った者たちは……。そして人間は……。
階段を三階まで上がると、ばったりと沙羅と出会った。
「「!?」」
「な、なぜここにお前がいる……!?」
「そっちこそ! ……まっ、まさか、あんたもあの先輩に呼び出しの紙を貰ったの?」
「!!」
……あの紙は、我にだけ渡したものではなかったのか。
だが、勇者にも渡したとなると、あのビン底眼鏡女に不思議な力があることは、疑いようもないと思えた。
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