ヤツと出会ってしまった我
我と同じ赤子か……、ふむ……なるほど。
普段なら魔王たる我が下々の者を気にすることはないが、この世界を征服するためには今は仲間を増やすのが先決。
我の仲間たるに
しかし我がその赤子を見ようと振り返った瞬間に、やつは我の顔を、この我のぷにぷにほっぺを力任せに引っ張ってきた!
お、おおおお!? 何をするんだ!!
痛い、痛い! いたたた!! なんだこいつ、赤子のくせに強すぎる!!
「ふぎゃああああん!!」
「ちょ、ちょっと沙羅ちゃん!? だめでしょそんなことしちゃ!! ごめんね、痛かったね真央くん……ってなにこれすごい力!!」
その赤子の手を母親が外そうと試みるが……。
いだだだ、全然離れん。伸び、伸びる! 痛い!
指を一本一本くしゃくしゃの折り紙を丁寧に戻す様に慎重に、かつ針金を真っ直ぐにするかのように力強く外して、ようやくその手は我から離れた。
「うええええええ!!」
「あ~! あお~!」
なんて凶暴な赤子だ!!
初対面の者の顔面を引っ張るなど!! 我はプルプルと震えながら、美幸にしがみついた。美幸の腕の中にいるとすべての敵から守ってくれるような気がして、落ち着くのだ。
「本当にごめんなさい、普段はおとなしい子で引っ張ったりしたりしないんだけど……」
「やだ、気にしないで! 興奮しちゃったのかもしれないわね~。ね~沙羅ちゃん」
お、お前は親ならもっと怒れ!
見ず知らずの赤子に我のこの至宝ともいえるぷりっぷりのほっぺたをひっぱられたのだぞ!!
太一がいつも我に言うではないか、このほっぺたとお尻は国宝級だと!! その我の国宝級いや、そんなものでは留まらぬ、世界級の……ほっぺたを!!
すごく痛かったのだぞ!
美幸が十分な距離を取ってくれたので、改めて無謀にも我に攻撃してきた者の顔を見る。
今は事情があって非力だが、将来覚えていろ! お前の顔は絶対に忘れ……
…………。
…………?
…………!?
…………!!!???
――ゆ、ゆ……ゆゆ、ゆ……勇ぅ者ぁぁぁぁああああ!!!??!??
ひゃばっ、あびばばばば、……おえっ。
あっ、吐きそう。
んま、まさ、まさかまさか……て……転生したのは勇者もだったということか?
しかしこの敵意むき出しの顔、我と同じ赤子だからか恐ろしさは全くないが……。
鋭く我を睨んでくるその瞳は、色は全く違うがどう見ても勇者のそれ。
むしろそうでないのにこんなに
「うーん……? 沙羅ちゃんうちの真央くんのこと、あんまり好きじゃないみたい……?」
「そ、そうねえ……。初対面のはずなのにどうしてかしら?」
おい、勇者よ。
母親たちがドン引きしているではないか。
「あおお~! あうおおあう~!」
何を言っているのかさっぱりわからんはずなのに、なぜかなんとなく分かる。
魔王! なぜここにいる! だな。
それはこちらのセリフでもあるが。
一触即発の我らを無視し、母親たちは世間話を始めた。
うおおい!? こんな状態のまま我を放置するとはどういうことだ、美幸ぃ!
ち、近付くんじゃない! ヤツが腕をこちらに伸ばしているではないか……!!
もしまた掴まれでもしたら、こんどこそすっぽんのように離さないぞこいつは。それどころか、我のこの宇宙が生み出した神秘の秘宝であるほっぺがちぎれるかもしれん。
そうなれば、全世界の大損失といっても過言ではないのだぞ!!
幸いにも、ヤツの腕がギリギリ届かない距離で止まってくれて、我はほっとした。
何度か腕を宙に空振るが、届かないと諦めたのか、それからはこちらを睨んでくるだけに留まった勇者。
――めっちゃ見てくる。
「そういえば、真央君の誕生日っていつ? うちの子の誕生日は11月22日なんだけど。月齢同じくらいよね?」
「ええ? 沙羅ちゃんも!? うちの子も同じ日よ! すごい! 運命みたい!!」
「ウソォ! ご近所さんで同じ日が子どもの誕生日なんてそんなことってある!? これって確かに運命かも!!」
「そうだ! 一緒に毎年誕生日会しない?」
「それすっごくいい!」
甲高い声でキンキンと、運命運命
我をこのような姿にした挙句、勇者と同じ日に生まれたのが運命だと言うのなら、我は一層神を恨む!!
この数奇な巡り合わせを仕組んだ神を、八つ裂きにしてやるわ!!
元より、魔王であった時も、世界を征服した
……しかし我は今無力な赤子……。
――ふ、ふん……ほ、方法はこれから考えるとするわぁ!!
「また、お茶でもしましょ!」
「そうね、初対面でびっくりしただけで、きっと仲良くなれるわよね。お誕生日も一緒なんて!」
――おい、お前らの頭にはクナールゼルの花が咲いているのか。
あっ、クナールゼルの花とは、元いた世界にあったテンションをとにかくアゲアゲにして、あほになる精神異常を起こす花だ。花粉が神経を
我らの相性は生まれ落ちた時から最低で最悪。
誕生日が同じ程度で仲良くなることなど、万に一つもあり得ない。
勇者と魔王にあるのは『対立』、それが運命であり宿命なのだ。
それに気づかんとは、つくづく人間とは、愚かで頭の悪い生き物だと言わざるを得ない。
見てみろ、このようなメンチを切りながら殺意の波動を出す赤子など、この世界を探しても見つかりはしないぞ。我ならこんな赤子がいたら絶対に近付かぬ。
まず近付きたいと思わぬわ。
赤子とは思えんほど眉根が寄り、下から三角の尖った眼で我を見上げてくる……。
これが殺意でなくてなんだというのだ。
この世界に来て、もう二度と、会うことはないと思っていた者に会ってしまった。
――我らの運命の歯車が、何者かの力によってここでまたかちりと噛み合わさってしまったのだと、思うしかなかった。
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