第12話
コンコンというドアをノックする音で目が覚めた。「はい」と短く返事をしながら、目の端に溜まった涙を拭っていると、病室のドアが開いた。
「真尋」
「お、とうさん……?」
そこには、日本にいるはずのない父親の姿があった。
「ど、どうしたの!?」
「どうしたのってことはないだろう。真尋の容態が急変したって話を聞いて、仕事の都合をつけて飛んできたんだ。遅くなってごめんな。大丈夫か?」
「そうなんだ……。うん、もう大丈夫。ありがとう、お父さん」
「そうか。なら、よかった」
お父さんはベッドの横にあった椅子に座ると「慌てて来たから、土産もなにもなくてごめんな」ともう一度謝った。でも、謝らなければいけないのは私の方だ。心配かけて、こうやって迷惑をかけたのに。なのに、嬉しいと思ってしまったことが罪悪感の塊となって私の心を押しつぶす。
「お土産なんてそんな……。お父さんが来てくれて嬉しい。ごめんね、でもありがとう」
「喜んでくれたなら、来た甲斐があったな。でも、ごめんな。急だったから休みがそんなに取れなくて、今日の夜のフライトでまた帰らなきゃならないんだ」
「今日の、夜……。無理させちゃったね……」
迷惑をかけてしまったことに申し訳なく思っているとお父さんのゴツゴツとした手が私の頭に触れた。
そのままわしゃわしゃと撫でられて、ぐちゃぐちゃになった髪の毛を慌てて直そうとしながら「もう!」と言うと、お父さんは悲しそうに笑った。
「そんなこと言うな。父さんが真尋に会いたかったから来たんだ。それのどこに真尋が謝る必要があるんだ」
「お父さん……」
「娘のことを心配するのは父親として当然のことだろう」
そんな顔をさせてしまったことに、胸が痛む。ごめんね、お父さん。でも、もう生きている間には会えないとそう思っていたから……。だから、迷惑かけたのに嬉しく思ってしまって本当にごめん。
「……母さんも」
「え?」
「母さんも来たがってたんだけど、来れなくてな」
「そういえば、お父さん一人なんだね」
そうだ、こんなこと珍しい。いつも帰国するときはお母さんと一緒だし、そもそもお父さんが一人で病院に来ることなんて今までほとんどなかった。……お父さん一人でだなんてもしかしてお母さんに何かあったんだろうか。帰ってくることができないような何かが……。
「そうなんだ、今ちょっと飛行機に乗れなくてな」
「え、やっぱり何かあったの? 病気? それとも怪我? 私のことなんかよりお母さんについててあげて……!」
「大丈夫、そういうんじゃないんだ。ただちょっと用心のためで」
「だから、何があったの?」
思わず声を荒らげた私に、お父さんは優しく微笑んだ。
「真尋、お前はお姉ちゃんになるんだ」
「おねえ、ちゃん……? それって……」
「ああ、秋が終わるころにはお前の妹か弟が生まれるよ」
「っ……」
私に、妹か弟が……。
じんわりと胸が熱くなる。本当はずっと兄弟がほしかった。病院で年下の子と接するたびに私にも妹か弟がいたらなぁとずっと思っていた。でも、私の病気のことでいっぱいいっぱい迷惑をかけている両親にはそんな我侭は言えなかった。兄弟がいたら、両親の負担が倍以上になることは他の入院している子たちに付き添う親の姿を見てよくわかっていたから。
でも……。
「嬉しそうだな。真尋」
「え……?」
「ずっと兄弟欲しがってたもんな」
だからこそ、お父さんの言葉は私を驚かせた。
だって、そんなこと私今まで一度も言ったことなかったのに……。
「え……?」
「ホントはな、真尋が兄弟を欲しがっていること、お父さんもお母さんもずっと前から気付いてたんだ」
「どうして……」
「どうしてって、そりゃあ親だからな」
もう一度お父さんは私の頭を撫でて、それから申し訳なさそうな顔で「でもな」と続けた。
「わかってはいたんだが、仕事もあっちに行ったりこっちに戻ってきたりと落ち着かなかったし。それに、真尋が入院となった時に下に兄弟がいたらすぐに動けないだろう。けど、ようやく来年からこっちの支店に戻れることになったんだ」
「それって……」
「ああ。真尋が退院したら、母さんと父さんとそれから生まれてくる妹か弟と一緒に日本で暮らせるよ」
「ホントに……!?」
「ああ、ホントだ。今まで寂しい思いをさせてごめんな」
家族みんなで暮らせる……。それも、生まれてくる妹か弟も一緒に。
嬉しい。すっごく嬉しい。生まれたらいっぱいお世話して、妹だったら可愛い服を選んであげるんだ。弟だったら……一緒に、戦いごっこをして……。
そこまで考えて、私はそんな未来が来ることはないことを思いだした。
だって、その子が生まれるころ、私はもうこの世にいないのだから……。
「真尋?」
「え?」
「どうかしたか? もしかして、しんどくなった?」
「あ、ううん。違うの、そうじゃなくて……」
笑え。ちゃんとにっこりと笑うんだ。
そうじゃないと、お父さんが心配する。
「すっごく、楽しみだなって思ったらドキドキして、ちょっと苦しくなっちゃった」
「バカだな」
お父さんはくしゃっと顔を歪ませて笑う。
「少し休んでなさい」と言って、私を無理やりベッドに寝かせると肩まで布団をかけてくれた。
「父さん、看護師さんたちに挨拶してくるから少し寝ているといいよ」
「……わかった」
素直に返事をした私に安心した様子でお父さんは病室から出て行った。
「私が、お姉ちゃん……」
一人残された病室で、呟く。
こんなこと思っても仕方がないのに。望んでも仕方がないのに。でも、それでも……。
「会いたいな。私の、兄弟……」
叶うことのない願いを呟くと、布団に吸い込まれるように、目尻から涙が零れ落ちた。
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