第3章 それでも君のそばにいるよ
第8話
朝、外を見ると太陽の光が反射して世界がきらめいて見えた。
窓の外は昨日までと何も変わっていないはずなのに。
運ばれてきた朝食を食べて、少しドキドキしながら私は病室にいた。死神さんはどんな顔をしてここに来るだろう。昨日は、今まで見たことがないような死神さんを知ることができた気がする。
誰かのことを知りたいと思うだなんて、こんな気持ちになるのはいったいいつぶりだろう。
ほんの少しだけ、心臓のドキドキがうるさい。
息を大きく吸うと、ゆっくりと吐き出した。でも、昨日のことを思いだした私の頬はいつもよりも熱くて、どうしてか気持ちもふわふわしていた。
……なのに。
「来ない」
死神さんはお昼を過ぎても病室に来なかった。いつもなら、この時間には来ているはずなのに。どうしてだろう。昨日は楽しそうにしていたし、別に変な別れ方もしてないはずだ。なのに……。
そのとき、窓のあたりでカタンと何かが当たる音がした。
……もしかして。
「ねえ、死神さん」
誰もいない病室に呼びかける。
すると、窓のそばのカーテンが風もないのに、揺れた。
「そこにいるの? 死神さん」
「……ああ、いるよ」
カーテンが
「いつからそこにいたの?」
「ついさっきだよ」
「本当に?」
一瞬、言葉に詰まったあと「本当だよ」と死神さんは頭を掻いて、それから首に手を当てながら言った。あれは、死神さんの癖なんだろうか。困ったときによくああやって頭や首を掻いている気がする。
「……ふーん。来てたなら、声をかけてくれたらいいのに」
「なにか考え事をしているようだったから、声をかけるのを
いつも通り淡々と死神さんは言う。
いつも通り。びっくりするぐらい、いつも通りに。
昨日はあんなにも死神さんの素の部分に触れられた気がしたのに、今日はまるで昨日のことなんて夢か幻だったかのような態度で、死神さんは私のベッドの横に立つ。
まさか本当にあれは夢だったんじゃあ……。
ううん、そんなわけない。だって――。
私は、ベッドの横に置かれた小さなテーブルの上の紙切れに視線を向けた。そこには、観覧車の半券があった。死神さんと二人で乗った、観覧車の半券が。
「ねえ、死神さん」
「なんだい」
「昨日は楽しかったね」
「……そうだね」
ほら、やっぱりね。夢じゃなかった。
やっぱり、なんて言いながらもほんの少しだけホッとして息を吐く。
でも、じゃあどうして……?
どこか迷惑そうな口調で死神さんは言うと、あからさまに私から視線を逸らす。いったいどうしてしまったというのだろうか。
「ねえ、死神さん」
「だから、なんだい」
「どうしたの?」
「なにが?」
「だって、昨日は――」
私の言葉に、死神さんは首を振って小さくため息を吐いた。
そして、私の言葉を遮るようにして死神さんは言った。
「体調はどうだい?」
「え、あ……うん。大丈夫」
「そうか、ならよかった。それじゃあ僕は今日はもう失礼するよ」
「え……? 来たばっかりじゃない」
「今日はちょっと忙しいんだ。じゃあ、またね」
そう言うと、死神さんはあっという間に窓の向こうに姿を消した。
私はそんな死神さんの態度に、悲しい――と、いうよりもなんだか腹が立ってきた。
だって、昨日はあんなに楽しそうに一緒にいたくせに、どうして今日になってあんな態度を取られなきゃいけないのだろう。そりゃあたしかに、私が振り回してしまった感は否めない。否めないけれど!
……別に、死神さんのことを好きだとかそんなことを言うつもりはない。でも、一緒に出掛けたのが死神さんでよかったと思う程度には、私は死神さんと一緒で楽しかったのに……。
「頭、痛い……」
どうして、なんて考えていてもそんなの私にわかるわけがない。
なぜか身体がとっても重くて眠くなってきた。昨日の疲れが出たのだろうか。
「少し休もうかな」
ベッドに横になると、私は目を瞑った。
「真尋ちゃん」と私の名前を呼ぶ声で目を覚ますと、いつの間にか日が暮れて夕食の時間になっていた。
看護師さんが「ご飯食べれる?」と尋ねたので身体を起こして頷いた。けれど、結局半分ぐらいしか食べることができず、私は酷く眠かったのでトレーを看護師さんが回収しに来る前に、もう一度横になった。
おかしい、と感じたのはその日の夜のことだった。
「っ……はぁ……はぁ……」
息苦しさに目を開けると、部屋の中は真っ暗だった。どうやらまだ夜中のようだ。
何時だろうとスマホに手を伸ばそうとしたけれど、どうしてか身体が動かない。
心臓もいつもよりもドクンドクンとうるさく鳴り響いている。
「な……んで……」
息苦しさが増すとともに、視界が
うっすらと見えたその先に、私は死神さんが立っているのに気付いた。
ああ、そういうことか。ついに、この日が来たのだ。
30日以内だなんて言っていたのに、思ったよりも早かったな……。
もしかすると、だから死神さんはあのタイミングで「思い残すことがないか」なんて私に尋ねたのかもしれない。
だって、死神さんは知っているのだから。私が、いつ死ぬのかを。
「ついに、死ぬの……ね」
何でもないふりをして言った言葉とは裏腹に、どうしてか手が震える。私はそれを気付かれないように指先をギュッと握りしめると、ベッドのそばに立つ死神さんを見上げた。
けれど、死神さんは首を振るとナースコールに手をかけた。
「つれ、て……行って、くれるんじゃ、ない……の?」
そう言ったつもりなのに、息苦しさでヒューヒューと喉から出る音だけが聞こえた。
けれど、死神さんには伝わったようでナースコールを持った手とは反対の手で固く閉じた私の手をそっと包み込むように握りしめた。
その手はひんやりと冷たい。なのに、なぜだろう。こんなにも温かく感じるのは。
でも、そっか……。死ぬということは、こうやって死神さんと一緒に話をしたりすることもなくなってしまうのか。それは、少し寂しい気がする。
そんなことを、ボーっとした頭で考えていると重ねられた手に力が入るのを感じた。
「君はまだ死なない。……死なせない」
私は薄れゆく意識の向こうで、そんな声を聞いた気がした。
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