第15話
その人はニッコリと笑うと、死神さんに話しかけた。
「ねー? 何をしているのかな?」
「……仕事です」
「それはわかっているけど、でも他の仕事もあるよね? 報告書の提出は?」
「今日の夜に……」
「締切、昨日までだったよな?」
その言葉に、死神さんは困ったように頭を掻く。そんな死神さんに「他の仕事を
「持って帰ってやるからさっさと書け」
「ここで、ですか……?」
「嫌なら別にいいけど。お前がペナルティ受けるだけだし。たとえば……担当替えとか」
そう言いながらその人は、私を見る。つられるようにしてこちらを向いた死神さんは私と目が合うと、慌ててテレビ台の下に備え付けられているテーブルを引き出した。
「今すぐ書きます」
「最初からそうしろよ」
死神さんはポケットに入っていた紙を取り出すと、机に向かって何かを書きはじめた。
状況についていけない私はどうしたらいいのか分からずに立ち尽くす。そんな私に、その男性は「ごめんねー、ちょっとこいつ借りるね」と人当たりのよさそうな笑顔を浮かべて言った
このお兄さんはいったい誰なんだろう。こんな人、私知らない。知らないはずだ。けれども、どうしてだろう。どこかで見たことがあるような……。ううーん、思い出せない。
いや、でも今はそんなことよりも。
「あ、あの……!」
「ん?」
「死神さんのこと、見えるんですか?」
「見えるよ?」
その人は、当たり前のようにそう言う。死神さんと喋っていたんだから当然なんだけど、でもこうやって死神さんを見える人に初めて出会ったから驚いてしまう。そして、死神さんが見えるということはつまり……。
「あなたも、もうすぐ死ぬんですか?」
私の問いかけに、その人は一瞬驚いたような顔をした後、ケラケラと笑った。
「あはは、そうきたか」
「違うんですか?」
どうして笑われているのか分からずにちょっとだけムッとした態度を隠せないまま尋ねると「ごめん、ごめん」と言ってその人はもう一度笑った。
「そうだよね、そう思うよね。でも、俺は違うんだ」
「じゃあ……」
「俺は、こいつの上司ね」
「上司?」
と、いうことはつまり……。
「そう、俺も死神なの。だからこいつのことが見えるってこと」
「あなたも、死神……」
「と、いってももう魂を取る仕事はしていないけどね」
「よろしく」と言ってその人は手を差し出した。その手をおずおずと握りしめるけれど、いまいち状況についていけない。この人は死神さんの上司の死神で、えっと……? わからないことが多すぎる。でも……。
死神さんと同じように冷たい手のひらが、この人も生きていないのだということを教えてくれる。
「…………」
黙り込んでしまった私に「まあ、それはいいとして」と言って笑うと、その人は死神さんへと視線を向けた。
「できた?」
「もうちょっと……」
「早くしろよ。俺も戻らなきゃいけないんだから」
「すみません」
死神さんは何かをガリガリと書いている。手元を覗きこもうとした私の視界を遮るように、間に割って入って死神さんの上司の人はもう一度「ごめんねー」と笑いながら言う。
「君は真尋ちゃんだよね」
「どうして……」
「部下の担当の人間の名前は覚えているよ」
「そうなんですか」
ニッコリと笑うその人を見ていると、少しホッとする。表情が見えなくても死神さんの感情はなんとなくわかるようになってきたけれど、でもやっぱり見える方が分かりやすいしなんとなく会話している感があっていい。
「えっと、あの……」
「ん?」
「その、あなたは……」
「ああ、俺? 俺のことはそうだなぁ。お兄ちゃんって――」
「先輩、できました」
「……おう」
死神さんの声に、後ろを向くと手渡された紙を確認して「んじゃ、提出しておくわ」とその人は言う。そして、そのまま帰るのかと思いきや私の方へと向き直った。
「だから、俺のことは――」
「先輩」
「なんだよ」
「……先輩さん?」
「え、そっちで呼んじゃう? お兄ちゃんは?」
「先輩もうお兄ちゃんって年じゃないですし」
「うるさい」
先輩さんが小突くような仕草をすると、手慣れた様子で死神さんはそれを避けた。
どうしてだろうか。先輩さんに話しかけるときの死神さんは、年の離れたお兄ちゃんを慕う弟のようで微笑ましく思える。死神さんってこういう話し方もするんだなぁなんて思っていたらついつい笑ってしまっていた。そんな私を見て死神さんは迷惑そうに先輩さんに言う。
「先輩のせいで笑われたじゃないですか」
「俺関係ないよね? ってか、尻拭いに来てやったのに生意気だな。なに? 真尋ちゃんの前だから?」
「違います」
「ほら、ムキになった」
「もう帰ってくださいよ。書類の提出よろしくお願いします」
窓の向こうに押し出すようにすると、死神さんは先輩さんを追い出そうとする。そんな死神さんに「仕方がないなぁ」と笑うと先輩さんは私に「またね」と手を振った。
「あ、あの!」
「ん?」
「また来てくださいね」
私の言葉が意外だったのか、先輩さんは丸い目をさらに丸くすると死神さんと私の顔を交互に見てニヤリと笑った。
「真尋ちゃんは俺に来てほしいんだって」
「……そうですか」
「真尋ちゃんが俺に会いたいって言うなら、お前に止める権利はないよな?」
「そうですね」
死神さんは不服そうにそう言うと、プイッとそっぽを向いた。「じゃあまた来るね」と言うと、先輩さんはいつも死神さんがそうするように、窓の外へと溶けるようにして消えた。
「ったく……」と小さな声で呟きながらカーテンを閉める死神さんの姿を見ると、なんだか可愛くて笑ってしまった。
「ふふ……」
「なに?」
「なんでもない」
死神さんの口調がなんだか可愛くて、つい笑ってしまう。やっぱり先輩さんがいると、いつもの死神さんよりもダイレクトに感情が伝わってくる気がする。
「ね、死神さん」
「なに?」
「先輩さんと仲良いんだね」
私の言葉に、死神さんはとんでもないとばかりに首を振る。
「別に、上司ってだけで仲がいいわけじゃあ……」
「そうなの?」
「そうだよ。そりゃあ突っかかってくるから話はするし、上司だから相談したりとか、何かあったりしたときはいつも……」
「そうなんだ」
「なに、その顔」
「ふふ、別にー」
クスクスと笑う私にきっと今頃フードの中では、苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。そんな死神さんを想像すると、余計におかしくなって笑いが止まらなくなる。
「あははは……っ……ゲホゲホ」
「もう、なにやってるんだよ」
「ご、ごめん」
笑い過ぎてむせてしまった私に、死神さんは呆れたように言うと冷蔵庫からお水を取り出すと手渡してくれる。
「ありがとう」と言って受け取る時に触れた死神さんの手が冷えたお水よりも冷たくて、こんなにも楽しい時間を過ごしているのにこの人が生きている人間とは違うのだと改めて思い知らされる。
「っ……」
胸が、ズキンと痛んだ。
病気のせいだと思い込もうとしていた。でも……。もうそろそろ、この胸の痛みの正体から、逃げられないかもしれない。
そんな思いを打ち消すように、私は冷たい水を一気に喉の奥へと流し込んだ。まるで胸の中で
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