第19話
その日の夜、私は一人考えていた。
私以外にも担当を持っていると言うこと。そしてこの間、死神さんはこの病院の中を歩けないと言っていた先輩さんの話を。
もしかしたら、この病院の中に、私以外にも担当の人がいるということ……?
それも私の移動範囲内に? それはつまり……。
「やだっ……」
背筋がゾクッとする。そんなこと考えたくない。でも、そう考えると辻褄が合う気がする。そういえば、いつだって死神さんは窓からこの部屋に入ってきていた。まるで、病院内をうろつくのがまずいかのように。
「ねえ、死神さん」
いくら考えていても仕方ない。私だけじゃあ、答えは出ないんだから。
私は、真っ暗な病室の中で死神さんの名前を呼んだ。
でも……。
「……あれ?」
いつもなら、すぐに返事が来るのに今日は誰の声も聞こえない。窓も開かない。風も吹き込まない。
どうしたんだろう……。
「死神さん……?」
もう一度、名前を呼んでみる。
けれど、誰の声も聞こえないシンとした部屋に、私のドクドクと鳴り響く心臓の音だけが聞こえる。嫌な、予感がする。
まさか、もしかして、ううん、でも……。
どうしようかと思いながら、身体を起こす。その瞬間、カラカラカラと窓の開く音が聞こえて、私は勢いよく窓の方を見た。
「死神さ……っ!」
けれど、そこにいたのは死神さんではなく――。
「こーんばーんは」
窓に足をかけて座る、先輩さんの姿だった。
いつものようににっこりと笑うけれど、どうしてだろう。先輩さんが
「先輩さん……? あ、あの……」
「ねえ、真尋ちゃん」
けれど、先輩さんは私の声なんて聞こえてなどいないかのように話し続ける。
「あいつがどこにいるか、教えてあげようか?」
「え……?」
あいつというのはもしかして……。
ニッコリと笑うと先輩さんは、ポケットから何かを取り出した。
「それって……」
見覚えのある気がするそれは、手帳のような形をしていた。
もしかして……。
「死神さんの……?」
「よく知ってるね」
くるりとひっくり返して表紙を見せてくれる。そこには、あの日見た頭の欠けた星が書かれていた。
それはいつか死神さんがポケットから出した、私の名前が載っているあの手帳だった。
「そう、あいつの手帳だよ」
「それがどうしたっていうんですか……?」
「聞いたことない? これにはね、担当の人間の名前と死因、そして死亡する日付が書かれているんだ。もちろん真尋ちゃんのもここに書かれている」
「だから、なんだって――」
「ここに名前の書かれている中に、今日死ぬ人間がいるんだ」
「え……?」
先輩さんはパラパラとページをめくると、私に見せつけるようにして差し出した。そのページには、私もよく知っている名前が書いてあった。
「八城……望ちゃん……?」
「あはは、そうだよ。今頃あいつは、君が仲良しのあの小さな女の子の魂を取りに行ってるんだ」
「どう、し……」
「ん?」
「なんで、そんなこと……」
私は、先輩さんから言われたことが見せられたものが信じられなくて、ううん、信じたくなくて、イヤイヤをする子どものように首を振る。そんな話聞きたくない。聞きたく何てなかった。なのに、どうして……。
顔を背けようとする私の頬に手を添えると、先輩さんは「逃げるな」と言って、私と目を合わせた。
「それが俺たちの、あいつの仕事だからだよ」
「だからって……どうしてそれを私に言うんですか?」
「ん?」
「だってそんなこと聞かされたら、私……」
「悲しいって? 辛いって? あいつのことを嫌いになってしまうって?」
「っ……」
言葉を失った私に、先輩さんは声を上げて笑う。
泣きたくないのに、生理的に涙が出そうになる。そんな私を先輩さんは鼻で笑うと、吐き捨てるように言った。
「虫唾が走るんだよ」
「なっ……」
「バカの一つ覚えのように、死神さん死神さんって。真尋ちゃん、君が目を背けている間に、君の知らないところであいつが何をやっているのか知っているの? それでもあいつを好きだって言えるのか?」
「そんなの……!」
「知らないって? でも、君はあいつが死神だってことを知っているんだろう? 魂を取っていくということがどういうことか、ちょっと想像すればわかることだろう?」
「どうして……」
どうして、そんなことを言うの……?
だって、私が死神さんを好きだって知ったときも、先輩さんはバカだなぁと言うかのように悲しそうに笑ってくれていたのに。なのに、どうしてこんな……。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を、パジャマの袖で必死に拭いながら私は先輩さんを睨みつけるようにして見つめた。
「ふっ、ははっ。そんな顔で俺を睨んだって、なんにも変らないさ。さあ、今頃あいつはあの子の部屋で何をしているのかな」
「っ……」
私は、先輩さんの手を振り払うと病室を飛び出した。
私の部屋から少し離れたところにある望ちゃんの病室。薄明りの廊下の向こうにそれが見えた瞬間、私はホッと息を吐きだした。特に誰かが病室に出入りしている様子もない。と、いうことは望ちゃんに異変はないはずだ。だって、本当に何かあったのであればバタバタと先生や看護師さんたちが病室に向かうから。あれはきっと私を焦らせるための、嘘だったんだ。きっとそう。そうに決まっている。
バクバクと音を立てていた心臓を落ち着けるために、深呼吸して、それから望ちゃんの病室のドアに手をかけた。
「え……?」
そっと開けたドアの向こうから、風が吹いた。
「なん、で……」
そこには、よく知っている彼の姿があった。
大きな鎌を望ちゃんの喉元に突き刺した、死神さんの姿が。
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