第6章 死神のお仕事
第18話
翌日も、その翌日も死神さんと一緒に先輩さんは顔を出してくれた。
「好き」と、誰もいない病室で口に出してしまったあの日から、どんどんと死神さんへの気持ちが加速していっていた。死神さんの姿を見るだけで心臓がドキドキする。「君」と呼びかけられるだけで胸が締め付けられるように苦しくなる。このまま好きになったって仕方がない。そうわかっているのに……。
「そういえば、ここって一人部屋なんだよね」
「はい。大部屋もあるけど小さい子が多いので、私は個室にしてもらっています」
「ふーん。寂しくない?」
先輩さんは何の気なしにそう尋ねてくる。寂しくないわけはない。でも、小さな子の泣き声を聞いている方が辛いし、嫌なことや辛いことがあったときでも個室なら誰にもその姿を見られずに済むから気が楽だ。
……それに。
「最近は死神さんが来てくれるから……」
「へえ?」
「前までは夕方とか、あと夜中に目が覚めたときとかなんとなく気持ちが落ち込んだり寂しくなったりしたこともあったけど、今は大丈夫です」
そう言った私に先輩さんは何か引っかかったところがあったのか「夜中?」と尋ねてきたので、私は「はい」と答えた。
「え、こいつそんなことしてるの?」
「そうですけど……。え、どうしてです?」
「お前……」
私の言葉に、先輩さんが怪訝そうな顔をして死神さんを見た。死神さんは先輩さんから顔を背けると「別にいいじゃないですか」と言い訳をするかのように小さな声で呟いた。
「いや、そりゃいいけどさ。ちゃんと他の担当の仕事もやってるか? たとえば……」
「やってますよ。大丈夫です」
「ならいいけど……。他が疎かになるようであれば、担当替えも考えるからな」
「……はい」
うな垂れるようにして返事をする死神さんの姿が、まるでお母さんに怒られている小さな子どものようで思わず笑ってしまう。
「なんだよ」なんて言う声が少し拗ねたように聞こえて、可愛く思えてしまう。
そういえば、死神さんはいくつなんだろう。落ち着いている雰囲気だから、私よりも年上なのかな、なんて思っていたけれど……。そもそも死神に年齢があるのかどうかすらわからない。もともとは人間だった、なんて言ってたし死んだときの年齢?
聞いてみたい気もするけれど、どこまで深く聞いてもいいのかがわからない。そもそも聞いたところで答えてくれるかどうかもわからないんだけど……。
「どうしたの?」
「え?」
「百面相してる」
「そ、そんなこと……」
「なにかこいつに、聞きたいことでもあった?」
先輩さんは何でもお見通しとばかりに、ニッコリと笑う。聞きたいこと、聞いてもいいのかな……。
「あの、えっと……」
「ん?」
とはいえ、なんとなく聞きづらい。でも、せっかくこう言ってくれているんだから……。私は死神さんの方へと向き直って「あのね」と声をかけた。
「死神さんの担当って、私以外にもいるの?」
「え?」
「ほら、さっき言ってたじゃない。他の担当って。あれは、私以外にも担当がいるっていうことなの?」
「あー……うん、まあね」
死神さんは言葉を
「せんぱ……」
「真尋ちゃんだけじゃなくて何人も受け持っているよ」
「そうなんですか?」
「死神の数はそう多くないからね」
そうなんだ、と思いながら死神さんの方を見る。すると、目なんか合うはずがないのに、死神さんは露骨に顔を背けた。
どうして……?
「まあ、だからこいつがあまりにも他の仕事を疎かにしているなら真尋ちゃんの担当を外れてもらうこともあるかもね、って話だよ」
「そう、なんですか……」
「大丈夫だから」
「ホントか?」
「はい」
「ならいいけど」
真面目に答える死神さんとは対照的に、どこか楽しそうな口調の先輩さん。これは、もしかしなくても……。
「死神さんをからかって遊んでいる……?」
「お、よくわかったね」
「なっ……先輩!」
「おー怖い怖い。じゃあ、こいつが怖いし今日のところはこれで戻るね」
「あ、はい。また明日」
「……うん、またね」
そう言うと、先輩は去って行く。
残された私は、なんとなくさっきの話の続きをする気にもなれずに黙り込んでしまっていた。
そんな私に、死神さんは言う。
「他には」
「え?」
「だから、他には何か聞きたいことってないの?」
「答えてくれるの?」
「まあ、答えられることなら」
「ないなら、別にいいけど」なんて言い出した死神さんに慌てて私は質問を投げかけた。
「そ、それじゃあ……好きな食べ物は?」
「……前も言ったと思うけど、死神に食事をするっていう
「生きていたときでもいいよ」
「……そうだな。しいていうならオムライス、かな」
「可愛い」
「うるさいよ」
恥ずかしそうに言う死神さんに思わず笑ってしまう。
そのあとも私はいくつかの質問をした。全部に答えてくれるわけじゃなかったけれど、でも死神さんは答えられる質問に対して丁寧に返事をしてくれた。
「じゃ、じゃあ……」
「まだあるの?」
「これで最後。……死神さんは、何歳ですか?」
「……それは」
口ごもってしまった死神さんを見て、ああこれは答えられない質問だったのかとガッカリしてしまう。でも、それでもたくさんのことに答えてくれんだから感謝しなければ。
ガッカリとした顔を隠すと「なんでもない」と笑顔を浮かべる。
でも、そんな私に死神さんは聞き取れるか取れないかぐらいの小さな声で呟いた。
「……上だよ」
「え?」
思わず聞き返した私に、死神さんは「だから」と困ったような怒ったような声を出したかと思うと、一瞬の間のあと諦めたように口を開いた。
「君よりも少し年上、だよ」
「そっか」
「うん」
具体的に何歳という答えはもらえなかったけれど、十分だった。そっか、やっぱり死神さんは私よりも年上だったんだ。それが今の年なのか、それとも死んでしまったときの年なのかは聞けなかったけれど、でもそれでもよかった。
「ありがとう、なんだか死神さんのことがたくさん知れた気がする」
「それはよかった」
「でも、どうして教えてくれようと思ったの?」
私は疑問を直接ぶつけた。
どうしてそんな気になったのか、もしかして死神さんの中での私への気持ちに何か……。
でも、そんな淡い期待はあっさりと裏切られた。
「僕だけ君の情報を知っていて、君は僕のことを何一つ知らないなんてフェアじゃないなと思って」
「フェア……?」
「そう。それだけだよ」
「そ……っか」
どうしてだろう、さっきまであんなに心がふわふわとしていたのに、今は一気に冷たくなっていく。
悲しい、寂しい、切ない……。
いろいろな感情がごちゃまぜになって、どういう表情をしたらいいのかもわからなくなる。
「そう、だよね……。お仕事、だもんね」
「え……?」
「変なこと聞いちゃって、ごめん、ね……」
「っ……」
笑え、にっこりといつものように、笑え。
そう思っているのに、泣きそうになるのを抑えることができない。
「あ……」
「ごめん」
「え……?」
「いじわるな言い方、した」
「死神さん……?」
ガシガシとフードの上から頭を掻くと、死神さんは「あー」とか「うー」とか
「その……君になら答えてもいいって思ったから、答えたんだ。別に、仕事だからとか義務だからとか、そういうのじゃない」
「それって……」
「だからといって、深い意味があるわけでもないけどね」
死神さんは一気に捲し立てるようにそう言うと「それじゃあ、今日はもう戻るね」と慌てて窓の向こうへと姿を消した。
残された私は、いつものように一人になる。でも、心臓のドキドキと頬の火照りでなんだかふわふわとした気持ちでいっぱいだった。
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