5-4 かくれんぼ

「このクソ野郎がああああああ!!死ねええええええええええ!!」


 小さいショゴスたちが次々とケースケへと躍りかかり、巨大なショゴスたちは触手を弾丸のように飛ばしてケースケの肉体を穿ちにかかる。

 風香の怒りは、ケースケが『銀の操手』を和葉に渡したことに起因する。『銀の操手』は涼森家が所有する独自の技術の一つだが、独占技術とは外部に漏らさないからこそ意味を持つ。神話技術に特許はないので、一度漏れれば価値は激減する。神話技術を金儲けの道具としか考えていない風香にとっては、金の卵を一つ潰されたようなものだ。

 一度頭に血が上った風香は、ただ怒りに任せてショゴスによる猛攻をかける。

 ケースケは身を低くし、四足移動で獣のようにショゴスたちの攻撃をかわしていく。その動きは、以前のケースケとは比べ物にならないほどに向上しており、野性的であった。


 今のケースケは、人間の記憶に引きずられていた頃のケースケではない。ショゴスの変身能力は、自分自身のイメージによるところが大きい。自分が人間であると思っているうちは、普通の人間ていどの身体能力しか出せないが、自身をショゴスであると自覚したケースケは、種族本来の身体能力を取り戻しつつある。

 骨格生物の瞬発力と液体生物の柔軟性を兼ね備えた神話生物。それがショゴスだ。一つ動作するごとに、ケースケは自分の肉体の動かし方を理解していく。徐々に素早く、非人間的な動作が増えていき、超人的なものへと昇華していく。

 が、それだけだった。

 ケースケの動きは、確かに超人めいていた。肉食獣にも引けを取らぬ俊敏性を手に入れつつあったが、そんなものは質量の暴力の前ではあまりに無意味な抵抗だった。


 ふと、ケースケの足元に影が差す。

 見上げると、玉虫色の巨体が眼前に迫っていた。あらかじめ天井にショゴスを潜ませておき、ケースケが真下に来た時に落下させたのだ。回避をする余裕などなく、十トントラックが衝突したような衝撃とともに、ケースケは巨大なショゴスに潰された。

 風香が合図を送ると、ケースケを下敷きにしたショゴスはキューブ上に形を変え、肉体を硬質化させていく。即席の牢屋の完成だった。


「うふふ、死んではいないわよね?ショゴスであるあなたが、物理攻撃で簡単に死ぬわけがないもの。でも、その中じゃ、身動きが取れないでしょう?」


 ケースケを取り込み、キューブとなったショゴスに近づく。玉虫色に輝く巨大なキューブは、不気味なオブジェのようだった。

 と、その一面に、一筋の線が入ったかと思うと、風香の頬に赤い線が走った。


「なっ!?」


 何かが頬をかすった。そう認識するや否や、風香は慌ててキューブから距離を取る。

 瞬間、キューブは真っ二つに割れ、中からケースケが躍り出た。手に握るは玉虫色に輝く異様な刀『玉虫磨穿』。その剣閃はそれに留まることなく、不用意に近づいた風香を襲う。

 風香は再びショゴスを硬質化。球状の鎧を展開する。

 球という形状は、他のあらゆる形状の中でも、もっとも攻撃を逸らしやすい形である。斬撃の場合、正確に真中を狙わねば軌道は逸らされてしまう。

 だが、玉虫の刃は逸れることなく、防壁を容易く切断して風香に迫る。とっさに後方に下がってそれを避けた風香の肩に痛みが走る。刃の切っ先が、わずかに届いたのだ。


「ショゴスを、斬った、ですって?」


 液状生物ショゴスは、その肉体を軟体から硬体まで自在に変化できる。硬質化したショゴスの肉体は、鋼鉄とまではいかないまでも、それに近い硬度を誇る。それをいともあっさり、紙でも斬るように容易に斬り裂いてしまった。

 得体のしれない攻撃に、風香はケースケへの警戒を強め、ショゴスたちをけしかける。玉虫の刃は飛びかかってくるショゴスを斬り裂き、弾丸のように襲ってくる触手を弾く。

 手数の多さを盾に、風香はケースケから再度距離をとる。原理こそわからないが、あの刀は危険だ。接近されれば、首を取られかねないと十分理解できた。

 ケースケは実は剣の達人――というわけではない。ショゴス相手に振り回すその剣筋はめちゃくちゃだ。だが、先ほど球状装甲を突破したということは、球の真中を狙えるほど精密な剣筋ができていたということだ。素人の乱雑な動きでありながら、達人級の精密な剣筋。矛盾する二つの要素に、風香は混乱した。


「(っ、なんつー刀だよ!まるで精密機械だ。かなり神経を使う。これ作った奴、頭おかしいんじゃねえの!?助けられちゃいるが、もっと扱いやすい武器はなかったのかよ……)」


 刃風を巻き起こすケースケが、一息ため息を吐く。人外の身体能力を持つケースケに肉体的疲れはほぼないが、刀の扱いにくさに気疲れを起こし始めていた。

 奇剣『玉虫磨穿』。その切れ味の秘密は、刀身に血脈のごとく無数に走る空洞と柄に仕込まれた針にあった。

 刀の切れ味は、刀身の重心位置と重さ、そして剣速で決まる。当然のことながら、速く、重く、重心に近い位置で標的に当たれば、最高の殺傷力を生み出すことができる。だが、刀身が重ければそれだけ剣速も鈍るというジレンマが存在する。

 玉虫磨穿はある意味、そのジレンマを克服した刀だ。

 針の仕込まれた柄を握り締めると、当然体液が流れ出る。針は空洞になっており、体液は針を通って流れ、刀身の空洞へと流れつく。あとは単純な話で、刀身内の体液を移動させることにより、刀の重心位置を自由自在に変えることができるのだ。

 それによって可能になるのは切れ味の変化だけではない。高速で振り下ろすことも、寸止めも、通常ではありえない精密な軌道で刀を振り回すことも、自在に可能になる。球体の真中に合わせるなど、造作もなかった。

 玉虫磨穿はシンプルな構造ながらも、その実、力学と材料学に基づいた科学的武装だ。ただし、この刀は人間に使いこなすことはできない。

 玉虫磨穿は体液を自在に操ることができる生物が使って、初めて真価を発揮する武器。つまるところ、ショゴスのような液体生物が扱うことを前提とした武器なのだ。

 誰が、なんのために、こんな刀を作ったのか。興味はあったが、ケースケにはどうでもよかった。利用するのにちょうどいいものだから使う。ただ、それだけだ。

 玉虫磨穿の原理を知らない風香は、警戒して距離を取って戦うしかなかった。だが、それはもっとも有効な戦術だ。いくらすさまじい切れ味を生み出したとしても、玉虫磨穿は刀の範疇を超えない。近接戦さえ避け続ければ、いずれは風香に軍配が上がる。

 一つ、風香に誤算があるとすれば、ケースケと風香の認識の違い。風香の勝利条件はケースケの無力化であり、風香は相手も同じように自分を殺しにかかってきていると思っていた。だが、ケースケの狙いは、風香を倒すことではなかった。

 ケースケはショゴスたちを退けながら前進し続け、風香はそれに合わせて後退し続ける。それで膠着状態にあると思われたが、ケースケはある地点まで来ると風香を追撃することを止め、横っ跳びにその場を離れた。


「しまっ!?」


 風香がケースケの狙いを悟り、歯噛みするが遅かった。ケースケの接近を恐れるあまり、自分が雨音の横たわる場所まで後退させられていたことに気付かなかった。

 ケースケは身動きのできない雨音を抱きかかえると、出口に向かって走り出す。ケースケは初めから風香を倒すつもりなどなく、雨音の救出を第一に置いて行動していたのだ。


「逃がすかっ!」


 風香はすかさずショゴスたちを畳みかける。雨音を回収されても、この場から逃がさなければ負けではない。雨音を抱えたケースケならば、捕らえるのも難しくないはずだ。


「ちっ」


 舌打ちし、方向転換を強いられるケースケ。通常でも回避で手一杯なのだ。雨音を抱えてショゴスたちの攻撃をかいくぐるなど不可能だ。脇部屋に飛び込み、追撃を避ける。


「逃がすか!」


 圧倒的質量による薙ぎ払い。ケースケの逃げ込んだ部屋は、部屋ごと吹き飛ばされた。


「はぁはぁ……いな、い……」


 覗きこんだ室内には、ケースケの死体も、雨音の死体もなかった。

 元々廃工場であるこの場所は、老朽化により穴が空いてしまっている場所も多い。おそらく、壁に穴があるのを見つけ、そこから脱出したのだろう。


「くっそ、厄介な……」


 まだ工場内にいることは間違いないだろうが、敷地内は広く、隠れる場所は無数にある。ここで逃げられることは、風香にとってとても不利だ。

 風香はショゴスたちを動かし、工場から逃げる者がいないように取り囲ませる。自身の守りが薄くなるがいたしかたない。

 つっ、と風香の鼻から鼻血が流れる。『銀の操手』を用いて大量のショゴスを広範囲で操ったことにより、脳に過負荷がかかっているのだ。

 だが、彼女は気にせず、ショゴスを従えて自身も探索に出る。


「なぁに、お兄ちゃん。かくれんぼ?懐かしいなぁ。よく一緒に遊んだよね?覚えてる?私、隠れるのは下手だけど、見つけるのは得意なんだよ。だから――」


 昔を懐かしむように、少女らしい無邪気な笑顔で鬼は笑う。


「死ぬ気で、隠れてね?」

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