瓶詰めお化けは眠れない

くろまりも

序の序

0-0 宇宙人の科学館

「ねえ、なんでお空は緑色をしているの?」


 最近の子どもはこんな風に聞くらしい。

 それに対して大人は苦笑しながら、「スフィアが緑色だからだよ。君が生まれた頃のお空は青色だったんだ」と答える。

 他国から飛んできたミサイル攻撃への防御として、日本政府が自国周辺に電磁バリア『スフィア』を展開し始めてから約七年。一体どこにそんなものを隠し持ってたんだと国民から総ツッコミを受けながらも、日本は壊滅の危機をなんとか凌いだ。

 以来、日本は鎖国ならぬ閉国を続けている。スフィアを展開している限り、他国と外交をすることが物理的に不可能だからだ。在日外国人を中心にスフィアの解除を求めるデモが時折起きるが、今解除すると放射能で国がやばいということで未だにスフィアが解かれる気配がない。以後、一部国民と政府の間でギスギスした関係が続いている。

 余談だが、この事態を重く見たネット民たちは一致団結し、日本防衛バリア娘『スフィアたん』をイラスト化。スフィア展開の理解を国民に広め、国民と政府の関係緩和に一役買ったらしい。大丈夫か、この国は。

 なお、デモ参加者の中には「スフィア解除には賛成ですが、スフィアたんは大好きです」と真顔で答える奴が結構いる。たぶん、日本は滅びるその日までこんな感じなのだろう。


 閑話休題。


 スフィアはその名の通り、球形のバリアを展開している。球形であるということは、当然中心が存在する。

 電磁バリアの影響で人工衛星との通信も途絶えているため、その場所を正確に把握している国民はいない。多くの国民は東京などの主要都市が中心地であると考えているが、実際には『布槌』という地方都市がそうであり、これは国家機密として隠蔽されていた。

 布槌について人に聞くと、地元の人間は「都会だ」と即答し、その他からは「あー、知ってる。……地図で指せって言われてもわからないけど」という答えが返ってくる。

 分類でいえば都市に入るのだろうが、高層ビルの合間にぽっかり穴が開いたように自然林が出現したり廃屋に迷い込んだりするので、いまいち栄えているように感じられない。

 名物は齧ると絶叫をあげ赤い餡子をほとばしらすコケシ焼きと、青い体液がさわやかと評判の布槌原産謎虫てんこ盛り丼。町興しのために開発され、媒体にも大いに取り上げられたが、どう考えても頑張る方向性を間違えているのは明白だ。他に名産と言えるようなものはなく、住人の味覚センスを除けば、世はこともなしと安寧を貪る普通の街だ。


 だが、そんな街でも、人が住む以上は何かしらの事件が起こる。地方であるがために大新聞の一面には載らないが、猟奇的な内容のものも数多く存在した。

 曰く、山寄りの小さな村の住人たちが、一夜にしていなくなった。

 曰く、病院の屋上で、からからに干からびた死体が発見された。

 曰く、白昼の街中で、首を切り落とされる辻斬り事件が起きた。

 そんな、オカルト雑誌に載っていそうな内容の記事が、布槌の地方紙では大真面目に掲載されている。布槌の外からやってきた人間がこれを見ると、ゴシップ誌を間違って手にとってしまったという可能性をまず疑うほどだ。ごく一部のオカルトマニアにとって、布槌は神がかりな穴場と認知されているので、ある意味間違ってはいないのだが。

 だが、そんなコアなオカルトマニアですら知らない数値的な事実がある。それは、この土地の年間行方不明者が二百名を超え、その多くが未発見のまま終わるということだ。

 もはや呪われているとしか思えないようなこの数値は、建前:住民を不安にさせるわけにはいかない(本音:警察や地方自治体の能力不足を指摘されるのが嫌)という、実に大人気無い大人の事情から隠されていた。

 しかし、全面的に、彼らの能力不足が原因と言いきれないのも事実。この土地では、あまりにも不可解な事件が多すぎた。


 今回起きた事件の中心地である『宇宙人の科学館』も、なにかと怪しい噂の絶えない場所の一つだった。念のために指摘しておくが、『宇宙の科学館』ではなく、『宇宙人の科学館』である。名前からしてすでにかなり怪しい。

 駅からは言うに及ばず、国道からも外れているので、ちょっとドライブがてらに立ち寄るなど努々考えられない最果ての立地に、その科学館はぽつねんと建っていた。

 タウン誌に情報公開しているわけでもなく、地元の人間ですら(たまたま行き着いたとして)「あれ、ここって科学館だったの?」といった感じで意外がる二階建ての建造物は、やはりと言うべきか、常時閑古鳥が鳴いており、客が入ることすらまれである。

 さて、そんな科学館に展示されているものといえば、摩訶不思議な品々と相場が決まっているものだが、その内容は不可思議を通り越して珍妙であった。

 巨大な角を持ち、六本足で屹立する奇妙な犀のような骨を、『犀に酷似した宇宙生物の骨格標本』と銘打っているのは序の口。人間の頭が入る程度の金属円筒を置いて、ただタイトルに『異星の技術で作られたオーバーテクノロジー』と書いているだけのものすらある。


 その例で言えば、『その刀』もまた、珍妙不可思議と言える一品だった。

 まず、握り手であるはずの柄に、幾本もの棘がついていた。これでは、手に棘が突き刺さって、まともに握れないのは明白だ。

 また、これは実際に手に取ってみなければわからないことだが、この刀は異常なほどに軽い。それは、軽い金属を使っているというわけではなく、刀身の中にいくつもに枝分かれした空洞が存在するためだった。

 刀というのは、大きく分けて二種類の鋼が使われている。中心に近い部分に比較的柔らかい鋼を使うことで衝撃を吸収する緩衝材として折れにくくし、外側に硬い鋼を使うことで日本刀特有の斬れ味を生み出す。刀を軽くするために、刀身に溝を掘ることはあるが、中心部に空洞を作ってしまうと、刀としての強度を保てない。その観点からいくと、この刀は、間違いなく、欠陥品だ。

 そして、最後に、明らかに普通の刀と違う点がある。

 その刀の刀身は、非常に鮮やかな『玉虫色』なのだ。

 錆や光の反射を防ぐために、刀身に特殊な塗料を塗ることはあるが、これは明らかにそういったたぐいのものではない。玉虫色の鋼という、どのような技術でもって精錬されたかすらわからない金属で製作されているのだった。

 この刀の来歴を知れば、刀に詳しいものは驚きを禁じえないだろう。

 これが実際に使われたものであり、刃こぼれ一つない状態でここに展示されているということを知ったのならば。

 そして、疑問に思うことだろう。

 この刀は一体どのような人物によって使われ、どのような用途に用いられたのであろうかと。


 では、語ろうか。

 総長三尺六寸。乱れ刃・重花丁子。銘を『玉虫磨穿』。製作者は『宇宙人』。

 その刀と使い手の数奇なる物語を。

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