2-3 神話生物

『宇宙人の科学館』は大きく分けて5つのブースに分かれており、それぞれ『旅路の間』『宝石の間』『戦士の間』『神話の間』『生物の間』と名付けられている。

 ケースケが初めに見たのは、そのうちの『戦士の間』であり、刀剣や鎧といった武器・防具類が展示されていた。すべて宇宙人が使っている本物であるという触れ込みで、中にはどうやって使うのかよくわからないものまで混ざっている。

 この手の意味不明な武器類というのは男心をくすぐるものがある。ケースケは興味津々といった様子で眺め始めるが、和葉はそれを引っ張って2階フロアへと連れて行く。

 2階フロアにある展示スペースは2つ。そのうち、『神話の間』も無視し、和葉はケースケを最奥の『生物の間』へと連れて行った。


 怪しさと胡散臭さを足して2を掛けたような『宇宙人の科学館』内において、『生物の間』はことさらに不気味な雰囲気を醸し出していた。

『生物の間』に入ってすぐの左右には、『ダゴン』『ハイドラ』と掲題された、巨大な魚人間の標本が飾られていた。猿と魚を合わせて作られたという人魚のミイラと同じで、これらもきっと偽物だろう。こんな生物が存在するわけがない。

 地球上に存在するはずのない架空生物の展示室。それが『生物の間』だった。

 しかし、ケースケには、それらをただの妄想の産物と片づけることはできなかった。というのも、彼の目の前には、忘れようとも忘れられない怪物が鎮座していたからだ。


『生物の間』のブースに入って真正面に位置する、ガラス張りの巨大なショーケース。それはどうやら中が大きな冷凍庫になっているようであり、外からでも冷気が感じ取れた。そして、そこには氷漬けの『巨大な玉虫色の生物』が入っていた。

 それは見間違いようもなく、昨夜病院を襲ったあの玉虫色の怪物だった。

 展示物の説明文には、『北極で発見された氷漬けの液状宇宙生物・ショゴス』と書かれている。ガラス越しでも感じられるその威容に、ケースケはただただ気分が悪くなった。


「……これ、なんだよ」

「ショゴス。宇宙全体から見ても、もっとも危険な生物の一つと言われています。性質は極めて凶暴。動くものなら何でも食べるほど食欲旺盛。力は強いが、知能は低い。『ディープワン』と呼ばれる宇宙人は、これを機械で操って兵隊代わりに使っているそうです。人間の宇宙人研究家の間でも、ショゴスを研究している人は多いですよ」

「話が長くてわからん。短く頼む」

「要するに、大きくて強いスライムです」

「おー、なるほどー。こんなのいるのか。すげーなー」

「……先輩って、その、独特の思考回路をお持ちですね」

「うっせぇよ!バカってはっきり言えよ!自分でもそうじゃないかなって、薄々自覚してるよ!バカで悪いか!バカって言った方がバカなんだぞ、このバーカ!」


 その理屈だと、先輩が一方的にバカになるのではと思ったが、いろいろと察した和葉は言わないでおいた。ぴょんぴょん跳ねながら、全身で怒りをアピールするケースケを見て、やんちゃな子どもを見守る母親のような苦笑を浮かべる。


「あの、私が言うのもなんですけど、宇宙人だとか、ショゴスだとか、そんなSFじみた話を聞いて鵜呑みにしていいんですか?もう少し嘘を疑ったりしてみては?」

「あ?和葉、嘘ついたのか?」

「いえ、嘘をついたわけではないですけど……」

「じゃあ、いいじゃねえか。そりゃ簡単に信じられるかって言われたら信じられねえし、正直こいつ電波系なのかなーとか思ってるけどさ。いちいち疑ってたら、すぐに頭が破裂しちまうだろうがよ。さっきも言ったけど、俺は頭わりぃんだ。」


 ならば悩むだけ無駄だとでも言うように、ケースケは和葉の話をあっさりと受け入れてしまう。それどころか、早く話の続きを話してくれと目で訴えてくる。

 そんなケースケの反応に、和葉は驚いたような拍子抜けしたような顔になる。


「……やっぱり先輩は先輩ですね。雨音さんが悩むわけです」

「おー、雨音、なんか悩み事あんのか。大変だな」

「先輩のせい、なんですけどね……。まぁ、いいです。では、なるべく噛み砕いて簡潔に話しますね。つまり、地球には、多くの宇宙生物が隠れ住んでいるんです。彼らが歴史の表舞台に出てくることはめったにありませんが、太古の昔から確実に存在していました」

「隠れた宇宙生物……えっと、つまり、スカイフィッシュみたいな?」

「それは未確認生物です。だけど、まぁ、そういう認識で構いません。時に神と崇められ、神話や伝説で語られているような宇宙種族。宇宙人探究者Pray Chaserは、彼らのことを総称して『神話生物』と呼んでいます」

祈りの探究者Pray Chaser?」

「危険を知ってなお探究することからそういう呼ばれ方をするようになったんですよ。あるいは単に探究者Chaserとも呼ばれます。……先輩、『スフィア』ってご存知ですか?」


 唐突な話題転換に疑問を抱きつつも、ケースケは質問に答える。


「ミサイル攻撃を防御するために、日本をすっぽり包むようにして張り巡らされたバリアのことだろ?今解除すると放射能が降り注ぐから、七年間放置されてる」

「それは間違いです。スフィアは日本政府が張り巡らせたものではなく、神話生物の手によって張られたものですから。ミサイル攻撃の話はでっち上げです」


 さらっと吐かれた言葉に、ケースケはぽかんとした顔になる。

 スフィアは日本政府が極秘裏に開発した本土防衛用システムという触れ込みだ。それを宇宙人の技術と主張されても、普通ならただの妄想と笑い飛ばすところだろう。


「実際にはミサイルは飛んできていませんし、日本政府も何もしていません。スフィアは『解除しない』んじゃなくて、『解除できない』。どんな神話生物が、何の目的でスフィアを展開したのか、どうやったら解除できるかもわからないから、国民を混乱させないように政府が総力を挙げて嘘を吐いたんです」


 とんでもない話だ。こんなことを公然と主張しても、頭のおかしい人間と思われるのがオチだろう。だが、ケースケは不思議と笑い飛ばす気にもなれなかった。


「人間と神話生物の間には、絶望的と言えるレベルの技術格差があります。神話生物にも様々な種族がいますが、その多くが鼻歌交じりで地球を滅ぼせるだけの技術力を持っています。人類がまだ絶滅していないのは、ただ単に運がいいからに過ぎません」


 ケースケは病院に出現したショゴスのことを思い出していた。たった二体のショゴスに、病院の人間は皆殺しにされてしまった。もしあれが量産されて世界中にばらまかれたと想像すると……人類絶滅も夢物語ではないと思えてしまう。


「神話生物の存在が秘匿されているのもそれが理由です。人類は一致団結して神話生物に対抗するのではなく、人間の科学力が神話生物の科学力に追いつくまでの間、彼らを刺激しないようにする道を選びました。公表してしまえば、少なくない数の人間が、神話生物全滅なんていう無謀な挑戦をするでしょうから」

「……あぁ、確かにそういう奴は結構いそうだ。でも、見て見ぬ振りってのもなんだかな」

「完全に見て見ぬ振りというわけではありません。各国政府は神話生物技術の取り込みに力を入れていますし、大昔から神話生物の研究をしている団体も無数にあります。無所属でも個人的に研究をする探究者Chaserは少なくないです」


 そういえば、彼女は自分のことを宇宙人の研究家と名乗っていた。どこかの団体に所属しているのか個人でやっているかは不明だが、和葉自身が神話生物の技術を研究している一員Chaserということなのだろう。


「ん?じゃあ、もしかして、雨音も神話生物ってやつなのか?」


 ふと思いつき、ケースケはその考えを口にする。雨音は、ショゴスと対等と言わないまでも、ある程度は渡り合えるだけの戦闘力を持っていた。明らかに人間とは一線を画す身体能力を持つ雨音もまた、神話生物なのではないかと考えたのだ。

 和葉は返事をする前に、一つのショーケースの前まで移動した。そこには、人間の等身ほどもあろうかという巨大な昆虫の羽が飾られている。

 それをみたケースケは息を飲む。それは、昨夜彼が見た、雨音の背中から生えた羽にそっくりに見えたからだ。

 説明文を見れば、『昆虫人間・シャッガイの羽』、短くそれだけ書かれていた。


「雨音さんはシャッガイと呼ばれる種族の一人です。シャンという巨大昆虫と人間の間にできた混血児。その末裔の血筋です。あなたも見たとおり、半人半虫の神話生物ですね」

「……やっぱ人間じゃなかったのか」


 予想できた答えではあった。だからこそ、少年もあまり動揺している様子はなかった。

 だが、その心中はわからない。ケースケの反応を見ていた和葉が尋ねる。


「雨音さんが人間じゃなかったのが残念ですか?」

「あー?いや、別に。それより、ショゴス……だっけ?なんでそんなもんがいきなり病院に出てきたんだよ。そんな気軽にポンポン出てくるようなものなのか?」

「いいえ。ショゴスは絶対数が少ないですし、ほとんどが政府や研究機関の管理下に置かれています。野生のショゴスは極めて希少で……まぁ、つまり、病院を実際に襲撃したのは違法探究者Non Pray Chaserで、ショゴスはその尖兵を務めたに過ぎません」

違法探究者Non Pray Chaser?」

探究者Chaserの世界も無法地帯ではなく、きちんとしたルールがあります。それを知りながらルールを破り、研究を行う人はそう呼ばれるんです」


 なるほど、と頷く。病院襲撃などというテロまがいの行為は、探究者Chaserの世界であっても禁忌であるようだ。


「先刻も言った通り、ショゴスは絶対数が少なく、その上で病院の人間を全員食べてしまえるほどの強力な個体となれば極めて希少です。病院を襲ったのは、十中八九ショゴス研究に力を入れている違法探究者Non Pray Chaserで間違いありません。優れたショゴス研究家は、ショゴスを自在に操れる機械を所持しているとも聞いたことがあります」


 頭の悪いケースケにも理解できるよう、和葉はゆっくり丁寧に質問に答えていく。それでもケースケの情報処理能力ギリギリだったので、頭から湯気が出そうな気分だったが。


「あー、じゃあ、そのショゴス研究家ってやつが悪いんだな。……でも、なんだってそいつは病院なんて襲ったんだ?雨音も驚いてたみたいだけど」


 和葉が答えようとしたとき、ケースケの背後から、別の声がその疑問に答えた。


「狙ったのは病院じゃなくて、私ですよ。他の人たちは……ケースケくんを含め、巻き添えになっただけでやがります」

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