16 そういうわけでよろしく
楓馬が会社に戻って開発ルームに入って来ると、蒼い顔をして鳴谷が飛んで来た。
「もう、楓馬さん、遅いじゃないですかぁ、僕、誤魔化しきれなくて、楓馬さんは喫茶店でサボってますって言っちゃいましたよぉ」
それを聞いて楓馬は笑いながら自分の席に着く。
「ごめんごめん」と、言いながら開発機とPCの電源を入れる。「ま、それ、間違っちゃいないからいいんじゃない」
「田宮さんから何度も内線があって、戻ったらすぐに専務室に来るようにと言われてるんですよ」
嘘をつくのが何より苦手な鳴谷にこの役目は酷だったなと反省しつつ、楓馬は開発機から線で繋がっているサンテンドーターミナルを操作し始めた。製品版は携帯ゲーム機だが、開発時にはPCと開発機がセットになっており、有線で本体が繋がっていて随時プログラムを送って試せる環境になっているのだった。
「もうひと仕事したらすぐ行くから」
開発機の本体が起動し、モニターにデバッグモードが映る。手際よく操作して、バディルームに入った楓馬は、エースを探した。しかし、メニューにはエースのなまえは見当たらなかった。
どうしたことだろう。夏目の奴、うまくデバッグモードに入れなかったのだろうか。
そんなことを考えていると、内線のPHSが鳴った。
「はい、楓馬です」
相手は田宮だった。
「この肝心な時にサボりか。まったく。今どこにいるんだ」
相当苛立っているようだ。いつにも増して早口だ。
すると楓馬のスマホが振動した。
「マスター出たんだから少しぐらい息抜きさせてくださいよ」と内線のPHSに話しながらポケットからスマホを取り出して見ると、夏目からのメールが届いていた。
「開発ルームにもうちょっとで戻るところです。メールチェックしたらすぐ伺いますから」
そう誤魔化して返事しながらスマホを操作して夏目のメールを開く。
『誰かが三人目に入っちゃったみたいです。隠しの場所教えてもらえませんか』
どういうことだ。誰かがバディに入ってしまったっていうのか。それでエースのなまえがリストに出てこなかったのか。それにしても一体誰が。
「メールのチェックって私用メールかね」
『メールのチェックって私用メールかね』
微妙にずれて同じ言葉が聞こえるのに違和感を覚えて、楓馬が後ろを振り向くと、そこには内線のPHSを耳に当てた田宮が立って見下ろしていた。
「あ……」
田宮はすかさず楓馬の左手からスマホを横取りして画面を見つめた。
「夏目? あの引き抜きで転職した夏目か?」
まずい。ここで変に疑られたら計画がバレてしまいかねない。楓馬はどうということはないという顔をして答えた。
「えぇ、今でも友達ですからね。『シャトファン』で遊んでるらしくて、裏技教えろってうるさいんですよ」
「友達とはいえ、部外者だからな。こういうやり取りは問題がある」
「えへへ、すんません、気を付けまぁす」
調子よく笑いながら、スマホを取り返そうと手を出したが、田宮は指でつまんだスマホをひょいと持ち上げて言う。
「これはしばらく預かっておく」
「そりゃないですよぉ」
楓馬はちょっとおどけて見せながら言うと、田宮が覗き込むように上から顔を近付け、
「きさま、何か企んでるんじゃないだろうな」と言った。
これには楓馬も内心かなり動揺した。田宮という男はこういうカンだけは妙に働くのだ。そういう能力を買われて唐沢会長に重用されているのだろうなと思った。
しかし楓馬は「何がですか。企むってなんですか」と笑い飛ばした。
田宮は楓馬をしばらく睨み付けていたが、ふんっと鼻で笑って言った。
「まあいいか。それよりこの間マスターを出した『フェアクロ』にバグが見つかったんだ。今すぐあっちの開発ルームで修正しろ」
「え? ここじゃダメなんですか」
『フェアクロ』とは『シャトファン』がペンディングになってから楓馬が手伝っていたPS4用のゲームだ。『フェアリークロニクル』の十年ぶりの作品ではあるが『フェアリークロニクル・リバイブ』という、実は第一作のハイエンド版、つまりリメイクである。つくづく新しいゲームが創りにくい環境になったものだと思う。
とにかくPS4の開発環境も自分の席にあるし、『シャトファン』のチェックも『フェアクロ』の修正もここでできるのだ。なのになぜ……。
「だめだ。君には特別の部屋を用意してあるからね」
にやりと嫌な笑い方をして田宮は言った。
「何ですか、特別な部屋って」
「来ればわかる」
そう言うと田宮は出口に向かい、そこで振り向いて「早く来い!」と凄んだ。
仕方なく楓馬は田宮について行くと、着いた先は田宮の専務室の隣にある役員会議室だった。会議室の中には威厳のある大きな会議机があり、左右両側に九人ずつの席があった。その右側の丁度中央の席にPCとPS4の開発機が設置してあり、その隣の席にはPCとサンテンドーターミナルの開発機があった。しかしそのサンテンドーターミナルの開発機の席にはプログラマの潮隆二(うしおりゅうじ)が座っていた。
顔も体もずんぐりと太って、一・五リットルのペットボトルのジュースとお菓子を飲み食いし、本格的なオーディオヘッドフォンでアニメソングを大音量で聞きながら一日中PCの前でキーボードを打っているようなこの男は、田宮がライバル社のテクノゲームスから引き抜いた子飼いのプログラマだった。しかしそのプログラミング技術は楓馬も一目置く存在であった。
「君にはここで仕事してもらう。ちなみにここのPCは外部のネットには繋がっていないからね。バグが取れるまでメールもインターネットも禁止だ」
田宮は明らかに楓馬が何かを企んでいると考えている。だから外部との接触もサンテンドーターミナルの開発機との接触も断って、この部屋に隔離しようというのだろう。
スマホも取り上げられている今、フェイスブックもツイッターもLINEもメールもミクシィやブログやゲーム機の通信さえもできなかった。これでは夏目に隠しスイッチの場所を教えることもできない。
しかしひとつだけラッキーだったのは、三人目に誰だかはわからないが楓馬の代わりにバディになった人がいるということだ。どのみち、今の状況では楓馬がバディになることはできなかったからだ。
こうなったら何とかして夏目に隠しスイッチの場所を教えなくては。そうすれば、真のエンディングを復活させることができるはずだ。
楓馬がPS4の開発機の席に座ろうとすると、隣の潮がその丸い顔を向けて会釈した。
「それから潮くんには『シャトー・ドゥ・ファントーム』のリマスタープログラムのソースを解析してもらうことにしたからね」
田宮は楓馬を見下しながら言った。
「それはどういうことですか」
楓馬は驚いて声を荒げた。
「そう何度もアップデートするわけにはいかないからね。念には念を入れて別のプログラマにもチェックしてもらおうというだけのことだよ。気にすることはない」
田宮をキッと睨み付けている楓馬を見て「それとも」と続ける。
「何か見られては困るようなものでもあるのかね」
「いや、……別に……」
楓馬は心の中を見透かそうとする田宮の眼差しを前に沈黙するしかなかった。これは想定外だった。潮のスキルなら、エンディング前のサーバーチェックや真のエンディングへの切り替えのシーケンスなどが見つかるのは時間の問題だと思われた。誰かが今のエンディングを迎えてしまうまで、あと五時間程だろう。それまでに隠しのスイッチが押されなければもう真のエンディングを復活させることはできない。それ以前にもし、潮が楓馬の仕込んだ仕掛けを見つけてしまったら、サーバーのプログラムを書き換えて、フラグが立たないようにされてしまうだろう。そうしたらアップデートしたプログラムが起動しても真のエンディングには入れ替らない。
これでは絶体絶命の状態だ。
「潮くん、よろしく頼むよ。何か不具合があってからでは遅いからね」
さすがに本部長の前では潮もヘッドフォンを外して見上げていた。その肩をぽんっと叩いて田宮は自分の部屋へ戻って行った。
「はい。お任せください」
潮は田宮を見送ってから楓馬の方を見て、片手に持ったミニドーナツを頬張りながら不敵に笑った。
「そういうわけでよろしくお願いしますね、せ・ん・ぱ・い!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます