10 たとえ何が待ち受けていようとも
その場所はおばばに教えてもらった近道だった。
一つ目の太陽がフォーロックの森に沈む頃、僕たちは風の村の裏手に当たるブリーガル洞窟にいた。
元々この洞窟のある山に風の国があったらしい。
それが大昔の戦によって廃墟と化してしまい、今の村に移り住んだと言われている伝説の場所だ。
だから近道とはいえ、その足場は激しく破壊された遺跡だったり、天駆ける巨大魚の化石だったりで険しく、魔物もたくさんいたので、思いの外時間がかかってしまった。
じっちゃんのことが気になって、気ばかり焦ってしまう。
ヒューポーと僕は力を合わせて突き進んで行った。
もうすぐだ。
あそこに見える光、あそこの出口を出たら、風の村はすぐそこだ。
「じっちゃん、無事でいてくれよ」
洞窟を出ると風の村が見える丘に着く。
二つ目の太陽が森に差し掛かっていた。
村の風車が見えてくる。
そして谷の向こう側にじっちゃんと僕たちが住む家も見えて来た。
「じっちゃ~ん」
僕が叫んで呼ぶと、しばらくしてじっちゃんが家から出て来て手を振った。
よかった。無事だったんだ。
と、その時。
まばゆい閃光が煌き、一瞬目の前が真っ白になったかと思うと、けたたましい爆音と共に爆風が僕たちを直撃した。
僕は後ろに吹っ飛んで、岩壁に叩きつけられた。
ヒューポーも風に舞い上げられ、バランスを失って岩壁にぶつかった。
「じっちゃ~~~ん」
さっきまであった僕らの家は跡形もなくなっていた。
そしてじっちゃんが倒れている。
「あぁ、おじいさん!」
ヒューポーが悲鳴をあげた。
するとみるみるうちに黒い影が湧き出し、魔王を形作る。
そしてその長い尖った爪を持つ手が焼けただれた家の残骸から、あのペンダントを取り出した。
しかとそれを握ると、またしても一瞬にして空中に吸い込まれるようにして消えた。
「じっちゃん! 今行くよ」
ようやく起き上がって駆け出した僕は崖を駆け降りる間中、じっちゃんから目を離さなかった。
じっちゃんはぴくりとも動かない。
まさか、もう……。
悪い想像は悪い気を生む。
だから常に良い想像をしなさい。
じっちゃんがいつも言っていたことだ。
でも、だめだよ、じっちゃん。
どうしても悪い想像が頭を過ってしまうよ。
「じっちゃんは助かる、じっちゃんは生きてる」
僕は悪い想像を打ち消そうと良い想像を口に出して言い続けた。
僕が駆け寄った時、じっちゃんはまだ生きていた。
「じっちゃん、遅くなってごめん、僕、僕……」
僕が抱き起すと、腕の中でじっちゃんが目をゆっくり開けた。
「シンディ……すまん……ペンダント……守れなんだ……」
「そんな……僕があんなペンダントを拾ってきたばっかりに……」
「いや、シンディ、よく聞くのだ。……これもすべて運命なのじゃよ……あのペンダントがおまえを導いておるのじゃ。おまえは選ばれたのじゃよ……うぅ」
苦しそうに胸に手を当てるじっちゃんを見ると、その胸に木片が刺さっていてそこから血があふれ出しているのがわかった。
僕はあわててじっちゃんの手の上から押さえたけれど、血は止まることはなく、僕の手も真っ赤に染まっていった。
あぁ、どうしよう。
「じっちゃん、しっかりして」
「ワシはもう……長くはない……後はシンディ、おまえに頼む……うぅ……おまえは立派な……風の子……だ……強くなるのだ」
「いやだ、いやだよ。じっちゃん、死んじゃいやだ」
「大丈夫……いつもおまえを……見ているよ……だからその運命に……従って……すす……め……」
そう言い終えないうちに、僕の腕にじっちゃんの体が重くのしかかる。
その手がだらりと地面に垂れる。
「じっちゃん? ……ねぇ、じっちゃん。しっかりして……じっちゃん、じっちゃん……」
ヒューポーは羽ばたきながら泣いている。
「おじいさん……すみません……」
僕は込み上げてきた涙を抑えることができなかった。
天を仰いで神を呪った。
腹の中の叫びをすべて吐き出すように泣いた。
「じっちゃーーーーーーん」
じっちゃんは二度と息をすることはなかった。
風が止んだ。
太陽はすっかり二つとも沈み、森の上に静かに闇が降りていった。
その森を見下ろす丘に座り、僕は涙を拭いた。
ヒューポーが心配そうに見ている。
「ヒューポー……」
「シンディ……」
僕は立ち上がって、ひとつの決心をした。
じっちゃんが最後に言った言葉。
『その運命に従って進め』
そうだ、今できることは、運命に従って進むことだ。
「ヒューポー、僕は行くよ。」
僕の決意が伝わったのか、ヒューポーも真剣な表情で言った。
「よし、行こう」
僕にはじっちゃんがついている。
親友のヒューポーも一緒だ。
必ず何とかなる。
だから僕は進むんだ。
たとえ何が待ち受けていようとも。
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