04 それでも僕は探しに行くつもりだよ

 目覚めるとすでにふたつ目の太陽が昇り始めている時刻だった。

 ヒューポーと出逢ってから三ヶ月が経とうとしていたその日、事件は起きたんだ。


 その日も僕は胸騒ぎの森を歩いていた。

 するとソルボラ山脈の方で空気を突き破るような爆音が轟いた。

 振り向いて見ると、山の頂上辺りで黒煙が立ち昇っているのが見えた。

 その黒煙はみるみるうちに大きくなって、次第に何かの怪物のような形になっていく。

 四つの眼が見開いた。

 しかもその眼は黄色く光っており、縦に鋭く切り裂いたような瞳が僕を睨みつけていた。 

 クワッと口が裂けるように開く。

 大きな手も生えてきて、どんどんと覆いかぶさるように迫ってくる。

 僕は後ずさりして、踵を返して逃げ出した。 

 そのすぐ後ろで怪物の手が地面を抉る。

 その衝撃で僕は前のめりに転げてしまい、地面に投げ出された。

 仰向けになって後ずさるが、怪物はすでに真上だ。

 次の瞬間、鋭い爪が振り下ろされた。


『うわぁーーーー』


 ベッドの上で跳ね起きた僕は、今のが夢だということに、枕元で微笑むヒューポーを見た瞬間気付いた。

「大丈夫?」

 澄んだ瞳が僕を覗き込んでいた。

「え? あ、あぁ、ちょっと怖い夢を見ただけ……。大丈夫」

 そう言い終わらないうちにズズーンと腹まで響く地響きが轟き、家がミシリと揺れた。

「何だろう」

 ヒューポーが羽根を広げて飛んでいって、窓を開けると、ひとつめの太陽に照らされたソルボラ山の頂上辺りから黒煙が立ち昇っているのが見えた。

「山の頂上に何か落ちたみたいだ」

 ヒューポーはそう言いながら僕の方を見て様子がおかしいのに気付いただろう。

「同じだ……」

「同じって……?」

「今見た夢と同じなんだよ。この後確か、怪物になって襲ってくるんだ」

 ヒューポーは僕の顔の前で羽ばたきながら言った。

「行ってみよう」


 僕はその言葉を聴き終わる前に家を飛び出していた。

 今の夢が正夢だったらと思うと怖くて足がすくんだが、それよりも好奇心が僕を突き動かすのだった。


 ようやく頂上に着いたのは、ふたつ目の太陽が昇り始めた頃だった。

 その光を受けて、頂上に落ちて横たわっている飛空艇がきらめいていた。

 近づいてみると、そのそばに女の子がひとり倒れているのが見えた。

「誰か倒れてる」

 駆け寄って覗き込むと、頭にとても綺麗な装飾をしたティアラをつけ、服装は一目で王族とわかる刺繍をあしらったドレスを纏っている。

 気を失っているようだ。

「どこかのお姫様かな」

「伝説の歌姫レブリス……」

 ヒューポーがそう呟いたその時、僕たちは地の底から這い出てきたようなおぞましい声を聞いたんだ。

「邪魔をするな」

 次の瞬間、黒い稲妻が僕とヒューポーを直撃し、三〇マルク位吹き飛ばした。


 地面に打ち付けられながら顔を起こして女の子の方を見ると、そこには大きな黒い影が立っていた。

 それは確かに影なのに、妙に質感があって、全体的に蠢いていて、四つの蛇のような眼がこちらを睨んでいた。

 そして大きく手を広げると女の子がゆっくり宙に浮かんだ。

 黒い影は女の子に覆いかぶさると、その体内に吸収するように取り込んでしまったんだ。


「二度と悪い夢を見るんじゃないぞ」


 その声は僕の耳から入って血管を通り、心臓に達して鷲掴みにした。

 四つの眼から目が離せなかった。

 空気が重く圧し掛かってきて顔を背けたいのに、ぴくりとも動かない。

 息ができない。

 息ができないんだ。

「忘れるな!」

 そう言い放つと、黒い影は一瞬で空中に吸い込まれて消えた。

 と、同時に空気が軽くなって、僕は地面に倒れこんだ。

 息が一気に肺に雪崩れ込んできて、むせ返った。

「ゴホッゴホッゴホッ、今のは……なに?」

「わからない……でも、いい奴じゃないことだけは確かだ」

 ヒューポーにそう言われて、初めて我に返った気がした。

 そして立ち上がろうとした時、何か硬いものが指先に当たるのを感じた。

 手に取って見ると、それはペンダントのようなものだった。

 鎖の先に涙の形をしていて深い海の底に届いた光のような青色をした宝石が付いていた。

 そしてそこには見慣れない紋章が刻んであった。

 三日月の紋章だ。

「今の子が落としたのかな」

 するとヒューポーが言った。

「帰ってじっちゃんに見てもらおう」

 そうだ、じっちゃんなら何か知ってるかもしれない。

 僕たちは家路を急いだ。

 ふたつの太陽が真上から照りつけていた。


「これは月の国の紋章じゃ」

 じっちゃんはペンダントを見るや否や、目を丸くしてそう言った。

「月の国?」

「三千年前に存在したと言い伝えられている伝説の王国じゃよ。まさか本当に存在したとはのぅ」

 じっちゃんは口ひげを指で撫でながら思案していた。

「それってどこにあるの?」

 たまらずに僕は聞いてみた。

「どこにあったのかは、今となっては定かではない。もしかしたら邪念の森に住むおばばなら知ってるかもしれんが」

 それを聞いて僕は居ても立ってもいられなくなって叫んでいた。

「ヒューポー、行ってみよう」

「でも、とっても危険だよ、エースくん」ヒューポーが心配そうな顔で言う。

 じっちゃんも心配顔で覗き込みながら、

「そうじゃ、邪念の森は今では魔物の巣じゃからの。わかっておるのか、エースよ」

「わかってる。それでも僕は探しにいくつもりだよ」

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