20 でもボクにはわかるよ
最上階へと続く道での戦いは熾烈を極めた。
魔物たちは後から後から湧いて出て、倒しても倒してもキリがなかった。
しかも僕たち三人の連係プレイは思うような効果は上がらなかった。
だって仕方がないよ、僕たちはさっき出逢ったばかりなんだから。
それは三ヶ所でバラバラに戦っているようなものだった。
最上階へと近づくにつれて、どんどん道は狭くなっていき、とうとう一本道の階段になった。
しかしこれが逆に功を奏したんだ。
自然と僕たちは前にエースとシンディのふたり、後ろに僕ひとりといったフォーメーションになった。
左右の壁が迫っているため、横から襲われる心配は無くなった。
そして前のふたりが進路を切り開き、後ろで僕が背後から襲いかかってくる魔物を蹴散らすという連携プレイが確立されたんだ。
これによって形勢は一気に逆転し、僕たちは最上階のひとつ手前の祭壇まで辿り着くことができた。
中央に階段状になった台座があり、大きな紅い宝玉が埋め込まれている。
その一番上の段に神を模した巨大な彫像が祀られていて、その周囲は花を象った金の装飾で埋め尽くされている。
そしてそこから左右対称に、不思議な文字の刻まれた白い柱が七本ずつ立ち並んでいる。
その柱には異形の生き物を思わせる像が彫り込まれていて、その口は大きく開けられ、その中に青白い炎が燃えている。
その炎の灯りはゆらゆらと揺れて、神の像の影を揺らめかし、表情を複雑に変えてみせる。
その灯りに照らされた床には異国の文字で描かれた魔方陣があり、それ自身もほんのりと光を放っていた。
僕は思った。この祭壇のどこかに隠されたスイッチがあるはずだと。
しかしそれがどこなのかは具体的にはわからなかった。
「ピート!」エースが振り向いて言った。「隠しのスイッチはどこ?」
「わからない……たぶんこの部屋のどこかだという気がするだけで……」
僕がそう言うとシンディが近くの柱にショットを撃ちだした。
「考えていても仕方ないじゃない。手当たり次第に撃ってみるだけよ」
シンディはそう言うと端から順々に柱を撃っていった。
「よーし」エースがシンディの反対側に駆け出し、柱を撃ちだした。「僕もやってみる」
僕は中央の彫像の台座を端から順々に撃ってみる。
そうして手分けして夢中で探していたせいで、魔方陣の上に光の粒が次第に集まってきていることに気付くのが遅れてしまった。
気が付いた時にはかなり大きな光の塊になっていた。
と、次の瞬間、一気に光が反転して闇となり、実体化した。
「ゴルティス!」
僕が叫んだのと同時に、ゴルティスの鋭い爪先から火炎弾が放たれた。
エースが吹き飛ばされる。
火の粉が部屋中に飛び散る。
続いてシンディも火炎弾に弾き飛ばされ、柱に激突して火の粉を撒き散らしながら床に倒れこんだ。
「エース! シンディ!」
そう叫んだ僕の目の前に火炎弾が襲い掛かってきた。
僕は彫像の頭まで飛ばされ、思い切り背中を打って落下すると台座の階段を一気に転げ落ち、床に放り出された。
顔を上げるとゴルティスが次の攻撃を放とうとしているのが見えた。
咄嗟に身を転がすと、今いたところに火柱が上がる。
「くっ」
次々と繰り出されるゴルティスの攻撃に追われるように床を転がって避けた僕の先で、シンディがようやく起き上がる所だった。
「シンディ、大丈夫か」
かなりのダメージを受けているようだ。
シンディはまだ足元がふらついている。
そこにゴルティスの執拗な攻撃が放たれた。
僕は思わずシンディの前に立ち塞がった。
僕の体は火炎弾をまともに喰らって吹き飛ばされる。
体中が痺れるように熱い。
シンディが駆け寄って僕を抱き起こす。
「ピート、何でこんなこと……」
「危ない!」
シンディめがけて放たれた火炎弾は、目前で激しい火花となって消し飛んだ。
エースがショットで打ち消してくれたんだ。
「大丈夫か。シンディ、ピート」
僕たちは三人で態勢を立て直し、ゴルティスと対峙した。
するとゴルティスは心臓を鷲掴みにするようなおぞましい声で言った。
「ふふふふふ、甘く見ていたか。まさかここまで来ようとはな。しかしもう遅い。城の中心部にあるプリズムで増幅された悪夢を注ぎ込まれた卵の中で、歌姫レブリスは世界を破滅させる魔物に生まれ変わろうとしているのだ」
「何でこんなことするんだ。世界が滅んだらおまえも自滅するんだぞ」
僕は思わず叫んでいた。
「構わんさ」ゴルティスは四つの目を見開いて答えた。「これは復讐なんだからな」
「復讐?」シンディが驚いた顔で聞く。「一体誰に復讐するつもりなの」
「俺を裏切り、俺を捨てた世界にだよ」
その恨みに満ちた声で部屋中が振動した。
今から三千年前、ファントメアでは、万物を創造する月の国クレスが天空に浮かび、そして地上には水の国、風の国、木の国が存在した。
しかし時の王たちは互いに覇権を握ろうとして、いがみ合っていた。
そんなある日、水の国が月の国に突如侵攻するという事件が勃発した。
狙いは月の国の夢のプリズム。
そのプリズムの力を以ってすれば世界を思うがままに創り変えることもできるのだ。
そうはさせじと風の国、木の国も挙兵し、月の国へと侵攻を企てた。
これを迎え撃ったのが、当時月の国の近衛隊長であったゴルティス率いる軍隊だった。
「神聖なる月の国への暴挙、断じて許すまじ! 皆の者、我に神の御加護あり! 一兵たりとも侵入させてはならんぞ!」
ゴルティスの力強い檄に神聖軍の士気はすこぶる高まり、列国の軍隊を大いに悩ませた。
こうして戦いは長引き、三ヶ月にも及んだ。
神聖軍には地上の列国にはない、魔法のような力があって、一時は幻の城の入り口近くまで侵攻した水の国も、ついには撤退を余儀なくされた。
その機に乗じて風の国は木の国と手を結び、二手に分かれて月の国に攻め入った。
これに怒った月の国の神王はゴルティスにプリズムの力を発動することを命じた。
「神王様、この力は世界を破滅させてしまう可能性を持っています。しかるにこれを戦いに用いてはなりません」
ゴルティスは必死に進言した。
世界を平和にも地獄にもできる夢のプリズムの力の恐ろしさを一番知っていたからだ。
しかし月の国の王はそれを聞き入れなかった。
「ここで地上の王たちに月の国の力を思い知らせなければ、いつまた野望を抱くかわからんではないか。これは恒久的な世界平和のためなのだ」
「しかし―――」
「もうよい! わしが直々に命を下す。巨大魚を風の国へ放て!」
ゴルティスの嘆願も虚しく、プリズムが発動され、悪夢のエネルギーを増幅して生まれた凶暴な空飛ぶ巨大魚が生み出され、次々と風の国へと飛び立った。
何百頭にもおよぶ巨大魚たちは、風の国のありとあらゆる場所で暴れ、人民を喰らい、家屋を破壊し、最後は猛スピードで体当たりをして屍を残した。
一夜にして風の国は荒れ果て、巨大魚の屍だらけになった。
さらに巨大魚の屍は腐ると悪夢のエネルギーを放出し、生き残ったものたちも悪夢に毒されて次々と狂い死にしていった。
そして風の国は降伏し、その民は流浪の徒となった。
その惨状を見た水の国、木の国も相次いで降伏した。
こうして九十九日に及んだ戦争は終わりを告げた。
しかしこの戦争は大きな課題を残した。
月の国の力を握るものが世界を支配できることを世界中に示してしまったことだ。
そこで水、風、木の各国の王と月の国の王とで話し合いが行なわれ、月の国を地底深く封印することになった。
その調印式は敢えて荒れ果てた風の国の跡地であるソルボラ山の山奥で密かに行なわれた。
月の国からは代表としてゴルティスが遣わされた。
「王様、私としてはもっと早くにこうした調印がなされるべきだったと残念に思っております。しかし過ぎたことを嘆いても詮無いこと、国の復興に全力で取り組まれますように」
ゴルティスがそう述べた時、風の国の兵士がゴルティスの周りを取り囲んだ。
「何だ! きさまらは!」
すると風の国の王が歩み出て言った。
「こやつを反逆罪で引っ立てい!」
兵士がゴルティスを拘束具で押さえ込む。
これでは魔力も使えない。
「な、何をなさいます。反逆罪とは身に覚えのないこと」
「我々王も民の手前、我らが命により月の国に攻め入ったために巨大魚の災害を起こしたとあってはいろいろまずいのじゃよ」
そう言う風の国の王の後ろから、水の国の王が付け加える。
「おぬしが月の国で謀反を起こし、それを三国の王が力を合わせて成敗したと、こういう筋書きなんでな」
「このようなこと、月の国の神王様のお耳に入ったらただでは済みませぬぞ」
怒気を帯びたゴルティスの叫びを、木の国の王が鼻で笑って言った。
「ふん、その神王様もご承知のことだがな」
「なんだと!」
ゴルティスは悲鳴に近い声で叫んだ。
そこに水の国の王が追い討ちをかける。
「神王様が巨大魚を放って風の国を廃墟にしたなどということが民に知れたら一体どうなる。神の国たる月の国クレスの威信が失墜してしまうではないか」
「きさまら、図ったな! 放せ、放せぇー」
引き摺られていくゴルティスに水の国の王が言う。
「さすがに殺しはせん。氷の洞窟の永久凍土の中に氷漬けにして幽閉するだけじゃよ」
それを聞いて一同に爆笑が起こる。
「覚えておけ! この恨みは何千年経とうとも忘れはせんぞ!」
ゴルティスの悲痛な叫び声はソルボラ山の谷にいつまでも木霊していた。
「そんな、信じられない!」
ヒューポーが叫んだ。
「きさま、月の国の王子か。きさまらも同罪だ。世界に濡れ衣を着せられ、三千年もの間幽閉された俺の苦しみがおまえにわかるかぁっ!」
そう叫ぶとゴルティスは狂ったように火炎弾を撃ち放った。
祭壇の天井の一部が崩落する。
柱を打ち砕き、壁は吹き飛び大穴が開いた。
僕たちは飛び交う火炎弾を避けて、地面に這いつくばった。
ふと見ると、シンディがひとり立っている。
すべての哀しみを抱きかかえようとするように両手を広げ、立っている。
「わかるよ」
シンディは泣いていた。
目から止め処もなく溢れ出る大粒の涙を拭うこともせず、しかとゴルティスを見つめたまま立ち尽くしていた。
ゴルティスの四つのおぞましい眼はシンディを射抜くほどに見つめていた。
一瞬時が止まったかのようだった。
「わかるだと。きさまのような異の夢ごときにわかるはずがない!」
ゴルティスはどこか動揺しているようでもある。
するとシンディは優しく語り掛けるように言った。
「でもボクにはわかるよ」
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