エンドレスゲーム~夢見る城~
桜咲秀一
01 するとひとつのなまえが頭に浮かんで来た
そして僕は不思議に思う。
朝目覚めると確かに見たはずの夢が思い出せないことがある。
その夢は一体どこへ行ってしまうのだろう。
でも、その日の夢は鏡を見るようにはっきりと覚えているんだ。
ふたつ目の太陽が北の山の頂から昇りはじめる。
後ろから照らされた山は陰となって、その稜線をくっきりと浮かび上がらせる。
そして次第に再び青黒い山肌を取り戻していく。
ひとつ目の三倍の大きさはあるふたつ目の太陽が昇ると正午を意味している。
その山はソルボラ山と言って、ソルは古代ファントメア語で「太陽」を意味するソレの複数形、ボラは「生まれる」という動詞から来ていて「ふたつの太陽が生まれ出づる山」という意味があるそうだ。
ソルボラ山から続く山脈の奥地には風の遺跡というのがある。元々僕たち風の民が暮らしていた所だ。
それはそれは立派な神殿や建物がいっぱいあったそうだよ。
それが大昔の九十九日間戦争の戦場となって、今の風の村に移り住んで来たってわけ。
なんて、全部じっちゃんの受け売りで、実際に見たことはないんだけどね。
いつかは探検に行ってみようと密かに思ってる。
で、今日はというと、じっちゃんに頼まれて、ひとり、ソルボラ山脈を見渡せる丘にある胸さわぎの森にやって来た。
それはミラスの実を探すためなんだ。
いつもはじっちゃんに連れられて来るんだけど、今日は違った。
じっちゃんは大分前から胸を病んでいて、今日は特に調子が悪いらしい。
そんな時ミラスの実を煎じて飲むとずいぶんと楽になるんだそうで、今日は僕ひとりで来ることになったというわけだ。
その日は三日間降り続いた雨がようやく止んだ朝だった。
雨は森全体に含まれ、木々という木々、草という草に染み込んで、差し込んだ陽の光の中に溢れ出してきそうな程瑞々しかった。
それはまるで透き通った湖の底を歩いているような錯覚さえ覚える程だった。
すべての色がくっきりと彩られ、輝いて見えるんだ。
ミラスの実は、こうしてたっぷり迷いの雨を含んだ森を、ソルボラ山脈から吹き降ろしてくる北風が通り抜けて、風鈴草が一晩中鳴り続け、森を不安の霧でいっぱいにした朝、その霧を吸い込んで実が膨らんだ時落ちるんだ。
そう、じっちゃんに教わった。
だからその日は絶好のミラスの実拾いの日だったというわけだ。
とは言うものの、もうかれこれ五時間は探し歩いてる。
正直急に言われてもすぐ見つかるってモンじゃないんだから。
でも胸さわぎの森は、僕の好きな場所のひとつなんだ。
ここに来て月の露草の原っぱに身を沈めて寝転ぶと、いつしか眠りに落ちて夢を見ることができるからだ。
しかも長雨の後、雨の精霊の息吹をいっぱいに吸い込んだ森に包まれて眠ると、特にいい夢が見られると言われている。
だから実は一人で森に入るのは今日が初めてじゃない。じっちゃんに内緒で何度か来てるんだから。
僕は思いっきり息を吸い込んだ。
体中が水で満たされていく。
不意に吹き抜けた風が、木々に付いた雨露を誘って飛び散らせると、陽が反射してキラキラと光の粒が空中を満たした。
その光に導かれるように目をやると、いつもの僕のお気に入りの場所が見えた。
そこは樹齢千五百年以上のポムの木の下だ。
根は長い年月を経て、複雑に地面を這い回り、三本の木が一体になって絡み合っていた。
また枝は先で幾重にも分かれて四方に伸び、隙間のない程に葉が生い茂って、その下に優しい木陰を落としていた。
その木陰で、月の露草に沈むように横たわるのが僕のいつものコースだった。
草についた雨露を振り払うと、腰を下ろして一気に伸びをするように手を伸ばしたまま寝転ぶ。
「ふわぁ~~~くぁ~うぉお~」
思わず口から溢れ出す声をありのままに発すると、何か体の中に溜まったものが出ていくのを感じる。
そしてそれは胸さわぎの森がすべてすくい取ってくれるんだ。
ありがとう。
そっと目をつぶる。
森の気配だけが体を包んでいく。
しっとりと。しっとりと。
ひいらり、ひらりと風が体を優しく包む。
遠くで木々がカサカサと囁く。
瞼の裏に陽の光が赤く透けたり、木陰が陽を隠したりする。
ぴちょんと露が地面の石に弾けた音がした。
するとふいに一面に咲き乱れる風鈴草が一斉に鳴り出した。
リンロンリンロンチリリンチリン
森中を風が吹き抜ける。
リンロンチリン、リンリンチリン
次の瞬間、風が止まった。
静寂が森を支配する。
すべての草や木が、息を呑んでじっと様子を伺っているように。
その静けさを裂いて、ひゅうと空気を切る音がしたかと思うと、どん、と何かが地面に落ちた。
僕は驚いて半身飛び起きて、音のした方を見る。
ものすごい風が一気に押し寄せて僕を通り過ぎていった。
僕は風に圧されて背けた顔をもう一度向け直し、目を開けた。
すると何やら森の奥できらりと光るものが見えたんだ。
なんだろう。
ゆっくり立ち上がって近づいて見ると、顔ぐらいの大きさがあるリングのようなものが地面に突き刺さっている。
恐る恐る近付いて正面から、斜めから見てみるが、リングはそのまま動く気配はない。
そこで意を決して引っ張ってみることにしたんだ。
両手でしっかり握り、ふんっと力を込めて引っ張ってみた。
しかし、動きそうにない。
それならと思い切り体重を後ろにかけて引っ張ってみる。
「う~、う~、うぅぅぅぅぅぅぅぅ~~」
ちょっと動いた。
と思った瞬間、一気に抜けたので、勢い余って僕は後ろ回りに転がってしまった。
「痛ってぇ~」
それでもしっかり手に握っていたリングを見ると、リングの先に大きな宝石がついている。いわゆる指輪だ。
ただ指輪と呼ぶには大きすぎる。
ダイヤのようなその大きな宝石を覗くと僕の顔がいくつにもなって映っている。
その時、宝石の中で何かが動いた。
そっと指先で触れようとした瞬間、宝石から精霊が飛び出してきたんだ。
「ヒューポー!」
「うわぁ! な、な、なに?」
精霊と僕は見つめ合う形になって時が止まった。
「助けてくれて、ありがとう。僕は風の精霊ヒューポー」
「ヒューポー……風の……精……れ、い?」
そいつは背中に羽根のようなものがあってしきりに羽ばたいて宙に浮いていた。
そして体全体が透き通っている。
でもその目はじっと僕の目の奥を見つめていて、朝露のように澄んでいた。
「そうか、ヒューポー、よろしくね」
するとヒューポーは、にっこり笑って聞いたんだ。
「こちらこそ、よろしく。君のなまえは何ていうの?」
えっ?
僕のなまえ? 僕のなまえ……
するとひとつのなまえが頭に浮かんで来たんだ。
そう、僕のなまえは……
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