13 じっと耳を澄まして聞いた
「急げ!」
太陽の神殿の最上階に向かって続く螺旋階段を駆け昇りながらヒューポーが叫ぶ。
体中が灼けるように暑いこの神殿の中での戦いは、酷く僕の体力を消耗した。
汗を拭いながら二段飛ばしで駆け上がっていた足が上がらなくなって、躓きそうになりながらも走り続けていられるのは、脳裏に焼き付いたじっちゃんの顔があったからだ。
ようやく最上階にある部屋に辿り着く。そこには複雑な装飾が施された台があり、その左右に埋め尽くされた無数のたいまつの揺らめきに照らされて、台の上の祭壇にある巨大な水晶玉が、浮かび上がって見えた。
「遅かったな」
腹の底が抉られるような黒い声がそう言ってフフフと笑う。
魔王ゴルティスだ。
「エネルギーは十分充填された。後はこのペンダントで発動させるだけなのだ」
「やめろ」
ヒューポーが急降下して向かっていく。
しかしゴルティスがその鋭い爪の手を一振りすると、たちまち黒い衝撃波が生じて、ヒューポーは部屋の隅まで弾き飛ばされてしまった。
ゴルティスがすかさずペンダントを巨大な水晶玉の上に掲げ、落とすと、まるで水晶が水の塊であるかのように、ちゃぽんと波打って、中に落ちて行ったんだ。
ペンダントはそのまま沈んでいくと、ちょうど中心の辺りで止まった。
次の瞬間、ペンダントの紋章からまばゆい光が溢れ出し、一気に部屋全体に充満する。
その光は三つに分かれて神殿を飛び出した。
そのうちのひとつは水の国の国王の城にある巨大な水車に向かって行った。
もうひとつは木の森にあるからくり城の巨大な歯車に向かって行った。
そして最後のひとつは風の村の風車に向かって飛んで行く。
光が当たった水車は、歯車は、そして風車は、狂ったように高速で回転を始め、ブーンという耳を抉るような音を発したかと思うとその回転の中心から光の珠を発射した。
三つの光の珠は世界のある一点に向かって飛んでいた。
その一点で光の珠が集まった瞬間、その真下に向かって稲妻が走る。
稲妻は地面を直撃し、そのまま吸い込まれるように消えた。
そして静寂―――。
夜の闇が再び地面に降り積もるように深まる。
次の瞬間、地面が突然四方に岩盤を飛び散らせて大爆発した。
その噴煙は渦を巻き、その中では稲光りがしきりに発生して、ますます巨大化しながら巻き上がっていった。
その噴煙の渦の中に時折稲光りに照らされて円錐形の屋根や、彫刻を施した壁や柱、煌びやかな装飾の門などが見え隠れする。
そう、地面の中から姿を現したのは城だ。
それも想像を遥かに超える巨大な城だ。
城は次第に噴煙の渦から離れ、空中へと舞い上がっていく。
荘厳な光に包まれたその城は気が付くと世界の中心に君臨する形で宙に浮いていた。
「シャトー・ドゥ・ファントーム……月の国クレスの王宮だ」
ヒューポーはその空中に浮かぶ城をじっと見つめながら言った。
そこへ闇を照らす光が森の向こうから近付いてきた。
それは見た目は巨大な魚だった。
しかしその魚は水の中を泳ぐように空を飛んで来た。
そして崖の前にやってくると「私はパメラ。さぁ、背中にお乗りなさい」と言った。
僕が飛び乗ると、すごいスピードで月の国の城の入り口まで上昇した。
「ありがとう。助かったよ」
城の入り口で降りた僕はパメラに言った。
「気を付けて」パメラはヒューポーの方に向き直ると「お頼み致します」と言って飛び去って行った。
「……ヒューポー、パメラのこと、知ってるの?」
そのことには触れずに、ヒューポーは僕の顔を見つめた。
何?
何か思いつめたような様子……。
そしてヒューポーが何か言いかけた時、城の入り口がゆっくりと開き、中から光が溢れ出てきた。
その光の中から頭にティアラを着け、白く光る衣を纏った女性が現れた。
「シンディ、待っていましたよ」
僕を待っていた?
どうして僕のことを知ってるんだ。
『だからその運命に……従って……すす……め……』
僕はじっちゃんの言葉を思い出していた。
「私は月の国の王女メルナ。この世界を救うにはあなたたちの力が必要なのです」
すると王女はヒューポーの方を向いてこう言ったんだ。
「ヒューポー、ご苦労でした。月の国が復活したと同時にゴルティスが攻め入って来て、占領されてしまいました。彼らは歌姫レブリスを下の卵に封じ込め、悪夢のエネルギーを注ぎ込んでいるのです。このままでは悪夢が暴走してしまいます」
ヒューポーは毅然とした顔付きで答えた。
「わかりました。母上はどうぞ安全な場所に隠れていてください」
母上?
今、母上って言ったの?
月の国の王女が母上?
「母上って………君は一体………」
ヒューポーは黙って俯いていたが、王女をちらりと見ると、王女の優しい笑みを伴ったうなずきにうながされ、意を決して話し始めた。
「実は……実は僕は……僕は月の国クレスの王子なんだ」
ヒューポーが月の国の王子?
どういうことだ。
「風の精霊は仮の姿。ワケあって外の世界に出ていたんだ」
「ワケ?」
「ごめん……。今はまだワケは話せない。でもきっと、きっと後でちゃんと話すから。僕にもう少しだけ、もう少しだけ力を貸してほしい……お願いだ、シンディ」
どんな事情があったのかはわからない。
でもその時のヒューポーの眼差しは、時のかけらが沈んでいると言われるパファリ湖のように澄み渡っていた。
こういう時、何も聞かずに力を貸すのが親友ってもんだろう。
親友……。
その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、ヒューポーとの出逢いから、一緒に寝起きして、野原を駆け回り、山を探検し、川で釣りをした楽しい思い出が次々と浮かんできた。
危ない目に逢ったことだって何度もある。
森で魔物と出逢った時だってある。
そんな時、いつだってヒューポーが助けてくれたんだ。
そうさ、ヒューポーと僕は一心同体の親友なんだ。
その親友が困っている今こそ、僕がその持てる力を最大限に振り絞る時じゃないか。
「ヒューポー、水臭いじゃない。僕たち、ずっと親友だろ」
「シンディ………ありがとう」
ヒューポーは涙ぐんでいた。
でもそれをあわてて拳で汗を拭くような素振りで拭いて誤魔化すとにこりと笑った。
王女メルナは僕たちの方を向き直り、言った。
「あなたたちにもうひとつ伝えておくことがあります。よくお聞きなさい。この先にある写し鏡の間に行きなさい。そこでは鏡の向こうに存在する無数の世界から、ひとつだけあなたたちの分身を呼び寄せることができるのです」
「僕たちの分身?」
まったく何の話かわからず、聞き返したが、王女メルナはそれには答えず、
「その分身と力を合わせれば、必ずやあの忌まわしき黒き影ゴルティスを消し去ることができるでしょう。頼みましたよ」
「はい! 母上」
ヒューポーは決意も新たに口を堅く結んで言った。
そして僕たちは進んで行ったのだ。
城の門をくぐり、入口から続く廊下を進んで行く。
左右には勇者と思しき彫像が並んでいるが、ゴルティスとの戦いの後であろう、どれもこれも激しく破壊され、残骸がそこかしこに転がっていた。
そのまま廊下を進むと突き当りに身の丈の二倍はある姿見の鏡がある。
手をまっすぐ差し出したまま、ゆっくりと近付いて行く。
鏡に指先が触れる。
すると、鏡面がゆらりと揺れて手が吸い込まれる。
そしてそのまま体ごと鏡の中に入り込んでしまう。
鏡を抜けた先には暗い部屋があった。
ここが写し鏡の間に違いない。
僕はそこで運命の足音をじっと耳を澄まして聞いた。
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