15 とりあえず聞いてみます

 胡桃名は頭がクラクラしていた。

 大体においてせっかちな性分で、待つという行為が一番苦手だった。評判のラーメン屋に一時間並んで食べる奴らの気が知れなかった。それなら別のすぐ入れる店に行く。常に何かを進めていないと落ち着かない性格だった。 

 仕事でも何かに詰まったら、別のことをした。だから尚更何もすることがなくて待っているこの状況に苛立ちを感じた。こういう時こそゲームは格好の暇つぶしツールなのだが、今持っているのは『シャトファン』だけだし、ここから先にゲームを進めるわけにはいかない。待つしかないのだ。

 そういう時は得てして悪い展開ばかり考えてしまうものだ。そもそもサキはゲームをやるだろうか。自分が創っているゲームを家に持ち帰った時に、サキをサンプルプレイヤーにして遊ばせることはあったが、自らゲームを買ってきて遊んだのは見たことがなかった。携帯ゲーム機は持ってはいたが、専らビデオに録画した映画を転送して観るための再生機だった。そう考えると絶望的な気分になってきて、ますます頭がクラクラするのであった。


 その時、サンテンドーターミナルがブルブルと振動した。通信を受信したランプが点いている。

「来た!」

 胡桃名はこれ以上ないスピードでボタンを操作し、写し鏡の間に入った。するとウインドウが開いてメッセージが表示された。


  バディ申請が届いています

   ▼いますぐ確認する

    後で確認する


 バディ申請? サキに送った申請の承認の知らせではなく、誰かからの申請が届いたというのだ。それなら楓馬かも知れない。わざわざ自分用のコマンドを残してエンディングを見せたぐらいだ。連絡手段としてバディルームを使っても不思議ではない。とにかく確認だ。

 《いますぐ確認する》を選ぶと相手のプロフィールが表示された。


 なまえ:エース

 性別:男性

 好きな色:あか


 エース! これは夏目潤に違いない。胡桃名がピートというネームを愛用しているのを知っているのは昔のチームメンバーだ。リストの中から『ピート』という懐かしいキャラクターネームを見つけて申請してくれたんだろう。夏目と連絡が取れれば、楓馬とも連絡が取れる。そう思った時、胡桃名の脳裏に迷いが生まれた。バディを組めるのは一組だけだ。もし夏目とバディを組んだとしたら、クローズしてしまって、もう他の人とは組むことができなくなってしまう。だとすると、サキからの承認サインが来たとしても撥ねられてしまう。そうなったらもう手がかりはまったくなくなってしまうかも知れない。胡桃名は迷っていた。しかしその迷いを見透かしたようにメッセージが表示される。


 バディ申請を承認しますか?

   ▼は い

    いいえ


 胡桃名は、一定時間承認を躊躇していると自動的にキャンセルされてしまう仕様にしていたことを思い出した。あまりプレイヤーがあれこれ考えないで偶然出逢った相手と仲間になるように仕向けようとして入れた仕様だったが、今となっては恨めしいクソ仕様としか思えない。急いで《はい》を選択した。

 とりあえず承認しておいて、後で夏目に事情を伝えてから、一旦解除して待てばいいじゃないか。そう思い直したのだった。


 エースとピートがバディになりました


 胡桃名は《バディを確認する》を選んだ。画面はエースのプロフィール画面になった。

 そこで《メッセージを送る》を選択、次のようにメッセージを書いて送った。

『胡桃名です。久しぶり! 夏目だろ? 実は今ワケあって名も知らぬ街にいます』


 しばらくすると返信が届いた。

『夏目です。お久しぶりです。楓馬さんから事情は聞きました』

 楓馬から聞いた事情とは会社のこととエンディングのことだろう。やはり楓馬は意図的にコマンドを残していたのだ。でもなぜ夏目にバディ役を任せたのだろう。楓馬が自分でできない理由は何だ。そう考えた時、才島が死んだ後の会社の状況のことが気になった。当然それまでやり込まれていた役員たちがのさばる様になっただろう。そのせいで楓馬たちのような胡桃名のチームだったメンバーは苦しい立場に置かれているのではないか。本来は自分がそこにいてメンバーを守らなければならなかったのに、逃げだした格好になってしまっていることが心苦しかった。

『楓馬には謝らなくちゃ。今どうしてる?』

 メッセージを送ったとほぼ同時に通信を受信したランプが点灯した。


 シンディがピートのバディ申請を承認しました


「!!!!」

 どういうことだ。今胡桃名は夏目とバディになっている。すでにバディになっている間は他のプレイヤーは入り込めないはずだ。バグか? いや、しかしこんな大きなバグが見逃されるはずがない。サーバー絡みのこの仕様は、本格デバッグのさらに二ヶ月前から実施していたし、胡桃名が失踪する直前でも、すでにデバッグは終了していて、三人目が入れないことを胡桃名自身も確認していたのだった。それはデバッグモードで入った場合でも同じだった。これは一体どういうことだろう。胡桃名は戸惑ったが、すぐに思い直した。承認されたということは、メッセージも送れるのではないだろうか。

 胡桃名は試しにシンディにメッセージを送ることにした。

『間違ったらごめん。シンディ、君はサキじゃないのか』

 メッセージを書き終えた後、画面の送信ボタンの上に指をタッチしたまま、胡桃名は考えていた。これがサキのはずないじゃないか。もしあのサキだったら、どうしてこんな回りくどい方法でコンタクトして来たのだ。直接会って話せば済む話だ。いや、でも今は会えない事情があるのかも知れない。だとしたらここで切れたら二度と会えなくなってしまう。

 意を決して指をボタンから離すと、


 メッセージを送信しました


 と表示された。するとまた受信のランプが点灯した。夏目からだ。

『楓馬さんは今度のアップデートで真のエンディングを復活させるつもりです。だからピートとエースがバディになった時だけ三人目が仲間になれるように仕込んであったんです。後から楓馬さんが合流する予定です』

 楓馬め、よくそんな隠しプログラムを仕込んだな。やはり天才プログラマと言われるだけのことはある。こういう時の底力が違う。待てよ、楓馬が合流するって、今シンディが入ってしまったからもう入れないのではないだろうか。

 まずい、楓馬がアクセスしてくる前に、シンディとのバディを解消しておかなくてはならない。急いで《バディを確認する》に入ろうとしたその瞬間だった。

 再びゲーム機がブルブルと振動して、受信ランプが点灯した。メッセージを開く。

『サキだよ』

 ………サキ………。

 本当にサキだったのか。胡桃名は驚きと戸惑いと喜びとで感情がぐちゃぐちゃになって、自分でもどんな顔をしているのかわからなかった。もっとも幸い傍に人は誰もいなかったので顔を見られることはなかった。

 やっぱりサキだったんだ。俺の創っていたゲームが発売されたのを知って、プレイしてくれていたのだ、そう思うと胡桃名は心の底から嬉しさが込み上げてきた。

『プレイしてくれたんだね、サキ』

 少し落ち着いて胡桃名はメッセージを送った。

『もちろん。楽しみにしてたんだから』

 少し迷ったが、胡桃名は思い切って核心を切り出した。

『今どこにいるの? どうして急にいなくなっちゃったの?』

 胡桃名は緊張した面持ちで返事を待った。しかしなかなか返事は来なかった。すると先に夏目からのメッセージが入って来た。

『楓馬さんが三人目のバディになったら、ある場所で三人同時に隠しスイッチを入れる計画です』

 そういうことか。また手の込んだ仕掛けだな、とちょっと呆れる胡桃名だった。しかし、こんな時にも遊び心があるというのは楓馬らしいと言えば言える。楓馬の得意気に顎を突き出し、見下ろすような仕草を思い出して胡桃名は笑ってしまった。


 しかし、だとするとこれはまずいことになった。このままでは楓馬はバディになれずに撥ねられてしまう。だからと言って、今シンディとのバディを解消したらサキと再び連絡が取れなくなってしまう。どうしたらいいんだ。胡桃名が悩んでいるうちにメッセージ受信のランプが点灯した。

『今はまだワケは話せないの』

 シンディからの返事だった。そこで胡桃名は考え込んでしまった。今はサキとこのまま繋がっていたい。しかしそれでは楓馬がバディになれない。それならサキと自分と夏目の三人でミッションを成功させればいいのではないか。それが今取り得る最良の方法だと思った。

『ワケあって三人目に別の人が入ってしまったので楓馬が入れない。楓馬から隠しスイッチの場所を聞き出してくれ』

 さすがにあの追い込み段階のソフトのマップを変更しているとは考えにくい。だとすると、このゲームのマップは隅々まで胡桃名が把握しているのである。どこのステージのどこというヒントさえあれば、楓馬の案内なしでも辿り着ける自信があった。

『どういうことですか? とりあえず聞いてみます』

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