07 急いで戻らなきゃ

 最後の一撃が決まった瞬間、その巨大人食い植物のような怪物の動きはポーズをかけたようにピタリと止まった。

 すると見る見るうちに体が灰色に染まっていき、石像のようになってしまう。

 そして体のあちこちに一斉にヒビが入ったかと思うと、一瞬にして砂と化して、ざぁ、と地面に降り積もった。

「やったぁ」

 ヒューポーがリングから飛び出し、嬉しそうに微笑む。

 すると木陰から一人の妖精が飛び出して来た。

「ありがとうございます。助かりました。あなた方、お強いんですね」

「君は?」と僕が聞くと「森の妖精のルルクです」と言ってくるりと一回転して微笑む。

「森のおばばは?」

 辺りを見回しながら僕が聞くとルルクはひゅうと飛び去って、大きな球根の上に羽ばたいている。

 よく見ると球根がもごもごと動いていた。

「この中に閉じ込められているんです」

 ルルクは球根の上をくるくる飛び回りながら言う。

 その球根を切り開いてみると、中から粘液と共に森のおばばがどろりと溢れ出てきた。


 ヒューポーがおばばの顔を覗き込んで聞いた。

「おばば、大丈夫?」

 森のおばばは、ぶはぁと口から粘液を吐き出し、苦しそうにむせながら目を開けると何とか微笑んで言った。

「おぉ、これは風の村の長老の所の――」

 おばばは手を借りながら身を起こして、頭を振りながら言う。

 ルルクが飛んできておばばに向かって言う。

「この方たちがあの巨大植物の化け物を倒してくださったんですよ」

「そうか、それはすまなかったな。しかし、わたしとしたことが。急に黒い影に襲われて、不覚にも囚われてしまったのだよ」

「黒い影!」

 僕とヒューポーは顔を見合わせた。

 おばばは目を細めた。

「あれは三千年前に封印されたと言われる魔王ゴルティスかもしれん」

「魔王ゴルティス?」

 僕たちは同時に叫んでいた。

 そして邪念の森のおばばは静かに語り始めた。


「このファントメアという世界には古くからの言い伝えがあるんじゃよ」

「言い伝え?」

 僕は興味津々で身を乗り出していた。

「何でも三千年前、世界を巻き込んだ大きな戦があったのだそうな。世界は風の王国ブリーガル、水の王国ジャグポット、木の王国フォーロック、そして月の王国クレスという四つの国からなっていた」

「月の王国!」

 僕は伝説の王国の名前を聞いてワクワクした。

「月の国は世界中の人々の夢を集めてエネルギーに変え、この世界のありとあらゆる物を形創っていると言われる伝説の国じゃ。その国で謀反が起こったそうじゃ。その首謀者と言われているのがゴルティス」

「!」

「一日で月の国を制圧したそうな。しかし、残りの三つの王国が手を組んで戦った。その戦いは九十九日間続き、ついにゴルティスは月の国から追放され、ソルボラ山脈の奥深くの洞窟に幽閉されたと言われておる」

「もともと風の国があった所ですよね?」

 僕は興奮して言った。

「そしてその後、二度とこんなことが起こらぬように、月の国を人目につかぬ所に封印した。その封印を祀っておるのが今天空に浮かぶ太陽の神殿ソルナだというのじゃ。この伝説は何かの戒めのための作り事だとばかり思っておったが、こうして魔王が実在したとなると……奴が本当に伝説のゴルティスだとしたら、世界に強い憎悪を抱いておるはずじゃ。何を企んでおるか、わからんぞ」

「実は僕たち、昨日そのゴルティスが異国の服を着た少女を連れ去る所に出くわしたんです。その時拾ったペンダントをじっちゃんに見てもらったら、月の国のものだって」

 僕がそう言うと、森のおばばは大層驚いてつぶやいた。

「『ソルナが涙に濡れしとき月は目覚め天に昇る』これは太陽の神殿に伝わる古文書の一節じゃ」

 僕はさらに興奮して叫んだ。

「確かにペンダントは涙の形をしていました!」

 おばばは続けた。

「さらにその後、こう続くのじゃ。『神祀る月の間にて姫歌いしとき、すなわち天と地をこれ清めんとす』その異国の服を着た少女は伝説の歌姫レブリス、かの地で歌えば世界は浄化される、それが奴には不都合なんじゃろう」

 するとルルクが僕とおばばの間に入って羽ばたきながら、

「ねぇ、ねぇ、僕にもその月の紋章のペンダント見せてぇ」

「今は持ってないんだ。でも大丈夫、じっちゃんに預かってもらってるからね」

 僕はそう言いながら、ふとヒューポーが険しい顔でルルクを睨みつけているのに気付いた。

「どうしたの、ヒューポー」

「ルルク、どうしてペンダントに月の国の紋章が描いてあるって知ってるんだ」

「え? だって月の国のペンダントでしょ?」

「涙の形をしていたとは言ったけど、紋章が刻まれていたなんてひと言も言ってないけどね」

「……。ふふふ、ペンダントは風の村にあるのだな」

 そう言うとルルクは唇を吊り上げ、目を細めながら笑ったかと思うと、急に白目を剥いて天空を仰いで喚きだした。

「キャァァァァァァァァァァァァーーーーー」

「ルルク……?」

 するとルルクの口から黒い影が溢れ出て、天空に舞い上がり、太陽を覆い隠すように広がったかと思うと、四つの目を持つ魔物へと変身した。

「ゴルティス!」

「グハハハハハハハ」

 世界を震撼させるような不気味な声で笑うと一瞬で空中に吸い込まれて消えた。

「ごほごほごほ」

 むせかえるルルク。ようやく気が付いたようだ。

「僕は一体何を……」

 ヒューポーがおばばに詰め寄る。

「ゴルティスの狙いは何なんですか」

 おばばは目を見開いて、

「そうか、ゴルティスめ、その月の国を復活させて今度こそ我が物とし、世界を自分の都合のいいように創り変えようとしておるのだな。そのペンダントは復活の鍵になるものに違いない。だとすると風の村の長老が危ないぞ」

「大変だ! 急いで戻らなきゃ」

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