06 突然いなくなってしまった

 クロスソフト株式会社は元は八十人程度の小さいソフトハウスに過ぎなかった。

 それが八〇年代後半のファミコムブームで一気に大きくなった会社だ。

 当時は出せば売れて儲かる市場だった。

 だから商社や出版社など、ゲーム業界ではない業種からも参入が相次いで、有象無象のソフトが乱発された。

 若い開発者四~五人が三ヶ月から六ヶ月で創ったソフトで五〇万本、一〇〇万本といった単位の売上を叩き出すのだから利益幅が大きかった。

 しかし次第に異業種の作るゲームとゲームセンター用のゲームを創ってきたゲームメーカーやパソコンソフトで力を付けていたソフトハウスの創るゲームとの差は歴然となり、淘汰されていくことになる。


 そんな中クロスソフトはパソコンソフトで堅実な実績があり、ファミコム参入後も良質のソフトを出し続けてヒット作に恵まれ、ゲームセンター用のゲームにも参入し、急激に会社の規模が拡大され、九一年にスーパーファミコムが発売される頃には千人規模の大手ゲームメーカーになっていた。


 そんなクロスソフトに翌九二年に入社したのが才島涼輔(さいじまりょうすけ)である。

 才島は東大工学部在学中に創ったパソコン用ソフトが話題となり、在学中からクロスソフトの開発部に入り浸り、ゲーム創りの手伝いをしていた。

 そして卒業すると同時にそのまま企画職として入社した。

 翌九三年にサニー・デジタルエンターテインメント、略してSDEが設立され、九四年十二月三日に「1、2、3でゲームを変える」と大宣伝してポリゴンが描画できる最新ゲーム機プレイステージが発売された。

 クロスソフトは九三年からSDEより優先的に開発キットや技術協力を提供されていたので、当初から複数の製品がラインナップされていた。

 ローンチから一年間にゲームセンター用のアーケードゲームのヒット作五タイトルを移植、発売し、満を持して九六年にオリジナルRPG『ドラゴンファンタジア』をリリースする計画だった。


 そのオリジナルRPGプロジェクトに入社一年目の才島がディレクターとして大抜擢されたことは社内でも波紋を呼んだ。

 冷ややかな視線を送る者、あからさまに敵対心を燃やす者、お手並み拝見とばかりに嫌味を言う者。

 しかしそんな雑音も半年もすると次第に消えていった。


 才島の才能はずば抜けていたし、またそんな外野の喧騒にはまったく動じない図太さと精神力を備えてもいた。

 プログラマを始め、プランナーもビジュアルも、スタッフはみな才島より先輩ばかりで、中には十年選手のベテランも含まれていたが、いつしか才島のカリスマ性の前に一致団結したプロジェクトとなっていったのだった。

 才島は常に製品コンセプトが明快だったし、それは聞く者にアイデアを湧かせる力があった。

 スタッフからのアイデアを次々と取り込みつつ、全体のバランスの中で見事に吸収した仕様に落とし込んでみせたので、誰もが才島を信じ、安心して開発ができるのだった。


 結局予定通り九六年に完成し、七月に発売して一二〇万本の大ヒットとなった。これで才島の名前は業界に知れ渡った。

 そして休む間もなく続編の制作に取り掛かり、九八年十二月に『ドラゴンファンタジアⅡ~漆黒の花嫁』が発売されると発売日に秋葉原や新宿の家電量販店に長蛇の列ができるなど、社会現象にまでなって最終的には二三〇万本が売れた。

 当然会社は続編の制作を期待したが、才島は違った作品を創りたがって渋っていた。そんな矢先の九九年四月、新入社員として採用されたのが胡桃名裕司だった。

 採用面接で胡桃名を強く推したのは他でもない、才島だった。そして採用の最大の決め手となったのは才島が胡桃名を自分のプロジェクトにくれるのなら『ドラゴンファンタジアⅢ』を創ってもいいと言ったことだった。


 そうと決まると才島の行動は素早い。まだストーリーのプロットも決まらないうちからタイトルを正式決定してしまった。

『ドラゴンファンタジアⅢ 伝説の終焉』

 プロジェクトが発足すると、才島はプロデューサーになり、ディレクターにはなんと新人の胡桃名を抜擢した。

 才島は要所要所でサポートはするが、最終判断は胡桃名に任せた。胡桃名には類稀なバランス感覚があったが、そこはやはり新人、時として迷走気味になることもある。そんな時は才島がすかさずアドバイスをして軌道修正するのだった。

 この二人三脚をプロジェクトのメンバーも信頼し、プロジェクトはまとまっていった。


 胡桃名は毎日必死に働いた。仕事は目まぐるしく忙しく、昼間は雑誌の取材対応、夕方から仕様書を書き、夜中に調整して明け方、同僚たちの椅子を四つ並べてその上に横になって仮眠を取り、また朝、みんなが出社してきたら仕事という毎日だったが、楽しくて仕方がなかった。

 こんな楽しいことをしていて給料貰えるなんて、申し訳ないとさえ思っていた程だった。

 そうしてマスターアップに向けて本格的にデバッグが始まる直前のある徹夜していた日、才島が飯を食いに行こうと誘ってくれた。

 夜中の二時で丁度腹も減ってきたし、行きましょうということで、才島の車で近くのファミレスに向かった。

 そこで飯を食いながら、彼はこう切り出したのだ。

「実は俺、近いうちに独立して会社を興すことにしたんだよ」

「え? 才島さん、辞めちゃうんですか」

「そこで相談なんだけど、胡桃奈くんも一緒に来てほしいんだけどな。どうかな」

 突然の誘いに驚いて、やっと口を突いて出て来たのは、ハァという吐息とも返事ともつかぬ言葉だった。

「今は全部で五人のちっぽけな会社だ。だけど胡桃奈君にもぜひ来てほしい。この二年半一緒に仕事してみて、君とならうまくやれると思うんだ。どう?」

 才島は真っ直ぐ胡桃奈の目を見ながら言った。

 それは信念のある眼差しだった。

 その目を見て胡桃奈は会社を辞める決意をしたのだった。


 『ドラゴンファンタジアⅢ』は無事二〇〇一年十二月に発売された。

 その直後に才島は退職した。

 思えばサブタイトルに『伝説の終焉』と付けたのは、その頃から独立の構想を練っていたということなのかもしれない。

 そうして社長の才島に胡桃奈を含めて六人のゲーム会社がスタートした。

 社名は株式会社パレットと命名された。

 パレットには、色々なカラーを持つ社員の能力を混ぜ合わせて、業界というキャンバスに存在しない、新たな色を塗り付けるという意味も込められていた。


 才島は当時若干三十二歳という若さだったが、時代を読む才能と売れるものを見抜く直感は追随を許さぬものがあった。

 だから、才島がゲームハードのメーカー、サニー・デジタルエンタテインメントに会社立上げのための出資をお願いに行った時も、かなりの有利な条件で承認をもらったのであった。

 才島が読んだ時代の流れからテーマを決め、それを胡桃奈が面白いゲームとして形にするという二人三脚の開発体制に、当時集まってきた有能なクリエイターたちがさらにセンスとアイデアを盛り込み、続々と想像以上の物ができあがっていった。


 こうして株式会社パレットは、ヒット作を連発し、一躍業界に名を轟かせたのであった。

 そして起業からたったの三年で店頭公開に漕ぎ着け、東証二部上場を果たした。

 その際、筆頭株主になった取引銀行の課長クラスが数名役員に就任した。

 それでも創業者である才島のワンマン社長ぶりは変わらなかった。

 全ての企画審査の決定権は才島が一人で持っていた。

 役員も会議の席で意見をすることもあったが、結局は才島の一言で決まるのだった。


 ある時、胡桃奈がゲームを全くやらない女性層や主婦層をターゲットにした企画を提案した。

 すると一目見ただけで才島は、これだ、と言って制作を決めてしまったのだ。

 役員たちはいかにその企画が売れないかを色々な前例を引き合いに出して力説した。

 しかし才島は役員たちの出してきたレポートを斜め読みした後、それを机にポンと投げ出して、

「アンタらなんなの。ばかぁ? ダメな理由ばっかり一所懸命考えちゃってさぁ。この世にないものが売れない理由ならいくらでも挙げられるんだよ」

 役員たちは眉を引きつらせて顔を見合わせた。

「でもそういうものの中から大ヒットが生まれるんじゃないの? アンタらのカビの生えた脳みそでいくら考えたって無理だろうけどね」 

「お言葉を返すようですがね……」

 役員のひとり、銀行出身の専務、唐沢由之が意を決して前に出ながら言いかけると、

「お言葉は返さなくていいよ。黙れ。うるさいよ。どうせ他のヒットしたゲームの話をするんだろ」

 唐沢はまさにその話をしようとしていたので、言葉を飲み込んでしまった。

「ヒットしてからは何故売れたかというのはいくらでも言えるんだよ。ただの評論なんだから。逆にまだ世の中にないものが売れない理由もいくらでも言えるんだ。でもな、まだこの世に無いものなら創るしかないでしょ」

 と言って強引に通してしまった。


 それが『怪盗ラムナと黄金の仮面』、そう、エース夏目潤が胡桃名とコンビを組んだ記念すべき第一作だったのだ。

 しかもその企画はサンテンドーDS用のソフトだったので、通常なら一億円ぐらいの開発費が相場だった所に三億円、さらに宣伝費には一〇億円の予算を指示した。

 これには役員も大反対だったが、才島の耳には届かなかった。

 まだこの世にないものを売るには、まだこの世にない宣伝が必要なんだと言って譲らなかった。

 声優に有名俳優を起用したり、音楽も著名な作曲家にお願いして、テレビや雑誌、他の企業とのタイアップなども意外性と話題性のあるものばかりでその数も五十を越えた。

 渋谷の街をジャックして街中のいたる所でゲームのキャラクターを露出した。

 その模様はニュースでも取り上げられ、画像や映像が各種のソーシャルメディアにアップされ、瞬く間に世界中に増殖した。結果は大ヒット。

 初回分はあっという間に売り切れ、増産に次ぐ増産で最終的には世界中で六〇〇万本が売れた。

 開発費と宣伝費を引いても純利益で百億円以上が転がり込んできたことになる。

 そしてこの余勢を駆って二〇〇八年、東証一部上場をも果たしてしまった。

 この時も取引先であった銀行や大手商社と大手広告代理店が筆頭株主になり、そこから転籍してきた者が役員や部長に就任した。

 すでに社員数も三百人を越える大所帯になっていたが、変わらず才島のワンマン経営は続いた。

 役員も部長たちも会議の席では才島の意見を待って、それに同調する形でしか意見しなくなった。それが彼らの処世術だった。

 そんな中で、当時単なる企画課長である胡桃奈だけは社長の才島に意見していた。

 才島も胡桃奈の意見には耳を傾け、時には議論し、時には論破され、納得して結論を変えることもあった。

 だから若手のクリエイターたちは部長たちの言うことよりも胡桃奈の言うことを聞きたがったのだった。

 それがさらに役員や部長たちを苛立たせた。


 そして二〇一五年九月のある日、胡桃奈は長年温めていた企画を直接社長の才島の所に持ち込んだのだ。

 社長室に入ると、書類に目を落としていた才島はすぐに目線を上げ、

「おぉ、胡桃名! 何かイイこと思いついたか」と聞いてきた。

 これは胡桃奈と会う度に交わされる一種の挨拶のようなものだった。

 エレベーターや廊下などで出会うと必ず、何かイイこと思いついたか、と言うのだった。 

 胡桃奈も大抵は、「ええ、そりゃあ、もう湯水のように」と返すことにしていた。

 だからその時も才島はそう返事が返ってくると思っていただろう。

 しかしその日は違った。 

 本当にイイことを思い付いて提案しに来たからだ。


『新ソーシャルRPG企画 シャトー・ドゥ・ファントーム』


 企画書の表紙にはそう記されていた。

 胡桃奈の提案した企画はこうだ。

 プレイヤーはゲームを始めると偶然出逢ったパートナーと冒険を始める。

 プレイヤーはパートナーと協力して謎を解き、経験を積んで次第に成長し、世界が広がっていく。 

 そしてある時、自分の世界を飛び出して、さらに外に広がる世界に気付く。

 そこは世界中のゲームプレイヤーとリアルに繋がる世界なのだ。

 そこではネットを介してプレイヤー同士が二人一組になってバディを組み、コミュニケーションを取ったり、情報やアイテムや互いの経験を交換しながら、一緒に冒険を進めていくという二重構造の内容になっているのだった。

「そうしてゲームを終盤まで進めて行った後に、プレイヤーたちは驚愕の結末を迎えるんですよ」

 胡桃奈が多分に勿体ぶった言い方でそう言うと、才島は子供のように目を輝かせ、席を蹴って胡桃名の目の前まで飛んできて食いつくように聞いた。

「驚愕の結末?!」

 そして胡桃奈はとっておきのアイデアを最も効果的な間とテンポで語った。

「どうです?」

「おもしろい!」

 才島は膝を叩いて、目を剥いて喜んだ。

「それ、面白いよ。よし、制作決定だ! 今すぐプロジェクトを結成してくれ。メインスタッフはプログラマに楓馬、ビジュアルは鳴谷、サウンドは佐伯で決まり」

「わが社のベストメンバーじゃないですか」

 胡桃名が驚いたのも無理はない。

 それは十三年前の会社立上げ時のベテランメンバーであり、最重要プロジェクトとなることは必須の人選だった。

「実は二年後に発売が予定されている参天堂の次世代ハードの話が極秘裏にあって、それのローンチにビッグタイトルがほしいと言われてるんだ。これがぴったりだよ。胡桃名、ありがとう! だから、ハードの発売日に間に合うようにマスターは二〇一八年一月末でよろしく!」

 というわけで、これだけの大プロジェクトを役員会も部長会も通さずに決定してしまった。


 これには役員や部長たちもさすがにあわてた。

「今回のプロジェクトは非常にまずい」

 元銀行マンで専務取締役経理担当の唐沢由之が二人の部長を集めて言った。

 唐沢はあの『怪盗ラムナと黄金の仮面』の時の屈辱を未だに忘れられずにいた。

 と、言うより、あれからずっと屈辱を噛み締め続けてきたと言った方がいいかもしれない。

「売れるかどうかもわからない新ハードのローンチに莫大な開発費と宣伝費を計上しろと言ってきたんだ」

 それを聞いた元商社マンで営業部長の藤堂雅一が唐沢の顔色に合わせてあわてて言う。

「いくらぐらいですか」

 唐沢は左手で隠しながら右手の指を立てて、

「開発費がコレだ」

「あぁ、そんなもんでしょう」

 元広告代理店出身で開発部長の田宮多津彦は、その指の本数を見て、まぁ妥当な線だと思って言った。

「いや、それにゼロが一個つくんだよ」

「えぇええぇっ」

 藤堂と田宮は顔を見合わせた。

 唐沢は声を落として言った。

「何としてもここは社長に思い留まってもらわないといかん。藤堂くん、田宮くん、二人で社長を説得する資料を作ってくれないか」

「わかりました。田宮さん、私は営業的なリスク面からいかに無謀な計画かを主張するから、あなたは開発的見地から、技術的なリスク面で計画の無謀性を主張してください」

 藤堂がそう言うと田宮が頷きながら「了解です。明日までには仕上げます」と言った。

 こうして計画の見直しを提言するため、資料を持って三人が社長室に乗り込んだのは次の日の夕方だった。

 用意された資料をめくりながら、プレゼンを一通り聞いていた才島は、大あくびをしながら顔を上げた。

「話はそれだけ?」

 反応の冷たさが予想以上だったため、唐沢は焦って言った。

「あ、あの、ですから、今回の投資が万が一失敗した場合、当社の経営の基盤を失いかねないということです。そうなれば銀行の融資も受けられなくなりますし、それどころか倒産の危機だって考えられます。株主だって黙っていないでしょう。ここはもう一度お考えになって……」

 そこで唐沢は言葉に詰まってしまった。

 才島がプレゼン資料を両手で持って、ゆっくり縦半分に裂き始めたからだ。

 そして才島は一気に言った。

「相変わらずアンタら暇だねぇ。唐沢さん、こんなことやってる暇があったら銀行にこのプロジェクトの可能性を説いてもっと金引き出して見せてよ。そのためにアンタ飼ってるんだからさぁ。藤堂さんもどうやったら十倍売れるか、新しい売り方でも考えろよ。バカの一つ覚えで同じやり方してるんだったらロボットと買い替えるよ。それから田宮、おまえ開発部長のくせに今できる技術だけでモノ創ろうってのが甘めぇんだよ。アンタらみたいにできない理由を考える天才社員は、どうぞ辞めてもらって結構。大株主からの出向かなんか知らねぇけど、その程度の覚悟ならいらねぇんだよ、出てけ」

 三人は何の反論もできず、唇を噛み締めたまま、社長室を追い出されてしまった。


 こうしてプロジェクトはそのまま進んでいった。

 そして社内でも指折りの大規模プロジェクトとなり、様々な問題はあるものの、スタッフの献身的な努力と協力体制によって、すごいものが出来つつあった。

 そうしてあと三ヶ月で完成という時、あの事件が起こった。

 そのために才島は突然いなくなってしまったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る