05 むしろ『俺』だから探せるんだよ

 コメダ珈琲店のコーヒーを一口啜ると、夏目潤(なつめじゅん)は再び携帯ゲーム機『サンテンドーターミナル』を手にした。


 キャラクターを操作してベッドまで行き、ボタンを押す。

 ベッドの中で、隣に寝ているヒューポーがにっこり笑い返してくる。

『おやすみ、エースくん』

『おやすみ、ヒューポー』

 画面がフェードアウトして真っ暗になった。


 ここまでを記録しますか?

     ▼はい

      いいえ


 《はい》を選んでゲームをセーブすると、夏目は電源スイッチを軽く押してスリープ状態にした。

 ちょうど店の入り口のドアを開けて待ち人が入ってきたからだ。


 その男は小柄で少し猫背気味の肩を上下させながらズボンのポケットに手を突っ込んだまま近づいて来ると「よぉ。久しぶり」と、あごで挨拶をする。

「どうも。お久しぶりです」

 夏目が会釈すると、その向かい側の席に座りながら男は言った。

「忙しいのに、悪いね」

「大先輩の楓馬さんに呼び出されて来ないわけにはいかないっすよぉ」

 彼は楓馬優(ふうままさる)。株式会社パレットのチーフプログラマだ。

「いやいやいやいや。何をおっしゃいますか。今をときめく大ヒットメーカーの夏目さんを呼び出すなんて畏れ多い。えーっと、なんつったっけ? あれ、ほら、あのゲーム。チャーハンだっけ」

「またそうやって。それを言うならクリハンですよ、クリーチャーハンター」

「え? 栗ご飯? それならチャーハンだって同じだろうがぁ」

「もー。どっちでもいいっす」

「ははは。ごめんごめん」

 注文を取りに来たウエイトレスに、カプチーノひとつ、と注文しながら楓馬は足を組んで身を乗り出した。

「ナツジュン辞めてから何年経つんだっけ」

 夏目潤も元は株式会社パレットの一員だった。

 スマホアプリを専門にしている会社にヘッドハンティングされて転職したのだ。

「二〇一五年に辞めたんで、もう三年ですね」

「三年かぁ、早いな」

「いやぁ、まだ三年ですよ。パレットにいたのは九年ですからね。三分の一ですよ」

「その三年で大ヒットソフト創っちゃうんだから大したもんだよな」

「それもみんな胡桃名さんのおかげです。入社してすぐ配属されたのが胡桃名さんのプロジェクトじゃなかったら今の俺はなかったと思いますよ」

「あれだよな、あの、DSのプロジェクトだよな」

 二〇〇四年十二月にサンテンドーDSは発売された。

 それまでゲームの操作はコントローラーの進化に伴ってどんどん複雑化していった。

 それについて行けずに離れていったゲームファンや、操作が難しそうだと感じて遊ぼうとしなかった層の顧客にもゲームをやってもらいたいという願いがサンテンドーDSには込められていた。

 操作の熟練度を一旦リセットするために、タッチペンによるタッチパネルへの入力を特徴としたゲーム機だった。

 これなら誰もが初めての経験であり、同じスタートラインに立てると考えたのである。

 そのようなタッチ操作で遊ぶゲームを総称して「タッチ! ジェネレーターシリーズ」と呼んでいた。


「胡桃名さん、DSを一目見た瞬間、もしこのハードが売れなかったら、もうゲーム業界はおしまいだから、俺はこの仕事を辞めるよって言ったんですってよ」と夏目が言うと、

「へぇー。胡桃名さんらしいな」

 楓馬は頭を掻きながら嬉しそうにはにかむ。

 実際にDSが本格的なブームにまでなったのは、翌二〇〇五年五月に参天堂から発売された『脳を鍛える大人のDSトレーナー』がきっかけだった。

 そもそも高齢者向けの脳のトレーニング本がベストセラーになっていて、それをゲームにするに当たり、実際の年齢とは別に「脳年齢」を競うという仕様が追加されたことで、老若男女すべての年齢層の人が興味を持つようになり、年末には大ヒットしたのだった。


 そんな二〇〇六年四月に夏目潤はパレットに入社した。

 夏目はパレットの第一作である『フェアリークロニクル』というRPGの大ファンで、これの制作に関わりたいという一心で応募したのだったが、入社してみると待っていた仕事は違っていた。

 『脳トレ』の成功により今までゲームには無関心だった壮年層や女性層が顧客になった。

 そこに目を付けたプロデューサーの胡桃名は、謎解きやパズル、クイズといった誰でも楽しめる遊びを、怪盗ラムナと名探偵ロックのストーリーを絡めたアドベンチャーゲームに仕立てるシリーズ企画として進めようとしていた。

 夏目はその一作目のディレクターに抜擢されたのだ。

「名コンビだったもんな。『怪盗ラムナと黄金の仮面』だっけ?」

「あれは入社してすぐでした。胡桃名さんからディレクターやらないかって言われて、一瞬だけ『フェアリークロニクル』じゃないことにガッカリしたんですけど、いきなりディレクターをやらしてもらえるなんて考えてもみなかったんで、『はいっ!』なんて二つ返事で引き受けちゃって」

「でも結果的には良かったんじゃないか。あの頃からエースって呼ばれてたもんな」

「そうですね。今でもソフトで名前を付けることがあると『エース』って付けるんですよ」

「そうそう、よくデバッグしてるとランキング一位に『エース』って出てたっけな」


 このソフトの成功を機に、パレットは東証一部上場を果たすのである。

 まさに胡桃名とエース夏目の名コンビによって会社は一気に大きくなっていったのだった。


 そして次に転機になったのは二〇一二年に制作した『ドラゴンズブロック』だった。 

 この頃になるとスマートフォンが普及し始め、アプリをダウンロードして遊ぶのが主流になっていて、基本無料で楽しめるソフトが人気を博していた。

 そこでパレットはいち早く参入を決定し、エース投入となったわけである。

 ブロックを連鎖で消すパズルとドラゴンを集めて育成する要素を融合してRPG仕立てにしたこのゲームは、通称『ドラブロ』と呼ばれて大ヒットとなり、課金収入も全アプリ中一位を獲得するに至った。


「あの時も次こそは『フェアリークロニクル』に参加できると思ってたのに、胡桃名さんに呼ばれて、今流行ってるスマホのアプリは遊びやゲーム性が全然足りてない、次に来るのはもっとゲームのノウハウの詰まったもののはずだ、って説得されて、それならってことで担当になったんスよね」

「なるほどな。で、その『ドラブロ』の大ヒットで自信を付けて、高給で引き抜かれたってわけか」

「いや、引き抜かれたっていうか、自分からコンタクトしたんスけどね」

「え? なんだ、胡桃名さんが嫌だったのか?」

「そんな、嫌なわけないじゃないですか。胡桃名さんからは本当にいろんなことを教えてもらったんスよ。感謝してもしきれませんよ。むしろ申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「なんで?」

「実は『ドラブロ』の後、胡桃名さんから誘われたんですよ、次のプロジェクトにも参加してくれって。それが今思えば『シャトー・ドゥ・ファントーム』だったわけです。でもその頃俺、悩んでて。このまま胡桃名さんに守られてやっていくのも一つの道だけど、飛び出して自分の力を試してみるのも一つの道なんじゃないかって。それで知り合いで今の会社に勤めてる奴に相談したら、いきなり向こうの社長に会うことになって、それからはとんとん拍子に話が進んで、二週間ぐらいで転職することになっちゃったんです。それでいきなり『クリハン』任されて、忙しくなっちゃって……だから胡桃名さんにきちんと挨拶できないまま今日まで来ちゃったんですよ。胡桃名さんが社運を賭けて創ろうとした作品にせっかく誘ってもらったのに、俺、それを蹴って会社を飛び出した感じになっちゃって」

「確かにナツジュンが辞めちゃった時、胡桃名さん、相当ショックで落ち込んでたと思うぞ」

「そ、そうなんですか? あぁ、胡桃名さんに合わせる顔がないですよ」

「でもそれで栗ご飯だもんなぁ。まさに順風満帆を絵に描いたようだよなぁ」

「あの企画だって実は全部胡桃奈さんの姿を真似てやってたんスから。新人だった俺からしたら胡桃奈さんは雲の上の人だったのに、胡桃奈さんの方から降りてきてくれて、同じ目線で話してくれたのが良かったんスよ。だから俺も今のプロジェクトではそうしてて、それで上手くいったんです。他にもアイデアの考え方とかまとめ方とか、はっきりいって全部受け売りッスよ。こんな時、胡桃奈さんだったらどうするだろうって想像してやってきたんスから」

「おうおう、ナツジュンいじらしいねぇ。胡桃名さんが聞いたら泣いて喜ぶぞ」


 通称クリハンこと『クリーチャーハンター』は、夏目が転職して一年目でディレクションしたスマホアプリである。

 このゲームはアプリを起動したままスマホを持って外を歩き回っていると、その先々でその場所にしかいない目に見えないクリーチャーを見つけることができるのだ。

 仕組みを明かしてしまうと、世界中いたる所に飛び交っている無線LANの電波である。電波を受信し、そのMACアドレスの数値をクリーチャーに変換しているのだ。

 つまりその場に飛んでいる電波をキャッチすると必ず同じクリーチャーが生成されるので、あたかもその場所に地縛霊のようにクリーチャーが存在するかのごとく、誰のスマホでやっても同じクリーチャーが出現するのである。

 しかもそれがGPSによってリアルに今いる場所のマップとリンクしていて、スマホの画面を通じて見るとカメラで捉えた現実の映像にクリーチャーが合成されて見えるのだ。

 いわゆる仮想現実という奴だ。 


 若者たちは競ってレアなクリーチャーが出現する場所を見つけ、その情報をネットやLINEやツイッターやフェイスブックなどに流し、情報発信するのだった。

 その結果、超レアなクリーチャーの出現する場所は、スマホを片手に徘徊する若者で賑わった。

 そして捕まえたクリーチャーは育成していろいろな能力を身につけさせて、自分だけのクリーチャーを創ることができるのだ。

 しかも同じクリーチャーを捕まえるのでもフレンドと協力して捕まえた方が報酬も経験値も大きくなる。

 だから友達がプレイしていたら自分もダウンロードしないと協力できず、仲間ではなくなってしまうのだ。

 そのためにダウンロードした上でさらに友達の助けになって活躍したいがために、必死にプレイするというわけだ。

 よくできた仕組みだ。

 これによってプレイヤーは瞬く間に増え、あっという間に三千万ダウンロードを越える大ヒットアプリとなったのだった。


「ところでエースくん。『シャトー・ドゥ・ファントーム』が発売されたのはもちろん知ってるよね」

「もちろん」最新携帯ゲーム機のサンテンドーターミナルを鞄から取り出すと「さっきまでプレイしてましたよ」

「そりゃあ、話が早い」

「確か最初はサンテンドーターミナルのローンチタイトルでしたよね。やっぱり発売が五ヶ月も遅れたのはあんなことがあったからですか」

「まぁな、あの事件以来、役員や部長たちが急に出しゃばってくるようになってな」

「やっぱりそうなんですね。胡桃名さん、つらい立場になってるんじゃないかと思ってたんですが……。あんなことさえなければ、ねぇ。でも何とか無事発売できてよかったじゃないですか」

「それがそうでもないんだな」

 楓馬の顔色が曇ったのを見て、いろいろな憶測が頭をよぎる夏目だった。

「……胡桃名さんに何かあったんですか」

「エースくん。実は今日は折り入って頼みたいことがあって来てもらったんだよ」

「何ですか。胡桃名さんのためなら何だってやりますよ」

「それが、その胡桃名さんを探し出してもらいたいんだ」

「胡桃名さんを探すって……胡桃名さん、どうかしたんですか」

「今年の一月の中頃に突然失踪して連絡が取れないんだ。携帯もスマホもタブレットもPCもゲーム機も持たずに消えちまったんだよ」

「俺に探せるんでしょうか」

 楓馬は夏目の耳元に顔を近づけて囁いた。

「むしろ『俺』だから探せるんだよ」

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