17 たぶん気のせいだとは思うけどね

「サキって誰?」

 そのメッセージを見ながらボクは首を傾げた。

『間違ったらごめん。シンディ、君はサキじゃないのか』

 間違ってるよ、ボクは結菜、サキじゃないし。

 でもこのサキっていう人のニックネームもシンディっていうのかな。

 そしてその人は今は傍にいない。

 そしてピートはその人のことを探している。

 もしかしたら幼い頃に生き別れた妹だったりして。

 ピートとシンディは幼い頃に両親を亡くして別々の施設に引き取られて行ったの。

 それから十年の月日が流れ、すっかりそれぞれの生活をしている中で、たまたま同じゲームを買って遊んで繋がったってワケ。

 やっぱり兄妹は同じ血が流れてるから、同じゲームに心惹かれたってことで。

 そうしてゲームを通じて感動の再会を果たすのでした。

 って世界仰天ニュースか!


 でも待てよ、幼い兄妹が互いにピートとシンディって呼び合ってるのってちょっとおかしいね。

 サキちゃんのあだ名がシンディって考えにくい。

 そうなるともっと大人なのかも。

 そうだよね、子供とは限らないよね。

 このゲーム、子供の心を持った大人にもビビッとくるものあるもんね。

 ボクがそうだし。

 いや、もっと大人でもありだな。

 だったら別れた恋人かもね。

 大恋愛の末、付き合った二人。

 でもちょっとした運命のいたずらで二人の間に亀裂が生じたの。

 それがいつしか大きくなって、ついに二人は別れ別れになった。

 でもピートはまだシンディのことがどうしても忘れられなくて、ついふとした瞬間に思い出してぼ~っとしてしまう。

 あぁ、シンディは今どこにどうしているんだろう。

 そしてある日、手にしたゲームを遊んでいると、プレイヤーの中にシンディを見つけた。

 それはそれは運命の再会だよね。

 赤い糸ならぬ赤いインターネットで繋がっていた二人。

 奇跡が二人を引き寄せた。

 面と向かっては正直に気持ちをぶつけ合えなくて別れ別れになってしまった二人が、通信で繋がったことで素直に心を開くことができた。

 なんかロマンチックじゃね?

 人生の最後に、別の人生を生きてみるのも悪くないかもね。


『サキだよ』

 メッセージにそう書いて、ちょっと悩んだけど、えいっ、って送っちゃった。

 ボクはサキ。

 最愛の人と別れ、人生に迷っている時に、幻の城で運命の人と奇跡の再会をしたプリンセス。

『プレイしてくれたんだね、サキ』

 ん?

 プレイしてくれたって、どういうことかな。

 ピートはサキにどうしてもこのゲームをプレイしてほしかったってことかな。

 何で?

 自分が気に入ったこのゲーム、きっとサキも気に入るはずだよ、だって二人は似た者同士だから、てか?

 共感してくれる人がいるって素晴らしいよね。

 そんな人がひとりでもいたら、世界がどんなに闇に沈んでいても、どんなに痛みに満ち溢れていても、生きていけたに違いない。

 うん、サキはピートにとって、かけがえのない存在だ。

『もちろん。楽しみにしてたんだから』

 これはボクの率直な感想だ。

 ま、延期になってからは情報追ってなかったから、今まで忘れてたんだけどね。えへ。

 それにしてもこのゲーム、出だしのストーリーは、裏山に何かが落ちたみたいだからちょっと行ってみようよ、ぐらいの小冒険で、いわゆるよくあるお決まりの話だったのに、あのじっちゃんが死んじゃった辺りからだよ。

 なんか急にシリアスな展開になってきて、相棒のヒューポーも何と月の国の王子だったりして。どうも深~い深ぁ~い謎がありそうだよね。

 初めてファミ通で見た時のボクの直観は間違ってなかったってことだよ。

 ここから先はピートと協力して謎を解き明かしていくんだ。


 お、噂をすればピートからメッセージだ。

『今どこにいるの? どうして急にいなくなっちゃったの?』

 おっと、「急に」なんだ。

 サキちゃん、失踪中?

 しかもピートには思い当たる節はないみたいね。

 これで幼い頃に生き別れた兄妹説は消えた。

 運命の人との再会説が有力に。

 しかも最近まで一緒に過ごしてたのに急にいなくなっちゃったって感じ?

 どこに行っちゃったんだろうね、サキちゃん。

 「どこ?」とか「どうして?」ってボクに聞かれても正直困る。

 どうしたもんかなぁ。

 適当なこと言っちゃうとボロが出そうだしな。

 そうだ!


『今はまだワケは話せない』


 これだ!

 今見たばかりのヒューポーの言葉を借りてここはやり過ごそう。

 いつか時が満ちたらちゃんと話すからって、ね。

 サキの謎の失踪。

 その謎を解き明かそうと躍起になっているピート。

 そして奇跡の再会。

 しかしまだ謎は謎のまま。

 だって物語の結末を迎えないと謎は解けはしないものでしょ。

 そういうものよ。


 あ、またメッセージが来た。なになに。

『実はこのゲームのエンディングは俺の仕様とはまったく違うものになっている。それを取り返すためにサキにも協力してもらいたいんだ』

 ゲームのエンディング?

 俺の仕様?

 何のことだろう。

 ゲームのエンディングを創り変えようっていうの?

 それが取り返すことになるってこと?

 えぇーと、それってどういうことなのかな。

 つまり何らかの理由でゲームのエンディングが変わってしまっていて、それを元通りにしようとしているんだよね。

 で、その元のエンディングが『俺の仕様』なんでしょ?

 エンディングの仕様を創ったのは『俺』であるピートってことだよね。

 それってディレクターってこと?

 え、え、え、え、ちょっと待って。

 ピートってこのゲームのディレクター?

 ちょっと怪しいんですけど。

 これのディレクターって誰だっけ。

 思い出せない。

 あ、そうだ。ファミ通にインタビューが載ってたじゃん。

 確か二〇一七年の秋頃だったから九月号のどれかに載ってたはず。

 本棚に並んだファミ通を追っていくと二〇一七年の八月に発売された号に行き当たる。

 そのうちの何冊かを引っ張り出し、めくっていくと八月三十一日号に載っているのを見つけた。

 胡桃名裕司。

 ちょっとイケメンでクールなクリエイターって感じ。

 何かを熱烈に語っている瞬間の写真だろうか、両手を胸の前で広げて、何か見えない丸い玉を持っているような仕草。

 目がキラキラ輝いていて、この作品に賭ける想いがほとばしっているようだ。

 この人がピートなんだろうか。

 そうだ、仕様は必ずしもディレクターが書くとは限らないな。

 エンディングの仕様はシナリオライターが書いてるかもしれないじゃない。

 思わず懐かしくて記事を読んでしまう。

 そしてある一行が目に留まった。

『ある驚愕のエンディングを思い付いてしまって、そこからストーリーを創っていったんですよ』

 ストーリーはディレクターの胡桃名さんが考えたものだった。

 しかも驚愕のエンディングを思い付いたのも胡桃名さんだった。

 まじか!

 これは間違いないよね。

 ピートは胡桃名さんだ。


 よし、確かめてやれ。

『もちろん協力するよ、裕司』

 えい!

 送っちゃった。

 これで「?」ってなったら人違い。

 普通に返して来たらホンモノってことだよ。

 もしホンモノだったらどうしよう!

 憧れのゲームのクリエイターとゲームでバディになるなんて。

 あ、でもボクはサキさんの成りすましだからなぁ。

 これがバレたら怒るだろうなぁ。

 そう考えると本当のことを言うんだったら今しかないって思えてくる。

 どうしよう。

 言うべきかな。

 いや、そもそもホンモノのワケないじゃん。

 『裕司って誰だよ!』って返信くるに決まってるし。

 そしたら『あちゃー人違い。ごめーん』って謝ってバディ登録削除しちゃえばいいかな。

 それに……。


 あ、返信来た。

『ありがとう。サキ。よろしくな』

 ………。

 ホンモノだぁ……。

 ちょっと罪悪感。

 でも今さら後には引けないからね。

 元のエンディングを取り返す冒険を一所懸命やるだけだ。

 そう覚悟を決めてみると、何となくその冒険を乗り越えると、何かが変わるんじゃないかって気がしてきた。

 ま、気がしただけ。

 たぶん気のせいだとは思うけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る