28 むしろ愛おしかった

 想像もしてなかった。

 こんな結末が待っていたなんて。

 この胸の奥から湧き出てくるような哀しみ、寂しさ、そして優しさは一体何?

 ボクは自分でもわからないうちに、大声で泣き叫んでいた。

 号泣だよ。

 まいった。

 まじ、まいったって。

 ゲーム機のモニターには『FIN』の文字が出たままだ。

 そしてボクは現実の世界に帰ってきたわけだ。

 どこにも居場所のない現実の世界に、ね。

 部屋は薄暗く、ゲーム機のモニターの灯りだけがまぶしく光っている。

 すっかり日が暮れた窓の外を見つめながら、ひっくひっくと泣きべそになって、それから大きく一回深呼吸をして、さらにふぅと溜息をついてみる。

 唯一の居場所だったゲームの世界にも居場所がなくなったってことだよね。

 もう一度、ふぅと溜息をついてみた。

 そしたらなんか、肩が軽くなった気がした。


 手の中でゲーム機が振動している。

 胡桃名さんからメッセージが届いたんだ。

『君の本当の名前を教えて?』

『春日井結菜、っていいます』

『結菜さん、ありがとう。私のゲームのエンディングを取り返してくれて』

 お礼なんて、そんな……。

 そうメッセージを送ろうとしたら続けてメッセージが届いた。

『これでゲームは終わりです。でも君の人生というゲームは終わらない、これからも続くよ。人は生きていること自体に意味があるんだと思う。こうして一緒に冒険したこと、今起こっていること、周りの人たちの振る舞いが、これから何をすべきかを伝えている。それらを一所懸命考えて、最終的に君が選んだ道は必ず一番いいことに繋がっている。だからそのままでいいんだよ。また、どこかで逢おう。――冒険の相棒より』

 ボクはそれを、ゲーム機のモニターに落ちて滲んだ涙を何度も拭きながら何度も読んだ。

 そうなんだ。

 ボクが今までずっと言ってもらいたかったことは、これだったんだ、と気付いた。

「そのままでいいんだよ」

 そう口に出してみると不思議と報われた気持ちになる。

『ありがとうございます。人生に意味のないことは起こらない……ですね』

 そうメッセージを送ってから、静かにゲーム機の電源を切った。


 人生最後の記録として始めたゲームが、新たな人生の始まりになるなんて。

 不思議なこともあるもんだね。

 ボクはこのゲーム体験を一生忘れないだろう。

 いけない。

 そうとなったら一斉送信する設定にしてあるメールを解除しなくちゃ。

 それから明日から始まる新学期の準備もしなくっちゃ。

 その時、お腹がぐぅと鳴った。

 そういえば、もう三日も何も食べていなかった。

 立ち上がって部屋の鍵をはずし、ドアを開けてみる。

 床にはいつものようにお盆に載った夕食が置いてあった。

 今日はハンバーグとクラムチャウダーとごはんだ。

「ママ……」

 ボクはそのお盆を持ち上げた。

 そしてお盆を持ったまま階段を降りて行った。

 最後の一段を降りる時は、まるで月面に第一歩をしるす宇宙飛行士のように、ゆっくりと降ろした。

 キッチンへ入るとママの姿が見えた。

 ママは仕事にでかける身支度を済ませ、フライパンを洗っている所だった。

 ボクがお盆をテーブルに置くと、その音に気付いてママが振り返る。

「結菜ちゃん!」

 ママは口を両手で覆って驚いていた。

「ママ……」ボクは椅子に座りながら言った。「お腹空いちゃった」

 ママの目から大粒の涙がこぼれて鼻から口を覆った手の甲を伝って落ちた。

「おぉ、おぉぉ」

 声にならない声でママは泣いた。

 そしてそのまま泣き崩れるように席に着いた。

「結菜ちゃん……ごめんなさい、ごめんなさい」

「ママ、一緒に食べよう」

 ママは必死に涙を拭いながら、泣いていた。

「結菜ちゃん……」

 ボクも涙が止まらなかった。

 ママは帰ってから食べようとしまってあったハンバーグを出してきて一緒に食べた。  

 ボクとママは、お互いそれ以上何も言わなかった。

 何も言わずにただ泣いていた。

 泣きながらハンバーグを食べた。

 ハンバーグがしょっぱくなっちゃうよ。

 そして気付いた時には不思議とママへの憎しみは無くなっていた。

 むしろ愛おしかった。

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