ex2−3 ギルド受付嬢の暴発
今の所私が担当する唯一の冒険者君は、例の一件から随分と沈んだ様子でした。
『酒場』こと談話スペースで情報交換をしている姿も、めっきり見ません。
それでも、戦闘訓練には参加していますし、町中で完結する依頼にも手を出している様です。ギルドにくる時間帯が変わってしまったのか、私が彼の入札を受理する事も余り無くなったんですけど、担当ですから、記録くらいはしっかり確認しています。
「後ろ指を指されて居心地が悪いなら、むしろ堂々と自分の身の潔白を表明したらいいじゃないですか」
と、言うのは簡単なんですけど。
「冒険者は、良くも悪くも実力社会です。実力というのは、腕っ節の強さではなく、実績と信用です。何かを護りたいなら、貴方の正義を貫きたいなら、うじうじしてる時間なんてどこにあるんですか」
なんて。面と向かって言えたら苦労は……。
……。
なんで資料室にいるんですか。
私は開いていた資料を——彼の記録をうっかり取り落としそうになりながら、必死に笑顔を取り繕いました。ギルド受付嬢は、内心は兎も角笑顔を絶やさないスキルを持ってるんです。
「ええっと……すみません」
小さくなりながら頭を下げる、冒険者らしく無い冒険者。
私のたった1人の、担当冒険者。
いつの間にか室内に居た、隠密才能持ち。
私の役目は、彼をサポートする事であって、萎縮させる事ではないんですが……。
ちょっと、そんな彼の様子が頭に来てしまいました。……今更引っ込みがつかない、というのもありましたが。
「何を謝ってるんですか。貴方は間違った事をしたんですか。胸を張れないような事をしたんですか」
多分、ここ数年で一番声を張り上げていると思います。
同僚が耳にしたら、驚くでしょう。
元々は会議室を改装して作られた資料室ですから、声が漏れる心配はないですけど。
「私にだって立場があるんです。貴方が悪事に手を染めたなんて間違った情報が広まったら、私の肩身だって狭いんですよ。正義が貴方にあるのなら、堂々としていて下さい。胸を張れない様な事は、しないで下さい。貴方が間違っていないなら、私は、私達は、それを全力で支えます」
喉が渇くくらい声を張り上げて。
ふと、目の前で呆然と突っ立っている駆け出し冒険者の姿に、私は自分が何を口走ってしまったのか、いきなり恥ずかしくなってしまいました。
「とにかく。貴方は貴方の出来る事をすればいいんです。出来ない事は、どうせ出来ないんですからっ」
私は慌てて彼の横をすり抜けて、部屋を出ました。
扉が閉まる直前、小さく聞こえた声に、思わず苦笑しながら。
「——ありがとうって、なんですか」
私は一方的に彼を怒鳴りつけただけで、感謝される様な事はしていません。
◇◆◇
それから私の担当冒険者は、少し他の冒険者との交流が増えた様な気がします。
冗談を言い合っている所も度々見かけますし、情報交換もしている様です。臆病者と馬鹿にされて、それを笑顔で流すのは冒険者としてどうかと思いますけど。
やっぱり基本的には、優しくて温厚な人の様です。
高ランクの先輩冒険者にも怖じ気づかずに話しかける様になったみたいで。ちょっと陰口も聞こえてきますけど。それくらいの
ある程度経験を積んだ——ギルドから実力を認められる様な冒険者さんは、むしろ彼の振る舞いを向上心の現れと好意的に見ている様ですね。
駆け出し冒険者を捕まえて偉そうな顔をするくらいしかする事のない永年低ランクの冒険者を相手にするなんて、時間の無駄なんです。……思ってても口に出したら怒られちゃいますけど。『酒場』で偉そうにする暇があるなら、その時間を使ってランク3を目指して欲しい物です。
『酒場』でお酒を飲んでいる冒険者さんからよく声を掛けられますが、だらしなく管を巻いている三流冒険者に
/////////////////////
誰も聞いていない、人気のない資料室でそう油断して不満を口にしたギルド受付嬢さんでしたが、当人に聞かれてしまい、いきおい、鞭打って少年に発破をかけました。
彼が立ち上がり、再起する姿を見ながらギルド受付嬢は少年の事を「適正のない素人」から「支えてあげなければならない冒険者」へと認識を改める事に。
その認識の変化は、これから彼女の中に様々な感情を芽生えさせる事になりますが……彼女視点は一旦ここまでとなります。
交流歴は長いのですが、頻度が少ないのでどうしても疎遠の様ですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます