ex11−3 無名指揮者の誤算
交戦しながらの撤退を私達は想定していた。
一時的に鼻を誤摩化した所で香料を使用している限り、やがて回復して追って来るのは間違いないのだから。いつか追いつかれ、交戦する事になるだろうと。
状況がいよいよ厳しくなれば香料の瓶を投げ捨てて逃げれば良い。その為に、香料の瓶は複数に分けてある。
しかし彼の撤退術は、私の想像を遥かに超えていた。匂い玉と血袋、
それが無駄な振る舞いではないのは、一向に追いつかれない事からも明らかだった。
追われている——否、追わせているという緊張の中で、森の中を相当に歩いた。
追っ手に雄が居ないと理解していなければ、不安に押しつぶされていたかも知れない。逆説、彼はその不安の中で道を選択し、遁走を続けているのだ。それでいてその振る舞いに迷いや恐怖の類いは見られない。
それがもし感性の問題ではなく、全体の指揮への影響を考慮した上での演技だとしたなら。私は、後1年早く彼に出会い、彼の指揮するパーティに入りたかった。
頭を振って、私は下らない妄想を追い出した。
そんな私に、彼は少し離れた場所から視線を投げてくる。不信、不満、不安、困惑。そのどれでもない、状況から推察するのが難しい温度の視線だ。敢えていうなら迷い。しかし、何を迷っているのか。
声を上げて確認するには、些か遠すぎる。
やがて彼は、大きくルートを変えた。
逃走だけを考えるなら、最も距離を稼げるのは直線移動だ。地形によって多少の回り道はあっても、森の中で大きくルートを変えたと判る程の変化は、恐らく何らかの意味がある。
先程見て取れた迷いは、相談出来ないままに決断する事への躊躇だろうか。
◇◆◇
やがてたどり着いたのは、あまり広く無い洞窟だった。私の槍であれば突き以外の攻撃手段が大きく制限されるし、2人横に並ぶと剣を振れない。
その意図は明白だ。
「随分歩いたな?」
と誤摩化すような問いを、盾使いらしく皆の前に立ちふさがる様にしながら騎士然とした仲間が口にしても、彼はぶれない。
「縄張りを抜けても追って来たんでな。相談をする余裕はなかった。悪い」
形の上では謝罪だが、その語調に謝意は無かった。代わりに、必要な事を必要として判断し、実行しただけだという自負がある。
生意気という声もあるかも知れないが、騙し討ちをした罪悪感もあってか、彼の示した結果のお陰か、私には頼もしく見えた。
「まだ追って来てるのか?」
「すぐ来るかと」
短いやり取りが交わされて、皆の注意は自然と洞窟の入口に集まる。
皆が警戒する中で、戦力員数外である彼はせっせと罠を作り始めた。
「危なくなったらこのラインまで後退してくれ。怯ませるくらいはできる」
と。洞窟に誘い込むだけに飽き足らず、更に安全策まで用意する。——憎たらしい程頼りになる斥候君だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます